57話 賢者のお仕事(ユイの妄想)
勇者一行が魔王城へやってきて3日ほどたった。とりあえず、勇者一行は、それぞれ思い思いに魔族と交流をしてくれている。今のところその交流では、特に問題は起こっていない。
ただもう数日すると、勇者達には城下町へ出向き民衆にお披露目をする事になっていた。折角友好を深める為に来ていただいたので、魔族の皆さんにもできるだけ勇者に対して親近感を持っていただく必要がある。しかしこの世界にはテレビがないので、ブァン国の勇者がきているよという事は、お祭りなどで人を集め発表するしかないのだ。
またこの交流会を無事に事故なく終われるようにしなければ、せっかくの外交が台無しになるので、今も城の兵士はピリピリしていた。
まあ、私の業務的にはあまり関係ないのだけど。護衛関係は専門外だ。
「ユイっ!」
「あれ? 魔王様。どうかされましたか?」
とりあえず今日もフレイに会いに行くかと図書室へ向かおうとしたところで、魔王様と偶然廊下でばったり会った。魔王様と廊下ですれ違うなんて珍しい。魔王様と会うのは基本執務室か、私の部屋だ。
「今からどこに行くんだ?」
「図書室ですけれど」
おや?
もしかして私に会いに来て下さったのだろうか。勇者一行がブァン国に帰るまで、家庭教師の仕事は中断だったので、魔王様と会うのはよく考えると久々かもしれない。
一応賢者の仕事は継続しているが、魔王様の業務と被るものが最近はなかった。
「図書室? 最近、足しげく図書室に通っているという噂を聞いたが……」
「はい。実は図書室で魔道士のフレイ君の接待をしているんです。フレイ君は色々知りたいことが多いようで、図書室の管理者からお願いされまして」
本当ならフレイと会うのは私事となるので、勤務時間は避けるつもりだった。しかしフレイが図書室の人に色々質問したが、それに対して上手く答えられないという事が起こったのだ。そこで魔王様の家庭教師であり、皆の相談役の賢者である私が抜擢され、今に至る。
弟は転生しても賢いようだ。なので折角アース国に来れた事もあり、色々知りたい事も多かったのだろう。でもまあ、フレイと堂々と会えるようになったのは、私的にはラッキーなので断る必要もない。幸いフレイが知りたいことに答えることも、何とかできている。魔族領について教えてくれたルーンには感謝だ。
「今日は俺も同席しよう」
「えっ? 魔王様、お忙しいんじゃないですか?」
今は勇者達のお披露目の大詰で、忙しいと聞いていた。勇者様の接待もあるし、大丈夫だろうか。
はっ?! もしかして私が接待じゃ心配なのか?
あり得る。ここで私が粗相をして、魔族領への好感度が激減した大問題だ。下手したら今後の、ブァン国との貿易にまで影響する事も考えられる。
「あの、大丈夫ですよ? 魔王様のお手を煩わせないように誠心誠意頑張っていますし。フレイ君も今のところ楽しんでくれていますから」
「ユイの接待は何も心配していない。ただ今はユイの授業がないからな。俺も一緒にユイの話を聞きたいんだ。業務の方はちゃんと一段落ついている。駄目だろうか?」
私の話が聞きたいだなんて、何て可愛い事を言ってくれるんだろう。
本当に魔王様は勉強家だ。業務が落ち着いたなら、しっかりとお休みを取ればいいのにと思う私は、怠け者なのだろうか。
「魔王様がよろしいのでしたら。でも休むというのも、仕事ですよ? 魔王様の体が他の魔族の方よりも丈夫だというのは知っていますが、あまり頑張りすぎないで下さい」
小さい時は、よく寝て、よく食べて、よく遊ぶのが仕事というぐらいなのだ。よく食べてはたぶん大丈夫だろうけれど、魔王様は頑張りすぎて睡眠時間を削ったりしそうだし、あまり遊ぶとかしていない。
魔王様にはしっかりとした魔王様になってもらう必要はあるけれど、やっぱり心配にもなるのだ。せめて心のよりどころがあればいいのだけど、まだ勇者様とはそこまで親密な関係ではない。
それもあって、少し甘やかしてあげたくなる。
「ありがとう。心配してくれて嬉しいが、ユイの声を聴いているととても落ち着くし、楽しい。だからユイの授業がなくて、話が聞けない事の方が寂しいんだ」
はうっ。またそういう目を。
魔王様が少し潤んだ目で私を見上げてくる。その姿が可愛すぎて私はひるんだ。しかもすごく可愛い事を言ってくれた事も相まって、私の脳内はフィーバー状態である。
ああ。素直な生徒って、何でこんなに可愛いんだろう。もう、魔王様が私を萌え殺そうとしているとしか思えない――というのは冗談だけど。でも、それぐらい可愛いのだ。
この間カメラがこの世界にない事を悔やんだが、今度はビデオがない事が悔やまれる。こうなったら心の目にしっかり焼き付けておこう。そして部屋に戻ったら、絵に残して昇華しよう。ああ、ますます萌え絵が増えていく。
「駄目か?」
「駄目じゃないです。全然駄目じゃないです。魔王様がお望みだったらなんだって叶えます! ですから一緒に行きましょう!」
今なら、魔王様のどんな無理難題でも叶えられる気がする。
私は魔王様の手を握った。
「ありがとう、ユイ。大好きだ」
大好き、キタァァァァァッ!!
