55話 三つ巴の会合(勇者の場合)
うぜー。マジうぜー。
目の前で魔王とその隣にいる女がイチャイチャアイコンタクトをしているのを見て、俺はケッという気分になる。
俺が男だらけの勇者活動なんて、誰得だこの野郎な状態だというのに、同じ年の魔王の隣には女。黒髪の女は凄く美人というわけではないけれど、優しそうだ。
とりあえず、気分的にはふざけるなである。もしも、この女がただの愛人的な立場だったら、本気で魔王死ね。机の角に小指をぶつけて悶えて死ね。
そんな事を考えながら、俺は今、魔王との会合の会場にいる。
魔王城だから、何となく不気味な城を思い浮かべていたが、案外ブァン国と変わりない。魔王の姿も頭に角が生えているぐらいで、人族とそれほど大きな違いはなかった。以前国王が送ってきた魔王の絵画にそっくりである。
「そして、彼女は俺の家庭教師であり、この国の賢者のユイだ」
魔王の隣にいるのは誰だ? と思っていると、魔王から紹介された。賢者という言葉に、隣にいるフレイを見る。するとフレイは、目を大きく見開きじっと賢者と呼ばれたユイを見つめていた。
感動の為か、それとも別の理由があってか、フレイは小刻みに震えている。まるで今にも泣くのではないかといった様子に俺はぎょっとする。
賢者と会えたのがそんなに嬉しいのだろうか。まあ、確かにあれだけ会いたいと願ってた相手なのだ。感激も大きいに違いない。
にしても、この女が賢者なのか。魔王とは違い、人族とまったく変わらない外見だ。というか人族じゃないか?黒髪、黒目で外見はとても平凡だ。少し小柄だが、平凡というのが特徴なぐらい、あまり特徴というものがない。肌の色を見ると、タカマガハラ国の人に似ている気はする。普通にブァン国の町ですれ違っても、賢者だとは気がつかないかもしれない。
「今日、ユイは皆に歓迎の印として様々な贈り物を考えてきたそうだ。むろん俺からも貴国へ贈り物を用意している。なのでこれはあくまで貴殿達への歓迎の印だ。ユイ、お願いできるか?」
「は、はい。えっと、ものという形ではないですが、勇者様は美食家とお聞きしましたので、調理長による魔王様との特別ディーナーをご用意しています。魔導士のフレイ様は、本がお好きという事でしたので、滞在中自由に図書室のご利用ができるように手配させていただきました――」
俺へのプレゼントは魔王とのディナーなのか。
確かに美味しいものは好きだけどさ。魔王とという部分が、若干気が重い。それはたぶん、行く直前に国王から魔王を誑かしてこい的なニュアンスの言葉をもらったからに違いない。
何が悲しくて異国の男を誑かさなければいけないのか。きっとこのディナーにはそう言う意味は入っていないだろうけれど、どうにも気分が乗らない。かといって、フレイの様に図書室の利用を勧められても微妙だし、コスメや絵画も興味はない。武術訓練だって必要だからやるだけで、テュールみたいに趣味ではなかった。若干ペガサスは乗ってみたい気がするが、まあ興味本位程度だ。
だとしたら、ディナーが妥当なのも分かる。この国には、うちのアホ王のような事を考えている人はいないだろうし、もう少し前向きに考えよう。
魔王だって、女賢者にあんなメロメロな顔をしているのだ。リア充はハゲろ的な事は思わなくもないが、俺の魅力でクラクラなんていうショッパイ事態にはならずにすむはずだ。
「では、長旅で疲れたかと思いますので、お部屋までメイドが案内します」
メイドだと?!
執事じゃなくて、メイドさんだと?!
