8話 お城の厨房業務(ユイの努力)
上の人は何を考えていらっしゃるんだろうなぁ。
折角メイド業務に慣れてきたというのに、部署異動を命じられた私はため息をつく。何かやらかしたかなぁ。やらかしてそうだよなぁ。日本と常識が色々違うもんなぁ。空気が読めない子って思われたのかなぁ……考え始めると、すべて当てはまりそうでへこむ。ようやくベッドメイキングで皺を作らない技術を完璧にマスターしたと思ったのに。
でもこんな急な人事、気が付かないうちにメイド長か誰か上の人のご不興を買った可能性しか思いつかない。
というか、そもそも研修の為にメイド業務をしていたはずなのに、どうして部署異動。そうは思うが、グチグチと愚痴っていても仕方がない。首にならなかっただけ良かったと思うしかないだろう。首になったら、魔王様の家庭教師になる夢はその時点で終了のお知らせなのだから。
「しかし、アンタも大変だよな。メイドの次は厨房コックなんて。男職場なのにな」
「まあ、私の住んでいた国はそうでもなかったからいいんだけどね」
そう話しながら私は、一緒に新人料理人のヴィリと洗い物に励む。新人にできる事なんて、洗い物が基本。もう少し仕事を増やしたとしても、野菜の皮むきと切りこみぐらいだ。
魔王の口に運ばれる調理なんて、もっと長年経験した人がやるものだし、私も是非それでお願いしますと言いたい。この国の料理はまだまだ分からない物が多いので、例え家庭料理を作れと言うご命令だとしても足を引っ張ってしまう。
「へぇ。ユイの国って本当に変わってるんだな」
変わってるかぁ。ヴィリの言葉に私はあいまいに笑った。
ヴィリの言い分は間違っていない。たぶん私はこの国の常識から大きく離れてしまっている。でもそれが原因で慣れてきたメイド業務をクビになった可能性が髙い今の自分にとってはちょっとキツイ。
空気は読める方だと思ったけど、やはり異世界という全く違う場所では中々難しかった。
それでもやるしかない。まだ自分の人生を諦めたくない私は、ここで何とか認められて、魔王様の家庭教師になって、戦争回避をしなければいけないのだ。だとしたら、へこたれている場合じゃない。
それに異世界で生まれ育ったというのは、悪い事ばかりでもないのだ。
「ユイ。遊びに来たぞ」
「あ、ラグこんにちは」
厨房の外に設置された洗い場までやってきた美少年に私はついふにゃんとした笑みを向けてしまう。その後、はっと自分の頬のゆるみに気が付いて慌てて引き締める。ショタコン属性ではなかったはずなのに、あまりの美少年っぷりに、うっかり開けてはいけない扉を開けてしまいそうだ。
このショタコンお姉さまなら鼻血を出して、神様ここで天に召されても本望ですと言わせてしまいそうな黒髪の美少年は、この城で働いている貴族の息子さんらしい。まだ私がメイドとして働いている時に、道に迷っていたラグにマヨネーズを上げたことで友人になった。
……迷っている少年にマヨネーズを上げたとか、文章にすると何があったという感じだが本当にそうなのだから仕方がない。とりあえず、私は異世界の知識で作ったマヨネーズで、ハティーやラグという友人を得ることができたのだ。マヨラーにしてしまった事により、現在超美しい彼らを体調管理というかプロポーション管理を今後していかなければという義務も生まれてしまったけど。しかし何もかもなくしてしまった私が再び友人を得るきっかけを作ってくれたのは日本で育った時に得た知識で作ったマヨネーズだ。
だから何もかもが悪いわけではない。要は使い方だ。この世界の常識だって、長年住んでいれば、私の中でプラスに身についてくるだろう。そうすれば、2つの世界を知っている私は無敵じゃないかと自分を励ましてみる。人と違うという事は、今回はマイナスに出てしまったが、きっと悪い事ばかりでもないはずだから。
「ユイは、今日も洗い物なのか?」
「はい。あ、でも。これが終わったら、今日は野菜の皮むきですよ。鍛冶師のおじさんに、皮むき器を作ってもらったから、今日はリベンジです」
そう言って、私はエプロンのポケットに入ったY字型の持ち手になった皮むき器をすちゃっと見せる。
前回皮むきを包丁でしたのだが、やはり今までここでプロとして働いてきた方に比べると、どうしてもスピードがゆっくりになってしまった。芋とかリンゴみたいなのは家でも包丁でむいていたからできるのだが、ニンジンみたいな細長いものは、皮むき器の力に頼っていたのも作業速度を遅めた原因の一つだ。
なのでどうしてもうまくいかず、時間がかかってしまい、先輩料理人の方に怒られてしまった。新人なんだから怒らなくてもいいのにと思うが、そもそも女がいることを良く思わない人もいるのだ。この程度は諦めて、怒られないだけの仕事をできるようにした方がいいだろう。
