86話 姫の救出(魔王の友人)
「さて。降伏しろ、グレン・スコル伯爵」
何が起こっているのか分からないと言った様子の男の首に、俺は剣を添わせる。このまま引いたら、すっぱり切れるだろう。
ああ、それもいい――。
「ストーップ。止めなさい。何してるんですか」
「止めるな」
「止めますよ。できるだけ穏便にと思って、気を回したのに、魔王様が暴走してたら意味ないでしょうが」
ヴィリが俺の腕を掴む。チッ。馬鹿力め。流石にヴィリが全力で俺の腕を掴んだら動かす事は叶わない。
俺らは人身売買の業者を潰し、そしてユイを買いとった男の所へやってきたところだが、俺は顔を見た瞬間ちょっと本気で殺したくなった。この男があの子に触れたとのだと思うと……、少し位殺したって罰はあたるまい。
「それから、そっちの赤毛。お前も妙な魔術唱えようとしているんじゃない」
「何の事?」
「恍けても無駄だ。俺は、そう言うのは人一倍鋭いんだ」
「チッ」
どうやらフレイも何か仕掛けようとしていたらしい。
魔術を使おうとしていたのか、それとも呪術を使おうとしていたのか。人族の魔道は気になるところではあるので、せっかくなら少しばかり披露してくれればよかったのに。この男に対してなら、それほど心も痛まない。
むしろフレイによくやったと褒め言葉を送りたいぐらいだ。
「こういう場合は、ちゃんと情報を聞き出してからというのが鉄則です。それにすんなり殺したら駄目でしょうが。やるならしっかりとその罪を認識させて苦しめる――」
「な、何言ってるんだよ?!お兄さんも怖いから。そう言うのは、やらないって約束だろ」
勇者は手を大きく広げ、俺らとスコル伯爵の間に立った。その顔が必死だ。
「ユイねーちゃんが、このヒトの奥さんにされそうになっているからって、皆暴走しすぎだよ!!」
そう。この男は、あろうことか、買ったユイを妻としようとしたのだ。……正確には、妻にできなかった女の身代わりをさせようとしたそうだ。
ユイ――フレイヤは、幻獣人の力を使っていくつもの他人を演じて生きていたらしい。先ほど捕えた人身売買の商人からこれまでのユイの経歴と現状を聞き出したところだ。
そして、今回フレイヤが求められたのは、この男の妻。よりによって妻。
もしも何かしていたらと思うと、腸が煮えたぎるぐらい腹が立つ。……だからこそ、俺はこの男に復讐をしなければ気が済まない。
「まあ、それもそうだな。ここは勇者の顔を立てよう」
「うん。トールは優しいね。お兄さん、トールに感謝しなよ」
「魔王様達がそう言うなら、俺も手出しはできませんね」
「へ?」
勇者がきょとんとした顔をした。
まあ、そうだろう。俺らの様子が突然変わったのだから。きっと勇者は、俺が物理的にこの男を追い詰めていくと思っていたのだろう。だが、そんな事をしても俺の気は晴れないし、また同じ過ちをこの男が犯さないとも限らない。だからもっと残酷な方法でその罪を償ってもらうことにした。
「お、お前ら。まさか――」
勇者も少し遅れて、その理由にようやく思い至ったらしい。顔をさっと青くする。しかし、もう遅い。
「……勇者様」
「うっ」
スコル伯爵が、まるで女神でも見つけたかのような目で勇者を見つめているのを確認して、俺は内心にやりと笑った。
流石勇者の、たらし能力だ。見事、好きな人を失い心に穴を開けてしまったスコル伯爵の好意を得たらしい。
「魔王の、人でなしっ!!」
「まあ、人族ではないな。さて、スコル伯爵、色々話してもらおうか」
「何をです?」
スコル伯爵は、簡単に口を割りはしないだろう。なぜならば、人身売買はこの男だけでなく、親貴族の多くに関わってくること。下手に情報を流せば、もう二度とこの国で日の目を見る事はなくなるだろうから。
だが、こちらもそんな事は既に予想済みだ。だから、ハニートラップを仕掛けさせてもらった。そう簡単にはかわせない、史上最強のハニートラップを。
「勇者」
勇者に目を向ければ、勇者はこれでもかというぐらい嫌そうな顔を俺に向ける。だが、馬鹿ではないので、俺が何をしたいのかはちゃんと理解しているだろう。
「……魔王、お前、本当に最低だな」
「ああ。人族のお前とは、永遠に相容れないだろうな。だがお前としても、その方がいいだろ。それでも協力してくれるなら、この国でのお前の身の安全だけは守ってやる。襲われるのが好きなら止めはしないが」
「そんなわけないだろ。畜生」
そう言いながらも、勇者はスコル伯爵の方を向いてじっとその瞳を見つめた。特に媚びたような笑みを見せているわけでも怪しい雰囲気を漂わせているわけでもない。しかし徐々にスコル伯爵の顔が赤くなっていく。
