恋は暗闇1
「恋は盲目。恋は闇。暗闇。だからダメ」
居里は、揺るぎない笑みで即座に返した。管野の恋が芽吹き枯れかけ、数年持ちこたえている。
「一夜干しの恋って平気で口にしたのよ。キモ。軽率で寒いって、日照権はく奪してやりたい」
木森がフロアの中央テーブルで昨夜ナンパされた不愉快を喚いていた。隣に座っていた日永は考えて、手を叩いた。
「一夜干しじゃなくて、一夜漬けだよ、木森」
「一夜限りだろうが。試験勉強じゃねーぞ」
管野が訂正した。
「日永は昨日何してたの?」
「草抜き」
「超健康じゃん」
「あ、飴玉あげる」
日永はポケットから青いみぞれ玉を出した。
「え! かわいー。ありがとう」
宮がブースから出て来る。
「朝のミーティング」
宮の静かな呼び声に、それぞれのブースにいた上司達が中央テーブルに集まって来る。日永がクアイに来て一週間が過ぎていた。
出動課のモットーは、漂えど沈まず。勇気はいらない。勇気とか恐怖とか真面目なものは捨てろ。無心になれ。出動課に向いているのは、現実に足が付いた柔軟な思い込みができる人間だと、初日に日永の書いたサインを確認しながら宮は日永に教えた。それは自己忘却をした中で、暗乱を唱えるのにとても重要なことだと付け加えた。よくわからないまま日永が頷くと、宮は唇を動かしただけなのか、微笑みを浮かべたのか割り切れない表情をした。
「暗乱が必要のない日永には、大切なことではないかもしれないけどね」
あからさまに部外者扱いを受けたような気が日永にはした。日永にとって宮は怖さと優しさが同居した、どうしていいか分からない人だった。
「岡見オーナーの友人、田内夫人が週末、高校生に向けたカルチャー教室を開く。木森、管野あと、日永。三人で行って来て。日永は初仕事だ。気楽に行って。見学に行くつもりで、でも気は抜かず」
「は、はい」
日永は背筋を伸ばした。
「二人もよろしく頼むよ」
「宮さん、制服とか準備してくれるの?私も管野も高校卒業してるし」
胸を躍らせながら木森が聞いた。
「私服でいいよ。でっちあげの学生証だけは準備する」
宮の答えに、木森はふてくされたように、ええーとごねた。
「久々に合法でセーラー服着れると思ったのに」
「合法ではないだろ」
管野が言った。日永は、隣に立つ鐘霞を見上げた。管野に居里、木森に室崎のように鐘霞が日永の教育係でバディになった。居里と室崎は気さくで日永にとても優しく親切だった。けれど鐘霞は分かりやすく、日永を避けていた。日永が声をかければ、無下にすることはないが声の抑揚はなく、素っ気ない。日永に対して必要最低限の言葉しか発しない。目線に気が付いた鐘霞が日永に目線をやるが、一瞬でそらした。嫌われていると日永は落ち込むことなく、事実として納得していた。
「大人がひとり外で待機した方がいい。鐘霞、どう?」
宮が打診する。
「今回は居里に任せます」
鐘霞は居里の肩を叩くと、自分のブースに戻って行った。居里はため息を吐く。
「じゃあ、居里で。車も出してね。では、解散」
宮が手を叩くとそれぞれブースに戻っていく。居里が日永の肩に腕を回して、捕まえる。
「鐘霞、意地悪いでしょ? ああいうのは、悪役がいないと味方をつくれないタイプなの」
「どういう意味ですか?」
「一匹狼のなりそこないってこと。初仕事、頑張って。うちの管野は頼りになるよ」
「そんな気はします」
実際、ホテルのアルバイトの時から日永は管野を頼りにしていた。
「管野は早いよ。だからきっと、暗乱のいらない日永の最初の助けになる」
「へぇ」
日永はよく分かっていなかったが、誇らしげな居里に嬉しそうにしておいた。




