82話 売り物の賢者(賢者の現実)
……今度は何処に運ばれているのかなぁ。というか、もう少し普通に運んでくれないものか。例えばお姫様抱っこみたいにさ。
そんな事を思いながら、私は売られる為に肩に引っかけられるような状態で移動していた。ユイからフレイヤに姿が変わった為、体が縮んでしまいひょいと運ばれてしまうのが悔しい。
今は情報を集める為、気を失っているんですよーというふりをして目を閉じてはいるが、意外にこの状態は怖いなぁと思う。手足を縛られているので落とされたら受け身も取れずにゴツンだ。打ち所が悪ければ死ぬ。
痛いのは嫌いなんだけどなぁ。
ヴィリがどこかから私を見ているんだろうけど、流石に落とされたのをキャッチはできないだろうし。
そんな事を考えていると、ふわりと柔らかい場所に降ろされた。
感触的に……ベッドだろうか?
そんな事を考えていると、猿ぐつわを外され、手足を縛る布も取られた。代わりに、カシャンという音と共に、ヒヤリとして重みを感じるものを両足首に着けられる。
……あっ。この感触は知っている。これは、枷だ。私が逃げられないように、こうやって足だけ繋ぐ人は良くいた。
芋虫状態だと、買い手にも不快な思いをさせるという事で、私が叫んだりしない限りあまり縛るような人はいなかった。代わりに繋ぐ枷は、大抵が装飾の凝ったものが多い。蝶の形を好んでつけた人もいれば、純潔主義なのかユニコーンが描かれたものを使った人もいた。
数多くの人が、私を通して夢を見る。
今回のイメージは何だろう。……とりあえず、売られる先は、私が逃げ出した時と変わっていないのだろうか。最愛の妻をなくした男なんて、本当に最悪だ。今までは子供という事で、夜のお相手とかをするような仕事は回ってこなかったけれど、今度も同じとは限らない。私もとうとう11歳。そろそろ、怪しい年齢だ。
金の卵を産む鶏という事で、多少は丁寧に扱ってくれる事を祈るしかない。
「旦那様。遅くなりました。これが例の少女でございます」
おっと。まさかの、買い手がここに居る状態ですか。
怖いと思いながらも、必死にその想いを誤魔化して寝たふりを続ける。起きていると知られたら、速攻で姿を変える事を要求され、18禁バッドエンドへ向かう可能性がある。そんなの最悪すぎだ。
だからとりあえず、この人たちが外へ出ていくまでと、必死に耐える。
くっ。この世界はBLゲームなんだから、男同士で乳繰り合ってればいいのに。でもきっと私を買った相手は心に闇を抱えていそうなので、下手にBLゲームに参戦したら勇者君が危ない。くぅ。流石に、自分の代わりに、勇者君を差し出せるほど、私は残酷にはなれない。
「ああ。ようやく会えるのだね」
男の声は、凄く若くも年老いてもいなかった。たぶん、私からしたら、オッサンな年齢だろう。……余計に面倒だなと思う。年老いていれば、普通に会話すればそれで満足してしまう人もいるが、この手の中途半端に若い人は、そう言う逃げは無理だろうなと思う。
さわさわと堅い手のひらで私の頬を撫ぜる。と、鳥肌が……。
必死に心の中で無心になれるよう現実逃避を行うが、どうしても嫌悪感は拭えない。ゴシゴシと触られた部分を擦りたいが、それをしたらばれる。
だから必死に我慢する。
「この娘は、私の子は産めるのか?」
ぶっ。
直球だな、オッサン。だが、買い手としてはそこは重要な内容だろう。幻獣人なんて中々手に入らないレアキャラだ。それなりの金を積んだに違いない。
「まだ11歳なので、もうしばらくは待っていただかなければいけませんが、もう3、4年経てば大丈夫でしょう。それまで、色々仕込むのも楽しいかと」
楽しくないですよー。色々仕込むとか、マジで止めて下さいねー。もう、売り物にならなくなっちゃいますよー。
心の中で、アウトだこの野郎と叫ぶ。大体3,4年後だと15歳ぐらいだ。そんな体で子供を産んだら死ぬリスクが高いに決まっている。
まあ、でも。たぶんしばらくしたら、私はとりあえずまた回収されて、売られるのだから、この人に孕まされる事はなさそうだなと、何処か他人事のように思う。
「そうか。……ソール。ようやく君にまた会えるよ」
今度の私は、ソールと呼ばれる女性となるらしい。まあでも、それも少しの我慢だ。そうすれば、ヴィリが助け出してくれる。
だから我慢だ、我慢と耐える。
必死に自分の中に防御壁を作って自分自身が蝕まれないようにする。
