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おしまいのスキャット3



「私の事、知ってんのね」

「クアイの人間だからだよ」

「そう」

 居里は階段を駆け上がり、空気ボンベを振り上げた。オータスは懐中電灯の明かりを消し、そのまま居里の見えない顎を殴った。居里は壁にぶつかり、階段の途中まで落ちた。オータスが懐中電灯のスイッチを押す前に、顔を照らされた。一瞬、目をしぼめた隙に、管野がオータスの腰から白い筒を抜くと、スイッチを押し床に転がす。

「居里さん! 暗乱!」

 叫ぶ管野をオータスが空気ボンベで殴り気絶させた途端、居里が動かなくなる。階段に、八宝菜。

「日向の夜のチンゲン菜、帰郷の狭霧覚める物差し、さよなら夜な夜な」

「目抜き通りの目配せの散策、沙羅双樹の眠りに沈み、粗茶の愛撫の夕暮れや、狂い咲きのくるみ囃子」

 ふり返る前に居里は踊り場まで殴り落とされた。居里の経験のない重い暴力だった。ぼんやりとする懐中電灯の明かり。目の前を過ぎて行く足。暗闇の踊り場から居里は動けなかった。敵わない悔しさにまぶたを閉じて、暗闇に暗闇を重ねた。殯は懐中電灯を拾う。そして、オータスの腰から白い筒を抜く。足音が聞こえた。鐘霞が、五階の部屋に消える。殯は、白い筒のスイッチを入れると、五階の防火扉を閉めた。殯は懐中電灯をオータスに向けた。横顔が暗闇から滲んで浮かぶ。

「お前のワガママはこれで最後だ。四階の窓から逃げるよ。あの子は殺しておいたから」

 殯の声に温度はない。オータスは戻るしかなかった。


 風花は血だまりの中にいた。コウは叫びながら風花に走り寄った。風花の名前を繰り返しながら、抱え上げる。日永は上着を脱ぐと風花の傷口を必死に押えた。震わす口を開ける風花に、コウは慌ててスポーツドリンクを出した。

「喉乾いたな、な」

 コウはペットボトルの蓋を開ける。風花のまぶたはもう閉じる寸前だった。ほとんど吐息の声で風花は零した。

「ぶ、どぅ」

 紫の琥珀糖はテーブルの上。コウはペットボトルを風花の口に運ぶが、すべて口端から落ちる。風花は動かなくなった。コウも動かない。防火扉が閉まる音が聞こえる。

「白い帽子の電球色がワルツを踊るころ、熟字訓のかほりにうたた寝を打ち、くだんの伯爵の弔いを育む」

 鐘霞の声に日永が顔を上げた。鐘霞はそばに来て状況を理解した。風花の脈を確かめ、顔を苦くした。

「心臓マッサージをする。手を離して、床に寝かせて。日永は窓を開けろ」

 日永は頷くと立ち上がり窓を開けた。コウは言われるがまま、風花を手から離す。

「お前らのせいだ! お前らが来たから!」

 コウが叫んだ。鐘霞は、何も言わず心臓マッサージをする。日永はコウと目が合う。コウは怒りの眼差しを日永にぶつけたが、すぐにうずくまった。

「ちがう、ごめん、親父のせいだ。全部、親父のせいだ」

 この部屋の壁にもたれ、オータスは青木の正義と復讐を利用された事を淡々と話した。その唇の動きをコウは恐怖と一緒に覚えている。

「違わない、俺らのせいだ。日永! 窓開けたら、防火扉全部開ける手伝いに行け!」

「はい」

 日永は窓を全部開けると、廊下に出た。管野を見つける。コウの叫び声が響く。悲痛が大きく弾けて、コンクリートに消えた。


 一階の階段の下に黒猫がいた。

「ダランデレンドンカマンタンテトランタキダンダダンダリサディランタレラ」

 宮が顔を向けると、至近距離に殯の顔があった。殯は白い筒を床に捨てる。筒は転がり、階段で止まる。黒猫はいない。

「あんた、海外出張じゃなかった?」

「私のスケジュール、ご存知なんですね。優秀な社員がいて、帰国を早めた方がいいと連絡を貰ったんです」

 宮は師巻のメールで帰国を早めた。

「優秀ねぇ」

 殯は嫌味を吐きながら、天井を見上げた。

「あんたの部下皆殺にしたって言ったら、僕の事殺す?」

「いや。あなたを殺したらうちは倒産ですから」

「なにそれ、ユーモア?」

「ははっ。そう受け取って貰えたら嬉しいです。私、面白くない男に見られるので」

 殯はつまらなそうにして、背を向けた。

「もう、防火扉開くようにしてあげたから。あんたらにはまだ、死んで欲しくないからね」

「それはどうも」

 殯は外に消えた。宮は階段をのぼる。室崎と木森に戻って来るように指示する。その時、悲痛が大きく弾けて、コンクリートに消えた。


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