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51話 勇者の噂(魔王の準備)

「ようやく勇者一行が魔族領に到着したのか」

 勇者一行が馬車に乗ってこちらへ向かっていると麒麟速達便で伝書を受け取った俺は、さてどうやって歓迎を示そうかと考える。やはり、ブァン国の言葉で挨拶をするのが一番だろうか。

「とうとう勇者がやってくるんですね!」

 俺の言葉に、ユイがとても嬉しそうに反応した。全身から嬉しいですオーラがあふれている。大変可愛らしいがその笑顔の理由がたぶん、これで俺と勇者をくっつけられるという、斜め上に突っ走った結果だと分かるので素直に喜ぶことができない。

 ユイは絶対勇者の顔は俺好みだと言うが……正直俺の中では、勇者の顔が綺麗でも不細工でも構わない。何故なら、俺の中で今一番愛おしい顔というのは、絶世の美女でもなんでもない、むしろ特徴の薄いユイの顔なのだから。ユイの顔なら一日中見つめていても飽きないと思う。

 いっその事、ユイが俺とくっつけようとするのを諦めるような不細工な面をしていてくれないだろうか。ユイは結構面食いだと思う。

「勇者が、どんな子か楽しみですね。ライバルは多いでしょうが、私はいつでも魔王様の味方です。誠心誠意頑張ります!」

「いや。ユイが隣にいてくれるだけで俺は心強い。勇者も大切かもしれないが、ユイは俺の家庭教師であり、賢者なのだから、本来の仕事も忘れないでくれ」

「はい。勿論です。魔王様に心強いと言ってもらえるなんて嬉しいです」

 だから、勇者と俺をくっつけようとするなんて事にうつつを抜かさずに居てくれると嬉しいのだが……この様子だと難しい気がする。上手くいかない現実にため息が出そうだ。

 

「そういえば、親睦の証に何やらプレゼントをしたいと言っていたが、決まったのか?」

 以前ユイはブァン国の使者を歓迎していると伝える為に、今日やってくる者に対してプレゼントを用意してはどうかと言っていた。その為今回来るメンバーが何が好きなのか、色々情報を集めていたように思う。

 ユイ曰く、高価なものをプレゼントすればそれでよしなんて、おもてなしの心に反するそうだ。

「はい。ばっちり調べはついています。まず勇者の幼馴染である魔導士フレイは、本の虫だと聞きました。なので、王宮にある図書室への出入りを許していただけるようルーンさんに交渉済みです。勿論見せるわけにはいかない禁書がある部屋は別としてですけど、滞在中は色々読む事ができると思います。勇者はそれほど本が好きではないので、まずこれで一番のライバルである幼馴染を引きはがせます」

「引きはがす?」

「はい。中々パーティーメンバーはトールから離れないと思うんです。全員勇者大好き野郎ばかりですので。なので魔王様と勇者が2人きりになる為には、色々作戦を立てなくてはいけないと思います」

「……全員、勇者が好きなのか?」

 ユイはそれを信じてやまないようだが、今回来るメンバーは全員男だと聞く。となると、全員一般とはずれた感覚の持ち主という事になってしまう。俺が調べた限りだと、ブァン国も結婚は男と女がするものとなっていた。

 普通に考えれば、あり得ない発想ではないだろうか。


「まだ恋愛感情ではないかもしれませんが、全員が一定以上の好感を勇者に向けているのは間違いないです。それが受け主人公の宿命というもの。犬も歩けば棒に当たるのですから、勇者が歩けばイケメンに当たる。そしてフラグに当たるのです!」

 意味が分からないんだが。

 きっとユイだけが読んだ事のある予言の書にそんなようなことが書いてあったのだろう。いっそ勇者が、俺以外の誰かと恋仲になっていてくれないだろうか。そうすればユイも諦めてくれるだろうに。

「誰もが一定以上の好感度を向けるというのは、勇者の能力か何かなのか?」

「あー、その可能性はありますね。受け主人公特有の能力という気もしないですが、ブァン国の勇者は何かしら特殊能力を持っていると本に書いてありました。もしかしたら男を魅惑する魔性のフェロモン能力を持っているのかもしれないですね」

「それは……大変だな」

 もしもユイの考えが正しかったら、少しだけ同情する。男が男に好かれる能力なんて罰ゲームのようだ。


「そうなんです。勇者のハートをつかむのは大変なのですよ。あ、なので、勇者と魔王様が2人きりになれる方法も考えましたので、ご安心下さい」

「できればユイの考えを事前に聞いておきたいのだが」

 ユイの安心下さいというのは、全然安心できない。というか、俺の大変だなという言葉の意味を斜め上に解釈した上での安心して下さいをまるっと信じたら、たぶんそれはただの大馬鹿だ。

