59話 貴族の少女(勇者の嫉妬)
「……まさか、オーディンに彼女だと?!」
俺はその場で手と膝を付き、この残酷な現実と向き合った。酷い。神様。どうして、俺に彼女ができないのに、オーディンの隣には可愛らしい女の子がいるんだ。
俺なんて、フレイと王様から、魔王と仲良くなれとしょっぱい現実を突きつけられているというのに。
「うわぁ。現実にそんなポーズする残念な人、初めて見たよ。何? オーディンの事、そんなに好きだったんだ」
「そんなわけあるかっ! じゃなくて、オーディンの隣に可愛い女の子がいる現実が、俺を打ちのめしているんだよ。俺はまだ彼女もいないのに。それどころか、しょっぱい現実しかないのに」
「あれ? ノルンちゃんじゃないですか」
図書室からの帰り道、俺はオーディンと女の子が一緒にいる場面を目撃した。あまりのことに、目から血の涙が出てきそうだ。
とりあえずあの少女は、ノルンというらしい。金色の髪に金色の目。三角の耳を見ていると、狐っぽいなと思う。良いなぁ。女の子。可愛いよなぁ。
「あっ! ユイ」
ノルンは、ユイの姿に気が付くとぱあぁぁぁと表情を笑顔に変え、こちらへ駆け寄ってきた。流石ユイねーちゃん。
ふっ。オーディン破れたりっ!
「トール、残念な声がダダ漏れな表情は止めておきな。余計に女の子が離れていくから」
フレイに言われて俺は、顔に手をやった。そんなにモテない男子な顔をしていただろうか。
その隣で、魔王がフッと鼻で笑った。畜生。魔王というだけで努力しなくても女が寄ってくるような奴は、俺みたいな報われない男子を笑う資格なんてないだろうが。
やっぱり俺は魔王とは仲良くなれない気がする。
「こんにちは、ユイ。魔王様。こちらの方は?」
「ブァン国の勇者様と、魔導士のフレイ様です。こちらは、魔族領の貴族、ゲイル伯爵の娘でノルン様といいます」
ユイねーちゃん、紹介してくれてありがとう。
ユイねーちゃんに紹介されたノルンは、にこりと笑いかけてきた。ああ、いい。女の子、いい。特に俺が知っている学校の女の子よりおしとやかそうなところがさらに良い。
「初めまして、俺は――」
「ソイツは、俺の永遠のライバルのトールだ!」
ゲッ。
俺が折角恰好よく自己紹介使用としたのに、オーディンの馬鹿でかい声に邪魔された。畜生。本当に、何の嫌がらせだ。
「ライバル? 仲間ではなくて?」
「まあ、ライバル兼仲間という感じですから、どちらも正しいですよ。ノルンちゃんはどうしたんですか?」
「実はさっき町で強盗に遭いそうになったのだけど、オーディン様が助けて下さったの」
「強盗?! 大丈夫ですか? 怪我とかしてないですか?」
「大丈夫よ。ヨルムもいたし。ね、ヨルム」
ノルンが向いた先には、銀髪の人形みたいなメイドがいた。服が魔王城のメイドとは違う服を着ているから、たぶんこのノルン付きのメイドなのだろう。
ヨルムは無表情な顔でこちらを見ると、お辞儀をした。
何というか、物静かな人だ。
「そうですか。ならいいですけど。でもヨルムも気を付けて下さいね」
「ええ」
ユイねーちゃんはノルンだけでなく、メイドの事も心配なようだ。ヨルムはユイねーちゃんが心配すると、その人形のような顔を少しだけ動かす。困っている様な何とも言えない顔だ。
「オーディン様。ノルンちゃんを助けて下さり、ありがとうございます」
「いや。女性を助けるのは男の仕事だからな。当前の事をしたまでだ」
恰好つけめ。
そう思うが、オーディンは馬鹿だから嘘は言わない。本当にそうやって思っているのだろう。
「我が民を守ってくれた事、俺からも感謝する」
「私を助けてくれた時のオーディン様、すごく恰好よかったわ」
「良かったですね」
ユイねーちゃんは微笑ましげに眼を細め、ノルンの頭を撫ぜた。
にしても、ノルンはオーディンにメロメロなようである。あーあ。可愛い子だし、オーディンなんかには勿体ないのになぁ。ちぇっ。
「まるで、王子様みたい。ユイ、今度オーディン様を主人公にした――むぐっ?」
「えっと、その件は……えっと。はい。後で部屋で話しましょう。ね?」
頭を撫ぜていた手で、ユイはノルンの口を塞いだ。そしてへらっと誤魔化すような笑顔を見せる。一体どうしたのだろう。
ノルンはその手を無理やりはがすと、かわいらしい唇を尖らせた。
「えーっ。後なの?」
「はい。今はお仕事中ですから」
「仕事? ああ、賢者としてのね。勇者様、ユイは素晴らしいでしょ?」
「えっ。ああ。うん。ユイねーちゃんの話は凄い良かったよ。分かんないところも多かったけど……。でもフレイは全部分かったよな」
