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扉の中は、先ほどまで確かにあったはずの寝室はどこにも存在せず、ゴツゴツとした岩壁の洞窟がポッカリと口を開けていた。
「すげぇ……マジかよ」
ナップの口も目の前の洞窟同様にポッカリと開いてしまっている。
「ほら、いつまでアホ面下げてんだい」
そう言うと同時にアリッサが指を鳴らすと、彼女の眼前に小さな光の球が出現し、室内をほの明るく照らした。
彼女が洞窟の中へと入って行くと、その光球もフヨフヨとアリッサの後を追ったため、真っ暗な岩の通路が心持ち明るくなった。
ナップも、無論多少の警戒を払いながらではあるが、素早くアリッサの後に続き、中へと入っていく。
「なあ、ばあちゃん」
ナップは、ゴツゴツとした足元をしっかりと踏みしめながら、前を行くアリッサに話しかける。
「なんだい?」
横柄な魔法使いは、こちらを振り向きもせねまま返事をする。
「ここってさ……どこ?」
今のナップにとって、根本的なもっとも気になる質問である。
「そうだねえ…」
アリッサは、何と説明しようかと少し考える様子を見せた後、次のように続けた。
「まあ言ったら『亜空間』ってとこだねえ」
「あ…くうかん?」
「魔術でなりをたててる連中ってのは、たいてい自分だけの…まあ『秘密のアジト』みたいなものを持ってるんだよ」
彼女の話によれば、世のそれなりに力をつけた魔術師達は、たくわえた資料を保存したり、邪魔されず新たな術法の研究をするため、通常の人間には発見できないアジトを持ちたがるのだという。
人里離れたところを好む魔術師であれば、住処の周囲に道を迷わせるような結界をはればそれで済むのだが、都市に住む魔術師となるとその手は使えない。
その結果、魔道の力で「亜空間」をつくり出し、自宅や自室内に、そことつながる通路を置く場合が多いようなのだ。
「いいなあ、みんな秘密基地があるってことだろ」
ナップの感想は非常にザックリとしていた。
「ばあちゃんの部屋にも、その通路があるわけ?」
「さあねえ、あたしは現場主義であんまり部屋にこもるタイプじゃないからねえ」
ナップの疑問にアリッサはとぼけたような答えを返した。
もし彼女が、自分が暮らす老人ケア施設に亜空間へつながる穴などあけていようものなら、彼の幼なじみの介護士はさぞかし色めき立つことだろう。
顔を真っ赤にして怒るブランの姿を想像し楽しんでいたナップであったが、周りの様子が変わった事に気づき、思わず足を止める。
「おおっ!!」
ゴツゴツとした通路はついに終わり、二人はひらけた場所に出てきていた。といっても、外界が見えるわけではなく、周囲は相変わらず岩壁に囲まれ洞窟じみていたが、教会の聖堂に匹敵する位の空間に出てきたことは確かであった。
「あれは……」
周囲に素早く目を走らせたナップの口からつぶやきがもれる。この場所は決してどんづまりではないことを発見したのだ。
ナップとアリッサが出てきたほら穴の両側には、同じような穴が左右に一つずつあいており、いずこかに通じているようである。
そして、それよりもはるかにナップの注意を引いたのは、彼らの向かいの石壁にある木製の扉であった。扉自体は、先ほどアリッサが蹴り倒したものと同じ一般的なサイズであったが、扉の輪郭部分からは、光がもれだしており、おそらくは中に誰かいるであろうことがうかがえた。また、扉の両脇には戸の半分程の高さの木箱がひとつずつ、無造作に置かれている。
「あん中に魔女がいるんすか?」
「どうだろうねえ…」
ここへ来てアリッサの返答は曖昧になった。
「ま、とりあえずノックでもしてみますか」
ナップがお気楽なセリフをはきながら、扉の方へ足を進め始めた時である!!
二つの木箱がガタガタと揺れだした!!