ありがとうございます。ごちそうさまです。
鼻血だけは吹くまいと脳内で九九を数えながら、気合でこの動悸息切れを乗り切る。ああ、どうしよう。魔王様が可愛すぎて、最近魔王様が最終兵器な気がしてきた。勇者は魔王様を泣かせたら、うん。魔族全員を敵に回すね。
わおっ。まさかの魔王様を巡る戦いだと?!まさかの、魔王様が可愛すぎて、世界が滅亡の危機だと?!
なにそれ、BL的においしすぎる。ゲームの魔王様は攻めだけど、今の魔王様は私の中で総受けだ。
「姉さん?」
ルンルン気分で妄想を膨らませていると、フレイに呼び止められた。
あれ?
妄想と同時に、私も足を止める。いつの間にか、私は図書室まで来ていた。少し浮かれすぎていたみたいだ。
その浮かれついでに、フレイの隣に勇者君の幻が見え――って、幻じゃない?!
「あれ? フレイ君、隣の方はもしかして勇者君ですか?」
「うん。姉さんを紹介しろって五月蠅くて。姉さんはどうして魔王様と一緒に?」
「仕事が一段落したそうで、一緒にお話をしたいそうなんです。家庭教師の授業が一時的に中止になっていますから、色々勉強もしたいそうで」
「へぇ。勉強ねぇ。俺が知りたい内容が、魔王様も知りたい内容とは限らないけれど、お会いできて光栄です」
フレイは礼儀正しく、魔王様にあいさつをした。
弟はできた少年で、昔から礼儀正しかったけれど、それは今も健在のようだ。ただ幼い外見になってしまっているので、どうしても微笑ましい姿にみえる。
「こちらこそ、魔導士殿と勇者殿と会うことができて嬉しく思う」
魔王様がにっこりと笑い、フレイと握手をした。
大人びた子供って可愛いなぁと思ていると、ぐいぐいと服の袖が引っ張られる。そちらを見ると、勇者が私を見て困ったような顔をしていた。
「何か、フレイと魔王が凄い似た者同士な気がして怖いんだけど」
「そうですね。魔王様もフレイ君も頭がいいですからね。でも魔王様はそれほど怖い方ではないですよ。とても優しい方ですから」
魔王という役職や人族との違いがどうしても怖く感じるかもしれないが、魔王様はとてもいい子だ。意外に真面目だし、部下思い。私の事もいつも心配してくれる。
「そう言えば、勇者君とお話しするのは初めてですね。初めまして、ユイといいます」
「あっ。俺はトールっていいます。えっと、今日はよろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。それから、私に対しては敬語でなくてもいいですよ。勇者君は魔王様の賓客ですから」
フレイや魔王様とよく会話をしていた為か、勇者君と話すと少し幼く感じる。でも勇者君は普通だろうし、むしろ11歳で魔族領へ国の代表として来ているぐらいなのだから、賢い方だと思う。となると、ハイスペックすぎるのが、フレイや魔王様か。
フレイには前世の記憶がある事を踏まえると、魔王様はさすがとしか言えない。
「えっと、じゃあユイねーちゃんって呼んでもいい?それとも賢者様って呼ばないとダメ?」
「ユイねーちゃんでいいですよ。私も勇者君みたいな可愛い子に、お姉さん扱いされるのは嬉しいですから――」
「ユイ」
「姉さん」
勇者君と自己紹介をしていると、魔王様とフレイが会話に入ってきた。どうやら2人もちゃんと自己紹介が終わったらしい。頭の良い子同士、魔王様とフレイ君が仲良くなれるといいなぁと思う。魔王様は同い年の友人がいないのでなおさらだ。でも、魔王様と勇者君以上に仲良くなられると、それはそれで困るのだけど。
「えっと、折角図書室ですから、好きな本をとってきてから、椅子に座りましょうか。それから何か聞きたい事があれば答えられる範囲で答えますね」
それぞれどんな内容が知りたいのかは分からないし、気になる分野も違うと思った私は、興味のない話の時は本でも読んで貰おうと提案した。
「分かった。じゃあ、トール行こうか」
「おう」
「俺は本はいい」
勇者君とフレイは本を取りに行ったが、魔王様のみ私の隣に残る。まあ、確かに魔王様はいつでも本を読むことができるし、今はそれほど読みたい本もないのだろう。
なので私は魔王様と一緒に、一足先に席についた。
「そういえば、魔王様は私の話を聞くためだけで会いに来て下さったのですか?」
たまたま図書室へ行く途中で会ったので一緒に来る事になったが、当初の目的はそれだけだったのだろうか。
「いや。実は、3日後に予定されている勇者一行のお披露目に、ユイも来て欲しいと思い伝えに来たんだ」
「えっ?私がですか?」
「民衆にとって、賢者のイメージはとてもいいものだからな。貴族ではなくても、魔王城で働いているユイに憧れているものもいる。だから賢者から勇者達を紹介してくれると、より民衆も受け入れやすいと思うんだ」
なるほど。
確かに貴族でなければ働けないとされている様な場所で働いているというのは、よく考えると凄い事かもしれない。
魔王様と勇者君が仲良くなってゴールインする為にも、勇者君達がこの国で受け入れられるのは最低条件だ。
「私でお役に立てるのでしたら、お手伝いさせていただきますね」
魔王様が言うほど私の事を城下町の人が好いてくれているとは思わないが、それでも勇者のイメージを少しでも好印象にすることができるならばと、私は協力することにした。




