62話 萌えの奥深さ(ユイの体験)
「まさかの乗馬服だなんて……」
魔王様と勇者のドレス姿が見れるものとばかり思っていた私は、2人の衣装チェンジした服を見て固まる。確かにあれだけ嫌がっていたのだ。スカート以外の服を選ぶのは分かりきっていたこと。
魔王様は黒を基調とした乗馬服。勇者は白を基調とした乗馬服。どちらも男物に比べて胸元にフリルがふんだんに使われてはいるが、残念なことにズボンだ。
でも――。
「……これはこれでアリかもしれない」
そうだった。BLだからといって、女装が一番可愛らしく見せてくれるとは限らないのだ。男の子なのだから、その細い青年とも違う成長過程の体型を存分に見せてくれる服もまた素晴らしい萌え要素である。
BLマスターたる私が、そこを見落とすなんて。くっ。もしもスカートだったら、守ってあげなくちゃと庇護欲を誘うこの体型を見る事は出来なかっただろう。
ショタ萌えに転がってから日が浅いための判断ミスだ。私もまだまだなようである。萌えとは奥深い。
それにしても可愛いなぁ。もう並ぶと芸術的可愛さだ。特に双子のように色違いのおそろいの服を着ているので、その破壊力は半端ない。
私は興奮で鼻血を出さないよう、必死に心の中で九九を唱えた。
「スカートではないのね」
「当然だろ。でもこれだって立派な女物なんだからいいだろ」
ノルンの残念そうな言葉に、勇者がムスッとした表情で答える。ああ、そんな表情も美味しすぎです。心の目にばっちりに刻まなければと、私はじっと2人の姿を見る。
「ユイ。どうだ? 変じゃないか?」
「変なんてとんでもない。すごく可愛いです!」
上目づかいで少し困ったような表情で聞いてきた魔王様に、私は心の中で拍手喝采する。ああ、もう何て可愛いんだろう。勇者も少年、少年していて可愛いんだけど、魔王様の魅力には全然かなわない。
もう魔王様の可愛さからは浮気できません。
「姉さん。色々商品について教えてくれないかな?」
「あっ。はい。といっても、私もあまり詳しくないですよ。フレイ君はハンドクリームでしたね」
あまりに可愛すぎて魔王様から目が離せないというか離したくない思っていたが、フレイに現実に呼び戻され、しぶしぶ仕事に戻る。でも危ないところだったかもしれない。仕事を忘れるほど魔王様が可愛すぎるなんて、もはやテロレベル。
いまだに興奮によるドキドキが止まらない状態で、業者が持って来て下さったハンドクリームを手に取る。
「どうしてもこういうのは体質がありますからね。かゆみなどがあった場合は、即刻洗い流した方が良いですので気を付けて下さい。えっと、これがオリーブオイルと蜜蝋などを混ぜて作ったものになります。はちみつの香りがいい感じでお勧めです」
私はハン伯爵領印の瓶に詰められたハンドクリームのふたを開ける。見た目はジャムっぽく、甘いにおいが漂う。
「これ試してみてもいいですか?」
「どうぞ、どうぞ。是非手に取って見て下さい。今、メイドの中でとても人気の高い商品になっていますから」
「なら私も、折角だからハティーにプレゼントしようかなぁ」
ハティーには普段、お世話になってしまっているし。ハン伯爵領印だから安心感もある。
「ユイ。塗るだけの商品はそれぐらいでいいだろ。フレイ殿も1人でそれぐらい選べるはずだからな。それよりもこちらの方を手伝ってくれないか?」
「手伝い?」
はて?
魔王様の手伝いとは、いったいどんな事をすればいいのだろう。はっ?!まさか、私が魔王様に化粧をほどこすとか?
いやいや。無理無理。それはさすがにハードルが高すぎる。
「あのですね。化粧はプロの方にやっていただいた方が勉強になるといいますか……。ぶっちゃけ、普段から化粧していない身としては、残念過ぎる結末しか予測できないと言いますか」
私だって化粧の恐ろしさは知っている。
日本でもメイク術が凄すぎて、ビフォーアフターがまったく分からないという現象も起きているのだ。
だけど私はそんな素晴らしい技術もなく、日本に居た時は、下手したらスッピンで会社に向かうぐらいのレベルだった。口紅ぐらいは塗れるけど、アイラインとか無理無理。アイシャドーとか訳分からんレベルだ。
「別にユイに化粧技術を望んでいるわけじゃないから安心しろ」
「はぁ。でしたら、私は何を?」
「ユイ、化粧されろ」
「へ?……わ、私がですか? いや、でも。体験するなら、私よりも魔王様や勇者君やオーディン君の方がいいのでは」
そのための女装ではなかっただろうか。
まあ、乗馬服だとガッツリ化粧をするような服ではないけれど。
「肌に合うか合わないかは確認できるのだが、ファンデーションというものを塗っても、俺達では肌が綺麗すぎてあまり差が出ないようなんだ」
何ですと?!