時間をかけて学ぶという方法もあるが、この職場で成り上がりたいわけではない。私の目的は家庭教師として働いても問題ないと上に判断してもらう事だ。だとすると仕事内容は洗い物と皮むきで全然かまわない。今はできるだけ早急に料理人の方の足を引っ張らないようにするのが一番の重要事項である。
「ヴィリが鍛冶師のおじさんと知り合いで助かりました。本当に感謝の言葉しかありません」
「へぇ……」
「いや。たまたま。たまたまだからっ!」
そんな照れなくてもいいのに。私が感謝しているのは本当の事なんだし。ヴィリ、いい奴すぎるよ、本当に。
結構こっぴどく怒られた日、どうしたものかと困って包丁を見つめていた私の手を掴んだのが、同僚のヴィリだ。どうやら、あまりの怒鳴られっぷりに、私がやけを起こすのではないかと思ったらしい。ははは。この命はデュラ様に拾われた命。そもそも異世界なんてどうしたらいいんだという状態だけど、必死に捨てずにしがみ付いた結果残ったものだ。そう簡単に手放す気はない。
少なくとも、死ぬ前にデュラ様の死亡フラグだけはへし折っておかなければ、私が私を許せない。私は生き残る為にここへ来たのだから、自分からそれを手放すなんて馬鹿げている。
優しい同僚は、そんな私の話をしっかりと聞いてくれ、私が自殺しようと思ったのではない事はすぐに理解してくれた。
あの時私が包丁を見ていたのは、何とか皮むき器が作れないものかと考えていたためだ。刃物は存在するのだから、あの形状さえ作れれば何とかなると思い、ないならば作ってしまおうと考えていた為に。
それを説明すると、ヴィリは知り合いの鍛冶屋職人を紹介するよと言ってくれた。さらに私と鍛冶屋職人の間に入って話してくれて、今回私は皮むき器を手に入れる事が出来たのだ。
「見てなさい。これで、私は下ごしらえの神になってやるわ!」
「いや、そんな神になってどうするんだよ」
「んー、泣かされずに、下ごしらえができるようになるかなぁ」
別に上を目指しているわけではない。
だから手早くズルして下ごしらえをしても、誰かに妬まれる心配はないと思う。そもそもズルじゃなくて、頭脳プレーと言ってもらいたいぐらいだしね。
向上心がなさすぎで調理長に可愛がってはもらえないかもしれないけれど、それでも私は家庭教師になるまでに心が折られるわけにはいかない。
「ユイは強いな。女はもっとか弱いものだと思ってた」
ラグの言葉に私はにっこりと笑う。折角友人になったのだ。男が一番だなんて考え方は幻だと、幼い時にきっちりと覚えておいてもらおう。
「私は負けませんよ。いいですか。この世界で、子供を産む痛みに耐えられるのは女だけなんです。男なら、あの痛みでコロッと死んじゃうらしいですよ。男は育ったら誰に産んでもらったか忘れてしまうと私の知り合いは言ってました」
別にだからと言って、女が偉いわけではない。やっぱり力の面では男に負けたりするのだから。
それでも女という事だけで、相手を見下げて生きるとか、友人となったからにはして欲しくない。それがこの世界の常識だとしても、男も女もこの世界にはいるのだから。片方だけが劣っているなんてないはずだ。
「でも俺は、ユイを守れるようになりたいな」
おお。なんというフェミニスト発言。こんな発言さらっと言える男は中々いないぞ。
今でも凄い美少年なのに、今後凄いいい男になってしまったらどうしよう。魔王様を虜にするのは、勇者ではなくラグ君なフラグが立ってきた。
思わぬダークホースだ。
「ありがとうございます。私のような平民でも友人と言ってもらえてうれしいです」
小さなナイトに、私の胸はキュンキュンする。
ラグ君には、是非とも幸せになってもらわなければ。きっと戦争になれば、ラグ君も巻き込まれてしまう。
この世界に突然来て、何もかもなくしてしまったけれど、再び捨てられないものが増えていく。それはとても重たくも感じるけれど、私を生かしてくれる原動力でもあった。
「おい、女っ!」
和んでいると、調理場から出てきた先輩が声をかけてきた。女はここには私しかいないので私の事に違いない。女って名前じゃないんだから、ちゃんと呼んでくれればいいのに。でも私はまだ認められるだけの事をやっていないのだから仕方がないか。この世界の女は、男より劣ると思われているのだ。覆すにはそれだけの努力がいる。
徐々に認めてもらおうと思い、私は返事した。
「はい。なんですか?」
「調理長が呼んでるから早く来い!」
げっ。マジで?
まだここに配属されて間もないのに、もうクビの危機?!何かやったっけと思うが、何もやれていないのが問題か?!でも、流石に今はまだ様子見な期間じゃないの?
色々思う所はあるが、呼び出しが消えるわけではない。こうなったら、納得いかない部分は反論して追い縋るしかない。
私は憂鬱な呼び出しに青ざめながらも、覚悟を決め、大きな声で「すぐ行きます」と返事した。




