離婚届
目の前に出された離婚届を見て、頭が真っ白になる…。
「こ、これは?」
「…もう、会長は亡くなりました。つまり、愛子さんは自由です。」
…。
「愛子さんは…自由です。もう、何にも縛られなくて…いいんですよ。」
…自由?
「こんなおじさんと無理して、夫婦ごっこをしなくても…いいんです。」
…夫婦ごっこ?
「私の欄は記入しておりますので、愛子さんがお手隙の時にご記入下さい。」
最後まで、久司さんの意見は聞けないの?
「私からは以上です。…不明点や何かありましたら、キヨさんでも通して下さい。」
これで…終わり?
「では…お世話になりました。お元気でお過ごし下さい。…お嬢様。」
!!!…どういうこと?
久司さんが席を立つ。私は訳がわからず下を向いたままで動けない。
引き止めないといけないのに…。
自分のプライドなんかより大事なはずなのに。
すがりつく事も出来ない。
でも、これで久司さんも本当に思うお方と結ばれる事が出来るんだ。
それなら…
「…お父様が亡くなって、葬儀が終わったばかりで離婚ですか?」
私は手をグッと握って、下を向いたまま喋りだす。
出ていこうとしていた久司さんは足を止める。
「お父様の命令で結婚したのはそちらだって同じ事。それなのに、私に恩着せがましく言うのはやめて頂けませんか?」
久司さんにこんな言い方…
やっぱり私はこんな言葉しか出てこない。
久司さんが本当に思うお方と結ばれるかもしれないと思ったら…やっぱり嫌で。
渡したくない。そばにいて欲しい。
それなのに…
「久司さんの方こそ、お父様の財産目当てだったのではありませんか。財産を貰って、トンズラですか?」
悔しい。悔しくて泣けてくる。
こんなこと言って久司さんが私を好きになってくれる訳じゃない。
―――寧ろ、逆だ。
それなのに、私はどこまでも高飛車な女だ。
「…遺産は放棄致します。社長は今すぐ結仁に、とは出来ませんので、それまではご留意頂きたいと思います。」
カッとなる。恥ずかしい。久司さんを財産でおびき寄せようとした自分が恥ずかしい。
これでもう、久司さんを引き止める術がなくなってしまった。
他に…何か…あ、
「結ちゃんはどうしたら良いですか?」
夫婦ならこれで終わっていた。結ちゃんをダシに使って申し訳ないけど、私の最後の砦だ。
私達夫婦は結ちゃんのおかげで家族として繋がっているのだから…
「…三井の子ですから。」
「私一人で養育しろと?」
子供がいると離婚も色々と考えなければならない。
紙切れ一枚で〝はい、さようなら〟という訳にはいかない。
結ちゃんをダシに久司さんを引き止める。
…私は自分が嫌いだ。
どこまでも高飛車で、弱みを見せずに自分のいいように進めようとする。