まさかの肌が綺麗すぎて女の子みたいを飛び越えて、綺麗すぎて化粧の意味をなさないだと。予想の斜め上を突っ切った結果に、私は子供の肌を舐めすぎていたと悔やむ。
「というわけですので、賢者様、こちらへどうぞ」
お店のお姉さんがニコニコと手招きするが、私ではモデルになりませんよ。マジで。
そう思いつつも、この場にいるのは子供ばかりなので、諦めるしかない。
くっ。今から可愛すぎる美少年たちを前にして、化粧の力をもってしてもかなわない現実を見せつけられるなんて、何て残酷なんだろう。あれか。女装をさせて萌えさせてやるぜとか狙いすぎた罪を犯してしまったからか。
ああ。神様もこれ以上萌えさせられるのは無理と言っているんですね、分かります。何て罪深い少年たちでしょう――。
なんて現実逃避しながら、私はしぶしぶ椅子に座った。というか現実逃避してなければやってられない。
「あら。賢者様もすごくお肌が綺麗」
「えっと、どうも」
明らかなお世辞ですよね。
さすがに20歳過ぎたおばさ――お姉さんが、10代の夢と希望が詰まった少年の肌に敵うはずもないのだ。でも、ありがとう。そのお世辞のおかげで、少しだけ頑張れる気がします。
とりあえず、されるがままになって、ぺたペタと下地を塗られ、ファンデーションらしきものを叩かれる。
「あっ。そういえば、これって、体に大丈夫ですか?」
そういえば、昔の白粉って危険なものが含まれていたと何かの本で読んだ事がある気がする。えーっと、確か金属系で、うぅぅん。何だったかは思い出せないけれど、中毒とか起こすはず。
とはいえ、それがどんなものなのか目視だけで分かる気がしない。それにこの世界で、その白粉の危険性が判明しているか分からないので、このお姉さんたちも分からない可能性がある。
「ああ。今日はお若い方が使われるという事で、天然素材である、貝殻の粉や真珠などをご用意しています。ですから肌が荒れるなどはないと思いますよ」
うーん。心配しているのは肌荒れの部分ではないんだけどなぁ。でも貝殻や真珠なら、たぶん大丈夫なはず。
なので、そのままお姉さんにすべてを任せる事にした。
「えーっと、出来上がりましたが……」
「賢者は、あまり変わらないな」
数分後。言い難そうにしているお姉さんに代わって、オーディンがズバッと真相を私に伝えた。
ですよね。化粧したら超美人になるという事もあるが、それは多少の化粧ではない、ばっちりメイクの場合だ。多少の化粧で、えっ、これが私?とか、ないない。もしもあるとしたら、元々美人さんだった場合だけだ。
「うーん。とりあえず、違和感は少ないし、引きつった感じもなので、この化粧なら悪くないとは思います。匂いもきつくないですし。私が化粧映えしなくて申し訳ないですけど」
プロの方には本当にこんなモデルで申し訳ない。もう少し魔王様たちが成長していれば、もっと素晴らしい素材に化粧ができたのに。
「ユイはそのままでも可愛いという事だろう」
「魔王様、慰めの言葉ありがとうございます」
でも化粧の意味がないというのも寂しいですとは言えず、私は苦く笑った。魔王様なりの慰めなのだ。それだけですごくありがたい事じゃないか。
それに私の顔がもしも絶世の美少女で、魔王様とか勇者とかを魅了してハーレム女をやったら一発でゲームがバッドエンドに向かってしまう。そう考えると、地味顔もたまには役立つものだ。
「姉さんって、そんなに目立たない顔だっけ?」
「こういう顔です。というか、私の顔なんてどうでもいいじゃないですか。さあ、化粧品を買うなら選ぶ!」
「いや、別に姉さんの顔を否定する意味じゃ……。まあ、いいや。俺はこのハンドクリームにしたよ」
あまり顔の話をし続けると、女として悲しくなってくるのでささっと話題を化粧品にシフトする。フレイがお土産を選んだので、残りの2名も土産を選び始めた。
にしても、どうして私の顔はこれほど地味顔なのか。気にしてはいけないと分かっていても、小さな鏡に映る自分を見ると溜息がでてしまう。
まあでも、最初よりは3割ぐらい美人になってはいる気がする。やはり魔王様を始めとした、勇者一行やノルンがキラキラした外見なのが、地味に見える原因に違いない。
「ユイねーちゃん。俺はユイねーちゃん、ちゃんと綺麗になったと思ぞ?」
「ありがとうございます」
私が小さくため息をついた事に勇者は気が付いたらしい。まあ、他の子も敏いので気がついてはいるんだろうけど。でも女性の顔の話だから、あえてあまり触れないようにしているに違いない。
空気を読んでくれてありがたいような、申し訳ないような気持ちだ。
「本当だからな。皆見る目ないよなぁ。ちゃんと、綺麗になってるのに」
「そうですか?」
「うん」
おや?
どうやら勇者が嘘を言っている様な雰囲気はない。もしかしたら、皆よりも勇者はヒトの事をよく見ているのだろうか?うーん。何とも言えないが、とりあえずもう一度御礼をいい、頭を撫ぜておく。
「ありがとうございます」
「べ、別に。本当の事言っただけだし」
おおっ。照れてる、照れてる。くぅぅぅ、可愛いなぁ。
「勇者」
「何だよ、魔王」
勇者の頭をなでなでして、サラサラの髪の毛を堪能していると、勇者が魔王様に呼ばれた。しまった。魔王様と勇者の仲を応援していたのに勇者と話し込んで邪魔をしてしまうなんて。
しかし魔王様と勇者がこそこそと内緒話をしているのを見て、2人が仲良くなったのを感じ、ほっこりする。良かった。やっぱり同じ体験をした者同士、仲良くなっているみたいだ。
にしても2人が並ぶと、猫と犬がじゃれているみたいで可愛いわぁ。心の目にばっちり刻み付けておこう。
「姉さん、よだれ」
「おっと。失礼しました」
ヤバい。鼻血は吹かなかったけれど、よだれを垂らすって。乙女として、色々終わりかけている。ちょっとガン見しすぎたみたいだ。
フレイにハンカチを差し出され、慌ててぬぐう。
「そうだ。姉さん。後で姉さんの知り合いのハン伯爵に問い合わせてもらいたい事があるんだけど」
「デュラ様にですか?」
何だろう?オリーブについてだろうか?
分からないが、断る理由もない私は、フレイにいいですよと答えた。




