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9話 お城の厨房業務(魔王の思惑)

「えっ?マヨネーズですか?」

 料理長に呼び出しをされたユイは、最初こそ顔を青ざめさせていたが、思わぬ単語に黒い目を真ん丸にして、キョトンとしていた。

「お前さんの故郷の料理と聞いたんだが」

「えーっと。まあ、間違いではないんですけど……」

「魔王様が、今話題のマヨネーズを使った料理を食べたいとご所望なんだよ」

 ユイは何が起こったのか話についていけないようで、凄く訝しんでいた。さっきの様子からすると、再び部署異動をさせられるのかと思っていたようだ。


「あの……ラグ様」

 ユイがどう動くかを見ていると、こそこそとヴィリが声をかけてきた。

「やはり少し可哀想ではないでしょうか?」

「何が?」

「その。彼女はすごく頑張り屋ですが、ここは男職場です。あまり目立った行動をとれば、風当たりも強くなると思うんですけど」

 ふーん。

 ヴィリは、ユイの行動を監視するために付けた、俺の側近の1人だった。なので、もちろん俺が魔王だという事は知っている。

 ユイと一緒に居たのはそれほど長くはないが、可哀想とわざわざ伝えてくるとは、結構な肩の入れようじゃないか。

「人はぎりぎりの状態の方が、力を発揮しやすいだろう?それに、ユイはそれほど弱くない。もしも身に危険が迫った場合は、お前が守る事になっている。何か問題があるか?」

 俺はユイには聞こえない程度の声で、ヴィリの方を見ることなく俺の考えを話す。俺がヴィリと知り合いだとユイに感づかれると今後やりづらい部分もある。

 ヴィリの仕事は、ユイがあやしい行動をしないかの監視するのと同時に、万が一ユイへ物理的危害が加えられそうになった場合は守るのが仕事だ。ユイにはここで何か結果を残してもらわなければいけない。頭一つ先へ出たものは、周りから疎まれるのが常。本当はそれも自力で回避してほしいところだが、ユイが報告通りに平民で攫われてきただけの存在だったら、そこまで求めるのは酷だろう。なので、護衛代わりにヴィリがいる。

 今のところの情報だけで考えるならば、ユイ自身は天才というわけではない。貴重な知識が詰まった辞典と変わらない。ならば大切な書物は自分の方で守ってやるべきだ。

「それでユイが俺に好意を向けると不機嫌になるくせに」

「は?」

「いーえ。すみません。気にしないで下さい。あ、もう少しユイのそばに行ってきますね。ちょっと嫌な空気になってるので」

 意味の分からない事を言われて聞き返しただけなのだが、ヴィリは慌てたように俺から離れた。……少し不機嫌な表情をしただろうか?

 

 俺は……ユイがヴィリに好意を示すと不機嫌になっている?

 自分自身は、あまり自覚はないが、考えてみると確かに少し面白くないかもしれない。ユイは、何度か話してみたが、恐ろしく警戒心が薄い。すぐに人を信じる。最初は俺が子供だから油断しているのかと思ったが、そうではない。彼女はヒトを疑うという事を、他人である俺ですら不安になるぐらいにしないのだ。好意は好意として受け取る。裏なんて考えない。もしかしたら考えているのかもしれないけれど、裏があってもまあいいかと済ましてしまっている。

 ユイはとても利用価値がある。まだその能力がどの程度か分からないが、少なくとも俺は手放すべきではないと思う程度には必要な存在だ。だからユイが無条件に俺以外の人を信じて傷つくのは俺の望む形ではないのだ。だから不機嫌になっていたのだろう。

 まあ、酷い状況に追い込んでいる俺が、いう事ではないかもしれないけどな。


 クツクツと小さく喉を震わせ、俺は笑った。別にユイがここに残るなら、ヴィリとくっ付くのもありか。ヴィリならばユイを傷つける事もないしな。

 そう思いながら、事の成り行きを見守る。

「えーっと、こちらの言葉だと説明しづらいんですってばっ!実践しますっ!!」

 あ、ユイが切れた。

 俺が目を離している間に、ユイは調理人達への説明に苦戦していたらしい。いつも穏やかなユイが、大きな声で怒鳴っている。大人しいのかと思ったが、意外に違うのかもしれない。

「新鮮な卵、後、酢とオリーブオイルと、塩と胡椒。材料はこれだけです。さっきから言ってますが火は使いません」

「それでソースなのか?しかも卵を使うのに火を使わないなんて。そんな野蛮な料理を魔王様にお出しするのは――」

「だから私が出したいと言ったわけではありません。一度食べてみて皆さんで決めて下さい。酢を使うので、安全な方だと思います。……ここで出されている料理よりは」

「なんだと?!野蛮な国から来た女のくせ――」

 どうやらユイは、調理長ではなく、その他の調理人と言い合いになってしまったようだ。何が切っ掛けだったかは分からないが、もしもユイへ手が出た時はヴィリが動くだろうと、俺は少し離れた場所から見る。