大切な事なので心の中で2回呟き、拍手喝采する。何故か俺の周りには無駄に男が集まりやすいというか、国王につけられた案内など、執事や兵士(男)の比率が限りなく高い。というかかなり嫌がらせの域で毎回男だ。
そのため、メイドさんが案内してくれるとか、すごく新鮮である。ナイスだ、魔族の皆さん。俺の中の魔族の好感度が少しだけ上がる。
案内してくれるメイドお姉様の腕には鱗があったけれど気にしない。とりあえず、女性が案内してくれるというだけで、俺の中ではグッジョブだ。
魔王城に来るまでに思ったが、魔族と呼ばれる人は一部異形のような体をした人が多い。でもパッと見の違いはそれだけで、動きは人族と同じだ。小さい頃は悪い事をすると魔族に食べられちゃうぞと脅された事もあったが、今のところいきなり襲ってがぶりとしている姿は見かけない。
言語の違いはあるけれど、俺が人族だからといって、罵られたり、石を投げつけられたりもしていなかった。むしろとても親切だ。
「昔戦争をしていた土地だから心配したけれど、一応表向きは歓迎してくれているみたいだね」
廊下に出たところで、フレイがこそっと俺に話しかけてきた。
「そうだよな。昔は戦争していたんだよな」
戦争していたのは俺の爺ちゃんかその前ぐらいなので、ぶっちゃけていえば、俺は戦争なんて体験したことはなかった。でも魔族は長寿と聞くので、まだまだ戦争の体験者は多い。
フレイに言われて、自分が結構危険な場所にいる事に気が付く。ここまで案内してくれた御者の人とか親切だったので忘れかけていたけれど。
「魔族はそんな心の狭い種族ではありませんわ」
俺たちの会話が聞こえてしまったらしいメイドがそう言った。その言葉が俺に聞こえたと気が付くと、慌てて頭を下げる。
「も、申し訳ありません。失礼な事を――」
「ううん。俺達あまり魔族について詳しくないから色々教えてよ。魔族の人は恨んだりしていないの?」
「……はい。一部はそうではないかもしれませんが、多数の者はあれは過去のできごとだと割り切っています。そうでないと多種族である魔族同士も上手くいきませんので。終わったら引きずらないのが普通です。それに魔族の中には人族系の者もいますから」
「へぇ」
一部そうではないという部分がまあ危険な場所なのだろうけれど、メイドさんの言っている事を信じるならば、結構安全そうだし、仲良くなれそうな気がする。
むしろブァン国の方が戦争の事を引きずっていそうだ。戦争を体験していない大人が、小さい子の脅しに魔族という言葉を使うぐらいなのだから。
「だが、すぐ忘れては教訓にならず、また戦争を始める事になるんじゃないか?」
「ええ。ですから忘れるわけではありません。引きずらないだけです。そもそも、魔族は人族に比べ長寿な者が多い土地柄ですから、体験者も多いので」
テュールの少し意地の悪い質問に対して、メイドさんはさらりとかわす。
「実は私も戦争体験者です」
「えっ?!」
「――というのは、冗談です。でも父と母は体験者ですので、その時の話はちゃんと聞いています。戦争をしないで済むなら、それが一番いいですね」
そのために来たのでしょう?
そう言われている気分になりながら、俺は頷いた。魔族だからとかではなくて、ちゃんと仲良くできるのか、どうしたら仲良くできるのか考えたいと思う。
リア充魔王は若干ムカつくが、ちゃんと話をして仲良くできるようにした方が良いのだろう。まあ、国王が望むような、魔王を誑かすとかは論外だけど。
「すみません!!」
そんな事を話しながら廊下を歩いていると、突然呼び止められる。振り返ると、先ほどまで魔王の隣にいた女賢者のユイが小走りでこっちに向かっていた。
「魔導士のフレイ様と少しお話ししたい事がっ!」
フレイ?
てっきり用事があるのなら俺か、メイドさんかと思ったのだけど、ユイの口から出てきた名前は違うものだった。一体、フレイに何の用だろう。
そんな事を思っていると、フレイもまた賢者の方へ歩み出ていく。
「えっ。フレイ?」
そしてユイとの距離を瞬く間に縮め、突然賢者の腕を掴んだ。
おいおい。フレイって、そんな積極的キャラだっけ?あまりのいつもと違う行動にギョッとする。いくら賢者に会いたがっていたからって――。
「姉さん?! なんでここにいるの?!」
ん? 姉さん?
フレイの言葉に俺は目を瞬かせた。まるで知り合いに声をかけるかのような言葉だった気がするのは俺だけだろうか?
「えっ? いや、こんな美少年にお姉さんって呼ばれるのはすごく嬉しいですし大歓迎ですけど。ここに居るのは、フレイ様に聞きたい事があったからで」
対するユイは限りなく初対面の人に会ったかのような感じだ。腕を掴まれたのも驚いている。
「そうじゃなくて! 僕だよ!! 姉さんの弟っ!! 全然違うから分からないかもしれないけど」
は? 何を言っているんだ?
フレイは必死な様子でユイに伝えているが、意味が分からない。そもそも、フレイは1人っ子で姉なんていないし。それは幼馴染の俺だから知っている。
「……えっと。私の弟にそういうファンタジー外見というか、赤毛の子はいないというか」
「姉さんの名前、ハセガワユイでしょ? 僕なんだってばっ!!」
フレイは僕だと繰り返したところで、ユイが目を大きく見開いた。
「もしかして――」
ユイの声が通常のトーンに戻ったせいで良く聞こえないが、次の瞬間フレイが泣き出した。何が何だか分からない。
ユイが酷い事をフレイに行ったような様子もないし、むしろフレイの方から感極まって泣き出したような感じだ。
「フレイ、どうしたんだよ」
「ごめんなさい。フレイ君は私が送るので、先に部屋へ行ってもらえますか?」
俺がフレイの方へ行こうとすると、ユイがそうメイドさんへ伝えた。分かりましたと答えるメイドさんを見て、俺はどうしようと悩む。
あんな風に泣くフレイを見たのは初めてだ。だからどうしていいのか分からない。ただ、このまま置いていくのも薄情な気がしてならないかった。
「トール。僕は大丈夫だから……。ごめん、先にいってくれないか?」
そんな俺の心情を察したらしいフレイが、そう俺に言ってきた。たぶん、泣き顔を見られるのが恥ずかしいというのもあるのだと思う。
「……分かった。後で、説明しろよ」
気になるけれど、今のフレイを邪魔してはいけない気がする。
そう思い、俺は部屋へ移動し始めたメイドの方についていった。