 ユイを信じていないわけではないが、ここは信じる場面ではない。

「実は【魔王×勇者】という対談の場をもうけて、対談内容を本にして、貴族の方々に配布しようと考えているんです。表向きには、勇者について多くの方に知って頂いて、親近感を持っていただくという目的です。ほら、そうすれば友好関係もよりよくなると思うんです。そして好評なようでしたら、ブァン国にも本を送り、魔王様について知って頂こうと考えています」

「貴族に配るとなると本を作るのも、個数的に大変ではないか?」

 平民に比べ数か少ないとはいえ、全ての貴族に配ろうとすれば膨大な数だ。それを一冊一冊書き写すなど、かなりの重労働である。

「あまり厚い本にはしませんので大丈夫です。それに先日作ってもらった文字スタンプを使って、簡単に同じ文章を写せるようにするつもりですから。それと本の途中に、ドレス店や宝石店などの宣伝を入れ、宣伝を入れた店から寄付金をもらいます。なので資金の面も大丈夫です」

「なるほど。ユイがこの間考えた印刷という技術を使うんだな」

「はい。最近紙が比較的安くなってきましたし、ちょうどいいかなと」

 紙を使って店の宣伝を行うというのは新しい発想だ。また宣伝費として本の印刷資金を得るため、国の金を使わないですむのがいい。かなり素晴らしい発想だと思う。

 ただユイの目論見が、貴族に対して勇者へ親近感を持ってもらうだけではないと考えると、手放しで喜べるものでもないが。

「そして、この対談のメインは魔王様と勇者の2名。つまり仕事を口実に、お2人は何度も会うことができるんです。まるでオフィスラブ。いいですよねぇ、オフィススラブ」

 【おふぃすらぶ】というのがどういうものかは分からないが、ユイは妄想の世界へ思考が飛び出してしまったようで、明後日の方角を向いている。

 ユイの国にある予言の書を書いた人物は、何故そんな恐ろしい戦争回避方法を残したのか。できる事ならば、もう少しまともな戦争回避方法を残しておいて欲しかった。

 そうでないと、疑うという事を知らないユイみたいなタイプが読んだら、こうやってまるっと信じてしまい暴走する。

「とりあえず対談の場には、ユイも出席しろ」

「えっ?いやいや。私が出ても意味がないですし。というか、2人の邪魔はできないというか……」

「対談というものを、俺はやったことがない。ましてやそれを本にするなど、どうすればいいか分からないんだ。ユイ、力を貸してもらえないだろうか?」

 何が悲しくて勇者と2人きりで話し合いをしなければならないのか。是非ともユイには2人きりになる邪魔をして欲しい。むしろユイと俺が2人きりになる上で、勇者が邪魔と言ってもいいぐらいだ。さっさと国へ帰ればいいのに。

 俺は少し瞳を潤めた状態で、ユイを見上げた。

 ユイはそんな俺の顔を見た瞬間、ぎょっとしたような顔をする。

「えっ。そんな目で見られると……あ、あのですね」

「勇者と2人きりというのも不安なんだ」

 もしもユイが言う通り、勇者に男を引きつけるような変わった特殊能力が備わっているのだとしたら、何かのはずみで俺がおかしくなってしまう可能性もないとは言い切れない。そんな時ユイがいれば正気に戻れると思うのだ。

 

「ユイ、ダメか?」

「駄目じゃないです。全然駄目じゃないですっ! そうですよね。突然知らない人と2人きりなんて、心細いですよね。分かりました。勇者と魔王様の仲を取り持つ為に、不束者ですがお手伝いさせていただきます」

 ユイは俺の手を握ると、そう自分から申し出た。

 やはりユイに対して、潤んだ目は効果的だな。ユイがなんて可哀想な事をしてしまったんだろうと自分を責めているのが分かるが、まあ今回に関しては存分に反省して欲しい。

 ユイがいるから俺は勇者と会うなんていう、茶番のような交流会に付き合っているのだ。


「魔王様、ユイ様。勇者達が魔族領に入ったそうです。そろそろ準備を始めて下さい」

 ルーンの言葉を聞いて、ユイの手が俺から離れた。

 間の悪い勇者だ。とにかくユイが、俺と勇者を恋仲にしようなどというとんでも計画を勧める前に、さっさとブァン国との交流を終わらせ、戦争に対する不可侵同盟でも結んでしまおう。

 そう思い、俺は席を立った。

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