最終話 エピローグというやつ
「どうやらうまくいったみたいだねえ」
ほのかと雅海がそろって屋上から階段を降りていくと、階下から呑気そうな声が聞こえた。
「隼人!」
「斎先輩!」
ほのかと雅海が同時に声をあげる。
階下から現れたのは美術部長でもあり綾の思い人でもあり雅海の幼馴染でもある斎隼人である。
いつものにこにこ顔で手を振っている。
「なんでお前がここにいるんだよ」
雅海が不機嫌そうに言うと、そんな様子も気にした様子もなく飄々と言う。
「不出来な幼馴染が、可愛い後輩を泣かしてないか心配で待ってんじゃないか」
「泣かせねえよ。というかお前この状況を楽しんでるだろ……」
斎は心外そうにに首を振った。
「心外だなあ。雅海、俺にそういうこと言っていいのかなあ」
うっと雅海は詰まる。
二人の様子をきょときょとと見ていたほのかはハッと思いだしして言う。
「あの……先輩、絵のほうは大丈夫ですか?すみません。まかせちゃってすみません」
「いや、あとは出すだけだったから大丈夫だよ。それより、ほのかちゃんこのヘタレよろしく頼むね」
「へたれ?」
「この……「だー!隼人お前な!」
斎の言葉を遮って真っ赤になった雅海が慌てて割って入る。
そんな様子を斎はにこにこ……いや、にやにやという感じで見ている。
後ろに黒い尻尾と羽が見えるような気がするのは、気のせいだろうか。
「まあ、後でじっくり話は聞くよ……じゃ、ほのかちゃん、また部活でね」
斎は前半は雅海に、後半はほのかに向かって言う。
「はい、先輩」
ぺこっとほのかは頭を下げた。
ひらひらと手を振り去っていった斎を見送った雅海は額に手をあて何やら落ち込んでいるようである。
「一番、弱みを握られたくない奴に……」
ため息とともに吐かれた言葉に、ほのかが心配げにほのかが顔を覗き込む。
「あの……先輩?」
「雅海」
「はい?」
「『先輩』じゃ隼人と一緒だろ」
ほのかははっとする。
そういえば、綾ともそれで勘違いしていたのだ……。
「雅……海……先輩」
「だから先輩はいらない。呼び捨てでいい」
「でも、先輩だし」
それに、ほのかは男の人を呼び捨てにするのはなんとも恥ずかしい。
「俺ら付き合ってんだろ?」
「へ!?」
ほのかが思わず声をあげてしまうと、雅海は心底呆れた顔をした。
「……お前、それわざとやってんの?無自覚でも結構へこむんだけど」
「あ!いや!すみません!!……えーっと」
赤くなった顔を自覚しながら、ほのかは考える。
お互い「好き」と確認しあったということはそういうことになるのか、と今更ながらほのかは気づいた。
「嫌なのか?」
雅海は捨てられた猫のような目をした。
その悲しそうな瞳にほのかは自分は悪いことをしたような気持ちになる。
ほのかはぶんぶんと首を振った。
「じゃあ、呼べるよな」
先ほどの顔が嘘のように、雅海はにんまり笑う。
「雅海…………さん」
「ま、最初はそんなところか」
赤くなったほのかを顔を見て雅海は満足げに笑った。
同じように過ぎていくとばかり思っていたほのかの毎日も季節が移ろうように目まぐるしく変わっていく。
あっという間に月日は過ぎて、憂鬱な期末試験の最後のテストも終わった。
午前中で学校も終わり、今日は瑞樹も部活がないので駅前のドーナツ屋にお昼に寄ってそれぞれ好きなドーナツとドリンクを頼んでおしゃべりだ。
「あ、それ美味しそう。一口ちょーだい。綾」
翼が綾のチョコレートのかかったドーナツをぱくりと食べる。
「ちょっ人が楽しみにしてたやつを!!あんたのもよこしなさい!」
「あーそれはダメ―!!」
「ちょっと人のはとって、自分のはダメってどういう了見よ!」
「俺のものは俺のもの、お前のものは俺のもの」
「お前はジャイアンか!」
「まあまあ、綾。これ一口いる?」
「ありがとー!瑞樹」
「わたしもー!」
「翼はダメに決まってるでしょ!!」
「あーはいはい、喧嘩しない」
いつものようなやり取りに、ほのかはにこにこと眺める。
なんだかこういうのも綾と仲直りした後もテストだのなんだのあって久しぶりな気がする。
隣では、涼子も頬杖をついて呆れたような微笑ましいものをみるような顔で見ている。
コーヒーに少し砂糖を入れてかき混ぜていた涼子は、ほのかの視線に気づいて片眉をあげた。
一つ一つの仕草が大人っぽくて色っぽい涼子も陰では日々努力してると思うと、ほのかはなんだか感慨深い。
「なぁに?」
「いや、なんでもないよ!!」
慌ててほのかはカフェオレのカップに口をつける。
「そういえば……」
涼子はほのかをじっと見た。
「彼とはうまくいったの?」
「ぶふっ!……涼子さん、なんで知ってるの?」
「だいじょうぶ?」
ほのかは慌てて紙ナプキンで拭く。
「ふふ、最近のほのかの様子から”かま”かけてみただけなんだけど、その反応からしてどうやら何かあったみたいね」
はかられた!!