「なあ。人身売買の事を教えてくれないか」
「それは――」
「アンタが買ったユイねーちゃんは、俺らにとって大切な人なんだ。ユイねーちゃんみたいな、悲しい思いをする人を俺、増やしたくないんだ」
そう言って、勇者はスコル伯爵の手を両手で握る。
「だから、アンタが知っている情報を教えてくれないか?スコル伯爵、俺に力を貸してくれ」
「……分かりました。貴方は、私の恩人ですから。ご協力します」
チョロイな。
あっけないほど簡単に、スコル伯爵が折れた。勇者のタラシ能力をもってすれば、心に深い傷を負った男が、簡単に陥落するというのは本当らしい。確かにスコル伯爵は勇者のおかげで死ななかったが、普通ならそれほど簡単に心を開くものではない。
今の三文芝居だけで恋に落ちる様を目の当たりにすると、これは恐ろしい能力だなと思う。
恋に溺れ馬鹿になるというのは俺自身体験済みなので、これがスコル伯爵の脳内で、勇者に対して展開されていると思うと少しだけ同情する。しかし勇者に叶わぬ恋心を抱いてしまったスコル伯爵に対してこれ以上ない残酷な仕返しであると同時に、彼がフレイヤを傷つけなくなるには、必要な事でもあった。彼が好きだった女性を引きずるかぎり、フレイヤが完璧に自由になれる日はないだろう。
「ひっ」
「貴方の為なら、なんでもしましょう」
スコル伯爵が空いている手で勇者の手をさらに握った。それを見て、勇者が小さく悲鳴を上げて俺を振り返る。
その目は、【助けるんだよな。約束したよな】と訴えている。……まあ、仕方だない。こいつのおかげで、話が早く進んでいるというのは事実だ。
「勇者。フレイと一緒に玄関の方を見に行ってくれないか。もしかしたら、まだ人身販売に関わった残党がうろついているかもしれない」
「分かった。じゃあ、そういうわけだから、ゴメンな」
ぱっとスコル伯爵から離れた勇者はこっそり尻の当たりで手を拭うようにこする。相当気持ち悪かったらしい。
かなり便利な能力ではあるが、本人には忌々しい呪いでしかないようだ。まあ、こういう奴が持っている方が、安心安全なのかもしれない。人族が信仰している女神も、誰ならこの能力を持っていても世界を混乱させないか良く分かっている。
「勇者様」
スコル伯爵の勇者を呼ぶ熱のこもった声が、とにかく名残惜しそうだ。
勇者がガチガチに固まった笑みをを浮かべた。一応、『気持ち悪いだろ、馬鹿』と罵るのは我慢したらしい。……まあ、こらえ性のないコイツにしてはかなり頑張っている。
しかし今にも逃げ出したいと思っているだろう勇者は、その場から逃げださず、スコル伯爵をまっすぐ見た。
「えっと、スコル伯爵。魔王に色々情報教えてやって。こいつ、すげー性格悪いし、腹黒いし、猫かぶりだし、本当にムカつくけどさ」
「おいっ」
言いたい放題だな。
まあ、俺だって勇者に対して、甘ったれで、どうしようもなく馬鹿で、愚かな人族でと色々思う所がないわけではない。というか、ある。ガキ過ぎる為に色々苛立たしいこともあった。
「でも、本当にユイねーちゃんの事が好きで。それだけは嘘がないと思うんだ。だからさ。ちゃんと教えて、返してくれよ」
でもコイツは真っ直ぐだ。
俺とは違って、愚かしいぐらい正直な男だ。だからきっと、皆に愛されるのだろう。俺も……相容れないとは思うが、嫌いではない。
「魔王には、ユイねーちゃんが必要で……たぶん。ユイねーちゃんもそうだから。頼む」
勇者がスコル伯爵に頭を下げる。俺の家臣でも何でもない奴が、ユイの為……俺の為に頭を下げた。
勇者は人族で、有事の時は真っ先に俺を殺しに来るような立場の奴だというのに。
「どうして勇者様は、魔王様の為にそこまでされるのですか?」
「だって、友達だから」
アホだ。
本気でアホだ。お前、友達を作る為に、この国に来たんじゃないだろ。魔王を友達にして公平な判断ができるのか。
……だが、これが人族の勇者なのだ。
「感謝する」
こいつみたいな馬鹿が……俺の友人がブァン国にいるなら、俺は戦争などという愚かしい道を進むことはないだろう。
ユイの意志だけではなく、俺の意志で、この国をそんな道へは進ませない。
「じゃあ、俺。玄関の方に行ってくるよ。フレイ行こうぜ」
「……魔王、姉さんを頼む」
去っていく2人を見送り、俺はスコル伯爵を見た。色々聞きたい事はある。だが、一番最初の質問は決まっている。というかこれ以外、ない。
「さて。まずは、お前が買った少女が居る場所を教えろ」