 バシッ。

「今のはお前が言い過ぎだ」

 叩く音がしたが、叩かれたのはユイではなかった。ユイは目を丸くしそれを見ている。

「俺らも、アンタの故郷を馬鹿にするようなことを言って悪かったな」

 調理長は、ユイと言い合っていた男の頭を叩くととユイに謝った。それを見て、ユイもしょんぼりしたような顔をして頭を下げる。

「私もすみません。熱くなってしまって」

「故郷を馬鹿にされれば誰だって怒るものだ。女子供は関係ない。魔王様に出す出さないは別としてマヨネーズを一度作ってみてくれないか?」

「あ、はい」

 ここは、調理長が収めたか。

 調理長は俺の顔も知っているし、俺がユイを何のためにここへ放り込んだのかも知っている。今は自分の部下を守る為にあえてユイを庇ったようだ。


 その後一応ユイが言った材料が目の前に用意された。しかしユイは用意されたそれらを見て、少しだけ困ったような顔をする。

「ユイ、どうしたんだ?」

 何か足りない道具があるのだろうか?

 困った顔をしているが、中々その理由を言わないユイに俺は声をかけた。どうもユイはプロに料理を教えるという事に困惑しており、意見を言ってもいいか迷っているらしい。先程は怒鳴ってしまっていたが、彼女なりに調理人との間に線引きをして、気は使っているのだろう。

 しかし俺としてはちゃんと思ったことは言ってもらわないと困る。その中に、とんでもない意見が入っているかもしれないのだから。先輩だ後輩だと言っている場合ではない。

「えっと、どうやって教えたらいいのかと思いまして……。軽量スプーンとか、計量カップってないんですよね」

「ケイリョウスプーン?」

「あー、要は、量が一定に測れる道具です。スプーンでも大きいのと小さいのなどがあって、例えばそれで酢を1杯とか教えられるんです。重さを計ってもいいんですが、毎回材料を秤で計るのも大変なので」

 なるほど。

 量を統一するには、確かにそういったものがあると便利だ。料理は技術、長年のカンだと言われているが、毎回同じ量の調味料が入れられるならば、近いものができるだろう。

「あー……えっと、今までのやり方を否定しているわけではないんです。もちろん長年積み重ねてこられた方はそんなものがなくてもできるのは分かります。煮込んだりすると、水も蒸発するし、野菜からは水が出るし、季節によってそれも変わるから、全く同じ量で同じものができるとは言えません。でも最初に覚える時は、量がある程度決まっていると覚えやすいと思うんです。アレンジは、基本を覚えてからでいいと思いまして」

 ユイは、調理人のプライドを傷つけないようにといった様子で、言葉を重ねる。ああ、そうか。ユイは職人に本当に敬意を払っているのだろう。

 だから余計に、どう教えるべきか悩んでいるのだろう。

 そういえば、俺がユイの国の学校の話でムッとした時も、すかさず俺のプライドが傷つかないように前置きをした。ユイは俺が子供だからといって、適当にやり過ごそうとしていない。俺が魔王だと知らないのに、ユイは決してどんな意見に対しても馬鹿にせず、敬意を払って話す。ルーンだって、俺がもしも魔王でなかったらきっと今のように敬意を示したりしないはずだ。


 ユイはとりあえずといった様子で、器でこれぐらいと話しながら、マヨネーズを作り始めた。変わった作り方で、少量づつ、少量づつ、油を継ぎ足し一心不乱に混ぜている。

 俺自身が料理をあまり知らないからかとも思ったが、調理人達も訝しんでいるので、かなり独特な作り方なのだろう。

「一度に入れてはいけないのか?」

「はい。一度に入れると乳化しませんから。すべて油を入れ終わった後、シャビシャビで液状な状態になってしまったら失敗です」

 なるほど。こうやって乳化はやるのか。

 確かにユイが言う通り、実践を見てみないとよく分からない作業だ。

「サルモネラ菌が気になりますので、酢は多めに入れて下さい。後、攪拌もしっかり行って下さい」

「サルモネラ?」

「食中毒菌の一種で、卵にいることが多いです。加熱で死ぬのですが、加熱すると卵のレシチンで乳化ができなくなるので加熱できません。殺菌作用の高い酢を多く入れて、さらに乳化をしっかりさせれば、お腹を壊すリスクは下げられます。後は、その日のうちに食べきって残さないのと、涼しい場所で保管するのが大切です」

 なんだかユイの説明は学者のような説明だ。

 一つ一つの事に理由があって、なんとなく的な話がない。最初こそ馬鹿にしきっていた調理人達も、器の中で液状だったものが、半固形状になる様子を固唾を飲んで見守っていた。

「っと、こんな感じで、マヨネーズはできます。えっと……よければ食べてみますか?」

 ユイは出来上がったマヨネーズを見せながら、おずおずといった様子で、見守る調理人達に見せる。不安でいっぱいな様子だが、調理人達がもうユイを頭ごなしに馬鹿にしてはいないのは俺にでも分かった。


 そしてその数分後、ユイが俺を感動させたあのサンドイッチを作り、厨房内で歓声が上がった。 

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