「では目が覚めたら、姿を変えるように躾ます。その後はどうぞ、旦那様の方で、ソール様であったことを思い出すように躾て下さい」
そもそも私の中にソールという人はいませんよバーカ。
そんな悪態をつきながら、奥さん役だと面倒そうだなと思う。子供や老人の場合、ただいてくれるだけでいいという人が多いが、奥さんや恋人の場合、本人そのものではなく、求めた人にとって都合のいい記憶上の存在を求めてくる。
求める相手は、私ではないと分かっているはずなのに、姿だけでも求めてしまうなんて、本当に人間というのは変な生き物だ。
とりあえず、早く出て行ってくれないものかと、じっと待つ。
耐えていれば、どんな感情を向けられたって大丈夫だ。
私を壊してしまっては困るから、危険な薬などは使わないはずだし。ニコリと笑って、大人しくしていれば何も怖いことなんてない。
大丈夫。大丈夫と心の中で呟く。私はフレイヤだ。ソールじゃない。ただ、この哀れな男のためにソールという女性を演じるだけ。ソールなんてどこにもいない。
彼が愛しているのはソールで、私じゃない。だから気にするな。感じるな。
とにかく、自分と求められている者を同一視しないのが、自分が生き残る上で大切なこと。求められている人を演じても、それは自分じゃない。
「早く目をさましておくれ、ソール」
熱を含んだようなどろりとした声。それを必死に聞き流す。
しばらくして、ようやく男たちが外へ出ていった。その事に、私はホッと息を吐く。
目を開けたそこは、ベッドこそあるものの、とても簡素な部屋だった。私を買うような人間は、大抵が金持ちか貴族だ。だからここはゴールではなく、たぶん一時的な場所だろう。買った人がいてもたってもいられず確認のために事前に商品の状態を見に来たというところか。
「この鎖、切れるかなぁ」
結構頑丈そうだ。装飾はこだわりがあるのか、太陽のような柄がついている。君は僕の太陽だという意味だったら、うげっという感じだ。
「鍵を後で盗んできてやるから待ってろ。たぶんあの商人が肌身離さず持っているんだろうし」
「……殺すの?」
男がいなくなったのを確認して出てきたヴィリに、私は恐る恐る聞いた。
肌身離さず持っている人から鍵を奪うには、それが一番楽な方法だ。
分かっている。自分が助かりたいなら、他人のことなんて気にしてはいけないのだと。特に年端もいかない私みたいな子を平気で売る商人だ。きっと、殺されるだけのことはしていたに違いない。
だけど……あまり気分は良くないな。
これはたぶん、私の意識ではなく、【ユイ】の意識だろう。ユイと私は、混ざりあってしまって、その差が分からないものになっている。骨の髄まで染み込んだ、日本人の感覚が、本来なら割り切れたことに異を唱えているのだろう。
でもこれから先、生きていくには、この感覚は不都合なことになるかもしれない。割り切らなければ。
「ここで俺が殺さなくても、たぶんいつか誰かに殺されるような男だぞ?」
「分かってる」
分からなければいけない。
そうしないと、ヴィリに迷惑をかけてしまう。足を引っ張るわけにはいかない。折角助けに来てくれたのだ。
「……まあだけど。ただ今回は薬を飲ませて眠らせるだけのつもりだけどな」
「えっ。殺さないの? 危なくない?」
想像したものと違う答えに、不安になりつつもほっとする。
「俺を誰だと思っているんだ。大丈夫に決まってるだろ」
そう言ってヴィリはくしゃりと私の髪を撫ぜた。
「それに、またフレイヤを失ったとしたら、あの男もとうとう終わりだ。2度も失敗を許すほど、この業界は甘くない。路頭に迷わせて、様々な所からの恨みに怯えながら生きさせた方が、仕返しとしては残酷だ」
「あ、確かに」
それは死ぬよりも辛い事だろう。
ただし殺さないぶん、私たちに対してもリスクが上がる。ヴィリが私の様子を見て、作戦を変えてくれたのだろうということは流石に分かった。
「そういえばさ。フレイヤが魔王城で演じていた、ユイって誰なんだ?」
私がよほど困ったような顔をしていたのだろう。話題を変える為に、ヴィリが話を振ってくれた。しかしそれもまた答えにくい内容で、私は苦笑する。
ユイは、この世界では幻のような人物だ。
魔王様やフレイが好きでいてくれた人。誰からも必要とされた人。そして、【フレイヤ】を守ってくれた人で……私にとっては――。
「大切な人かな」
大切な、大切な、私の前世。優しい記憶を少しだけくれた人。
貴方のおかげで、私はもう少しだけ生きていけます。




