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お茶と大人1

「後藤は暗乱が使えない。不透明な窒息についても、殯についても知らない。いいことね。後藤が持っていた筒はいつも通り。空っぽで、底が削れてる。参考書の万引き未遂を弱みに握られ、カルチャーセンターの件をやらされた」

「未遂で脅されてビビったの?」

 木森が納得いかない顔を居里に向けた。

「いかにも盗みましたよ的な場面を撮られたんだって。指示役は白人男性。黒髪にサングラス。背は高い方。170後半から180前半と仮定。年齢はおそらく二十代。そしてその指示役の男、サンプルが欲しいだけとはっきり言ったらしい」

 居里は中央テーブルにカルチャーセンターで保護した高校生、後藤の調書を置いた。それを椅子から腰を上げて、室崎が取ると読みながら言った。

「サンプルって。僕ら一生懸命働いてるから、不透明な窒息の効果ならもう沢山あるだろうに」

「そっちのサンプルじゃないんだろう」

 鐘霞が言った。

「そっちって、どういう意味ですか?」

 日永が尋ねるが、鐘霞は腕を組んだまま何も教えてやらなかった。

「そして脅されてるのは後藤だけじゃない。後藤の幼馴染の碓氷。後藤とは違う私立の高校に通っている。年齢は十八歳で同い年」

 宮が碓氷の写真をホワイトボードに貼った。後藤のスマホから印刷したものだった。後藤の自撮りで、後ろで碓氷が笑顔でピースを高く掲げている。

「後藤は唯一、碓氷に脅されてることを相談した。とんでもないことに巻き込んだって後悔してるようだ。あ、後藤のカルチャーセンターの件は後藤の両親には伝えない」

「伝えないんですね」

 日永はつい呟いた。

「後藤がしたことは説明できない。後藤は筒の栓を開けてすぐに部屋を出たから、自己忘却現象を目の当たりにしていない。現に日永達がいたカルチャーセンターの部屋では何も犯罪は起きていない」

 自己忘却は透明な時間。その時間を見ることができるのは今のところ日永だけだった。

「それで、その碓氷少年はすぐに保護を頼むんですか?」

 宮の答えは分かっていたが、室崎は一応聞いた。

「いや、殺されはしないだろうから、後藤と同じような行動をするのを待つ。指示役の男の情報を集めたいからね。後藤は今、碓氷と連絡が取れないようだから、すぐに動くだろう。連絡があればこっちに教えるように伝えてある。私は碓氷の周辺を調べるから、少し出かけるよ」

 朝のミーティングは解散になる。出動課は現場がない限り、基本的に仕事はない。けれど教育係組は個人的に働いているが、教育される組は掃除をしたりなどの雑務をして、あとは自由に過ごしていた。日永にとって夕方からの学校まで勉強するのに昼間のクアイ通いはちょうどよかった。

「今日お昼にナポリタン作るけど、食べる?」

 日永のブースに木森が顔を出す。ちょうど管野が日永に勉強を教えていた。

「食べる」

 日永はシャーペンを置いた。管野も俺も、と立ち上がった。

「じゃあ、具切って。あ、言っとくけど魚肉ソーセージのナポリタンだから」

「不満はあるけど妥協する」

 日永は仕方なく頷いた。三人は給湯室を賑やかす。鐘霞がオフィスを出て行った。


「ヘイ同僚。財布忘れたからコーヒー奢って」

 コンビニのレジでホットコーヒーのSサイズを頼もうとした鐘霞の横に居里が立っていた。

「すいません、私アイスコーヒーのLで」

「アイスの飲み物は冷凍コーナーにあるカップをお持ちください」

 レジの店員が申し訳なさそうにする。

「あ、そっか」

 次の客が鐘霞の後ろに並んだので、鐘霞は先に譲った。

「人の仕事のやり方にとやかく言いたくないけどさ、もう少し日永に優しくしてあげなよ」

 コンビニを出て、クアイまでの小道に入ると居里は鐘霞を諌める。鐘霞は紙カップに付けかけた唇を離した。

「停滞していた状況に、日永が現れた。あのホテルの一件の前に、俺達が窒息を未然に防いだのは、半年前だった」

「そうねぇ。だから総出動で気合い入れて行ったもんね。あの規模だし」

 居里は風が吹く中、アイスコーヒーをがぶがぶ飲んだ。もみじがひらひら舞い、落ち葉になる。

「俺達が脳みそ地獄にしながら得た暗乱方式を使わずに、自己忘却をしない無敵な人間」

 居里は鼻で笑った。

「嫉妬してんの?」

「日永は突然現れた都合の良過ぎる存在だ。師巻さんが現状打破に放り込んだのかもしれない。一人暮らし。金が必要。定時制に通っている。都合がいい」

「それはみんな思ってる。だから宮さんが調べてんでしょ。あんたが、師巻さんを疑ってるのは知ってる。これで宮さんまで疑い出したら、相当しんどいよ?」

「宮さんは宮さんだよ」

 それが鐘霞の定義だった。

「本当に鐘霞って、師巻さんにだけ特別きついよね。何かあった?」

 鐘霞はコーヒーを飲むのを装って無視した。居里も教えて貰えるとは思っていなかった。言葉の勢いでつい、出た。

「私らの会社の仕事は防止と究明。暗殺があってもいいのに」

「おい」

 鐘霞が外にいるせいか、暗殺という言葉に敏感になった。

「誰もいないわよ。それぐらい確かめてる」

 のんびりした口調で居里がいう。

「だからうちは最初から相手の人間の、殯の息子の息がかかった会社かもしれない。師巻さんはクアイの立ち上げから関わってるしね。けど私はどうでもいいからね。複雑な人間関係は傍観。あの息子をぶち殺せればね」

「おい」

「今のはごめん。物騒過ぎた」

 クアイに着く。

「勘違いにしないでくれ」

 鐘霞は言った。

「俺はただ、師巻さんが嫌いなだけだ。それに、暗殺がないのは俺らには無理だからだ。捕獲も無謀だ。あいつは元軍人だ。浮世に遊びに来た地獄の番人とか現地で呼ばれていたらしい」

 居里は微笑んだ。

「人の好き嫌いはいい事だと思う。あー、なんか急に栄養のないポテトチップスのバーみたいなのが食べたくなった。さっきコンビニで買えばよかった」

「お前財布忘れただろう」

「それぐらい返したわよ。コーヒー代返した方がいい?」

「いいよ。木森達にナポリタンをくれるように交渉してみればいい。好きだろう」

「魚肉ソーセージじゃ許せない」

「それは同感」


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