久々に女の子と話した所為で、どう話していいのか分からなくなって、俺はフレイに話を振った。するとフレイに口だけで『ヘタレ』と言われる。仕方ねーじゃん。俺の周りはいつも男ばかりで、女の子とどう話していいのか分からないのだ。
ユイねーちゃんは年上だからか、緊張しないんだけどなぁ。
「そうだね。姉さんの授業は面白かったかな。俺たちは魔王領の事をあまり知らないから、とても勉強になったよ。ノルンさんは、姉さんと友達なの?」
「ええ。そうよ。以前、オーディン様みたいに、ユイが私の事を助けてくれたの」
「いやいや、助けるなんて大層な事していませんよ。ヴィリがきてくれたから何とかなっただけだし。見ての通り、私はヨルムみたいに剣とか使えないので」
そう言われ、俺はもう一度ヨルムを見た。メイドの服でほとんど体が見えないが、しっかりとした体格をしている気がする。ユイねーちゃんが言う通り、剣をやっているからかもしれない。
「あのメイドの動きは素人のものではなかったな」
オーディンが剣について褒めるなんて珍しい。よっぽどヨルムはいい動きをしたのだろう。
「へぇ。今度手合せしてみたいな」
「そうだな。だが、しかし、お前の相手は俺だ!」
「お前とは国に戻ってからもできるだろ」
うぜぇ。
何が悲しくて、アース国に来てまでオーディンと勝負しなければいけないのか。構われるなら、キリッとした女剣士がいい。
「そうだわ。オーディン様、私、是非お礼をしたいです」
「いや、俺は礼をされるような事は――」
「折角女の子に言われてるんだから、受け取れよ」
女の子のお礼を断るだなんて、男として間違っている。俺との勝負なんかにうつつを抜かさず、ちゃんとノルンと仲良くすればいい。
はっ?! ノルンと仲良くすれば、しばらくオーディンが俺から離れて静かなんじゃないか?!
このままノルンとオーディンが仲良くなれば、俺が解放されるかもしれないという素晴らしい名案が俺の頭に浮かんだ。
「ならば……母上の化粧品などを選ぶのを手伝ってもらえないか?宝石などは分かるが、そっちの関係はどのようなものが喜ばれるかが分からないんだ。賢者様に場を設けてもらったが……」
「分かったわ。同じ女として、一緒に行くわ。ね、ユイ」
「へ? 私?」
「当然よ。私は化粧品なんてまだほとんど使わないもの。でもユイならそういう年齢だし、ハン伯爵領でもオリーブを使って色々作ったんでしょ?」
全く関係ないような顔をしていたユイねーちゃんがいきなり巻き込まれ、困惑したような顔をしていた。……もしかしてノルンって、オーディン並みにゴーインなところがあるのか?
場所は違えど、同じ貴族だし、考えられる。
「それに、賢者のお仕事は、困っている人の相談でしょ? 私は今困っているし、賓客であるオーディン様も困っているのよ」
「うーん。魔王様、オーディン様の件も私が担当してもよろしいでしょうか?他に担当する方がみえるならば、あれなんですけど」
「不都合がないように人は付けるが、専門的なものは業者だけだからな……」
「だったらなおさらついて行くべきだわ。分からない事をいいことに、好き勝手売りつけられるかもしれないじゃない」
「いやいや。そんな国の賓客にとんでも商品は売ったりしないと思いますけど」
ユイねーちゃんは強引な勧誘に困ったように笑う。
「お願いできるか?」
「ユイ、魔王様お願い!」
「はうっ。まぶしい」
まぶしい?
特に太陽の光は入ってきてないと思うんだけどなぁ。何かが反射でもしただろうか。ユイねーちゃんの言葉に、俺は首をひねる。
「……分かった。ユイを行かせよう」
「魔王様、ありがとうござます!」
「その代り、俺も行く」
「えっ? 魔王様? 時間は大丈夫ですか?」
魔王もついていくという言葉にユイねーちゃんは驚いた顔をした。
「何とかする。貴婦人の化粧に関しては俺もよく知らないからな。一度一緒に行ってみたい」
「私もそんなに詳しくないですよ? 貴族ほど買えないですから。でも……分かりました。誠心誠意頑張らせていただきます」
「なら、俺も便乗させてもらおうかな。手ごろな価格なら、母さんのお土産にしたいし」
「えっ? フレイも行くのか?だったら、俺も行く」
ここに居る全員が行くような雰囲気に、俺は1人置いていかれるのも嫌で手を上げた。あまり興味はないけれど、確かにフレイが言う通り、母ちゃんへの土産にいいかもしれない。何も買っていないと煩いからなぁ。
「分かりました。ちょっと大人数になるので、一度業者の方に確認してみますね」