ほのかは思ったが、今更自分の行動を悔やんでも後の祭り。
「ちょっと何の話してるの!?」
興味津津といった様子で、綾が口をはさんだ。
気付けば翼も瑞樹もこちらを見ている。
もともと、みんなには報告しようとは思っていたことだ。機会をうかがっていたら今になってしまったが……。
「あのね……私……ま、近藤先輩と付き合うことになったんだ」
頬を赤らめながらほのかが声を振り絞ると綾が一番最初に声をあげる。
「マジ!?いつの間に!!」
くりっとした目が、さらに丸くなっている。
「あー、あの目立つ先輩のことだったのね」
涼子は状況を楽しんでいるようである。
「そうかあ。おめでとう」
にっこり瑞樹が微笑んだ。
「いやー!!私のほのかがー!!」
両手を頭に当て翼はぶんぶんと首を振った。
「嘘だと言ってー!!」
「ちょっと詳しく話してよ!」
「私も聞きたいわね」
「うん、聞きたいな」
みんなに揃って言われて、ほのかは大まかに付き合う経緯を話した。
「テスト前かー。気付かなかったな」
瑞樹がふむふむとと頷き
「おのれ!近藤!!」
翼がなぜか憤り
「なるほどねえ」
涼子は何やら納得している。
「うらやましいー」
綾はばたっとテーブルにつっぷした。
「綾は、あの美術部ぶちょーの細目がいいんでしょ」
翼の言葉に驚いたの綾だ。
がばっと起き上がった。
「ちょっ!あんたなんで知ってんのよ!?」
「おほほほほほほ!わたくしと貴方いつからの付き合いだと思ってるの?それぐらいわかってよ!!」
なぜかふんぞり返り高笑いする翼。
「へえ、そうなんだ」
「知らなかったな」
「あ、いや!みんな、それは!!」
みんな視線が綾に集中して、綾に悪いと思いつつほっとした。
「翼!あんたが余計なこと言うからでしょ!」
「綾がわかりやすいんだよ」
綾が捕まえようとする腕を翼がひょいひょいとかわしている。
「おほほほほほ!そんな動きではわたくしを捕まえられなくてよ!」
「ってか!あんたそれ何のキャラよ!?」
元通りになった二人にほのかはうれしく微笑む。
瑞樹もにこにこしてるし、涼子も顔にはあまり出さないがやりとりを楽しんでいる雰囲気がある。
涼子の半袖をほのかはちょいちょいと引っ張った。
「ん?」
顔を寄せた涼子にほのかが囁く。
「前『もし友達と同じ人を好きになったらどうする』って聞いたでしょ」
「そういえば、そんなこともあったわね」
「私、あれからいろいろ考えたんだけど」
「うん」
「やっぱり私には『どっちかなんて選べない』や」
「なんで」
「だって、みんなのことも大好きなんだもん」
満面の笑みで言ったほのかの顔を見て、涼子はぽかんとした顔をした。
気付くと翼、綾、瑞樹も動きをとめてこちらを見ている。
「えっ私、変なこと言ったかな!?」
くっと口を押さえて笑い始めたのは涼子だった。
「そうね。ほのかならそうね」
「はあ、ほのかの天然には負けるわ」
綾は脱力した。
「それがほのかのいいところだよ」
「最終兵器ほのか……」
おしゃべりに夢中になっていて店を出るころには、もう日が傾いてきている。
「あーいいなー!私も彼氏ほしー!!」
伸びをしながら言った。
「これから夏休みだな。私は練習だけど」
「じゃ、瑞樹が練習休みのときみんなで遊びに行きましょ」
「ココナツランド行こうよ!」
「ココナツランドって大きいプールがあるところだよね」
ほのかが翼に聞くと翼がちっちっちと人差し指を振った。
「『強肩戦士インドメタシーン』ヒーローショーがあるんだよ!」
「あーはいはい!でも、プールいいね!」
「そうだな」
「じゃ、いつにする?」
これからが夏本番だ。
何があるだろう?
きっと、みんなでいれば楽しいに違いない。
ほのかはみんなで笑いあえる今この時をかみしめた。
ここまで読んで下さりありがとうございました。
初めての作品、完結できたのは読んで下さったみなさまのおかげです。
どちらかというと、友情に寄った作品になりました。
また、番外編などで他のキャラクターや後日談など書けたらなと思います。