23話 魔物退治の演習(勇者の仕事)
「はぁっ!!」
ザクッという音と共に、血飛沫が飛ぶ。それが口や目の中に入らないよう気を付けながら俺は剣を抜き取った。魔物の血は毒を含んでいる事が多い。魔物の中でも魔獣タイプは比較的毒性が薄く、皮膚などにつくぐらいならば問題ないが、魔物の種類によっては皮膚についただけで爛れる。場合によっては腐らせ切断するしかなくなると父ちゃんから聞いた事があった。
俺が突き刺した剣が抜けると、猪型をした魔獣は地面に横たわりピクリとも動かなくなる。
「これで、最後か?」
「じゃないかな。今回の【ダタラ】の集団は結構規模が大きかったけど、魔力反応は消えたよ」
フレイの言葉に俺は剣を構えるのを止め、ふうと息を吐いた。
今回の魔物は魔力があるといっても魔法で攻撃してくるタイプではないのでそれほど手ごわくない。それでも数が多かったのでちょっと骨が折れる内容だった。
「フレイ、大丈夫か?」
「うん。別に大丈夫だけど?じゃあ、魔物の死骸をさっさと処理しようか。他の魔物が寄ってくると厄介だからね」
そう言って、フレイはなんてことないように笑う。
しかしフレイが、こういう作業が苦手なのは知っている。昔より耐性がついているが以前は、吐いたり熱を出したりしていた。まあ、昔ほどではないにしろ、早く処理はした方がいいよな。それに、フレイが言う通り、早めに処理しないと、匂いで魔物が寄ってきてしまう。
「はーはははっ!」
魔物を集め、浄化処理の準備をしていると、妙に耳障りな高笑いが聞こえた。この無視したくてもできない自己主張の激しい声に俺は顔をしかめる。
「げっ」
「トールの永遠のライバルにして、最強の剣士。オーディン様、満を持して登場!とうっ!!」
無駄に頭の悪そうな自己紹介を木の上でしたオーディンは、ひょいと身軽な動きで飛び降り地面に着地した。魔物の血で滑って頭をぶつけて気絶でもしてしまえばいいのにと思った俺は悪くない。
「満を持してつーか、すべて終わったぞ」
「ふははは。それでこそ、俺の永遠のライバル。ちょうどいい。今回何匹仕留めたか教えろ。さあ、さあ」
「そんなもん数えてねーよ。大体演習はどうしたんだよ」
今日の演習はペアで魔物退治だ。この頭の悪そうなオーディンは、とても残念なことに俺のパーティー仲間の剣士だったりする。しかし今日は聖職者のバルドルと組んでいたはずだ。
「そんなもの、俺の力にかかれば、へでもないわ。魔物も8匹狩ってやったぞ」
「そんなの、お前がいる時点で分かってるよ。処理も終わったのか?」
オーディンはアホだが剣捌きは見事だ。だから魔物を退治せずに逃げてきたとは思わない。でもこんなに早くここに来れるというのはおかしいように思う。
「魔物の処理は聖職者のみせどころ。バルドルに譲ってやったわ!」
あー。逃げてきたのか。
魔物の浄化処理は聖職者が一番得意とする。それ以外の職業の者は、聖具を使わなければいけないし、魔物の肉をある程度解体してやる必要があるので、とても面倒な作業だったりもした。バルドル可哀想……。気の弱い彼が、ふへふへと半泣きに成りながら処理をする様子が簡単に想像できる。
「ありがとう、オーディン。手伝いに来てくれたんだね」
「は?」
「へ?」
どうやって追い返そうかと考えると、俺の隣からフレイがニコリとオーディンに笑いかけた。優しげな笑顔だがぞくりと鳥肌が立つ。付き合いの長い俺には分かる。これは何かをたくらんでいる顔だ。
「俺とトールだけの力だと、とても時間がかかってしまうから、是非トールのライバルであり、最強の剣士であるオーディンの力を借りたいな。オーディンなら、きっとトールよりも早く魔物を解体できると思うんだ」
「当たり前だろ、俺を誰だと思ってるんだっ!」
「うん。じゃあ、よろしくね。さあ、トール、オーディンに負けないよう、俺らも頑張ろうか。手ごわい敵だから、手を抜けないねー」
うわぁ。
フレイはオーディンを上手い事使って自分達の仕事をできるだけ早く終わらせることに決めたらしい。【負けないよう】【手ごわい敵】【トールのライバル】。オーディンの大好きな言葉だ。案の定、オーディンは目をキラキラさせ、これでもかというぐらいの満面の笑みを作った。
「任せておけ!俺にかかれば、この程度一瞬で終わらせてやるわ!トール、どっちが早くできるか勝負だ!」
どう勝負するんだよ。
そう思ったが、ここで話を折るとフレイが文句を言いそうなので、黙っておく。オーディンは高笑いしながら魔物の死体をある程度の大きさに切り刻み始めたが……なんというか、見た目悪役だ。高笑いをしていなければ、もう少しマシなんだろうけど。
「ほらほら。トールも手を動かす」
「はーい」
フレイに言われて俺も解体を始めた。
解体された肉片に、フレイが聖具を当て呪文を唱えると、魔物の肉片は黒墨になり塵となる。
「あーあ。何か消し炭にするたびに、すごく勿体ない事をしていると思わない?食物連鎖に反しているというか。もしかしたら内臓は毒性が強いけど、筋肉はそうでもないとかないのかなぁ。もしくはある処理方法をすれば毒がなくなるとかあるのかなぁ」
「げっ、お前、これを食べる気なのか?!」
オーディンがぎょっとした顔をするが、その気持ちは俺も賛同だ。何というか、結構グロテスクで食べたいという気持ちは起こらない。とくに肉の色が紫とか、食べ物ではないと俺の勘が全力で訴える。
動物だったら絞めた後に食肉にする事はあるけれど、魔物は無理だろ。
「このままでは食べられないから食べないよ?」
「……食べられたら食べるのかよ」
「食料がなければね。魔物に農作物をやられて食糧難になる時もあるしさ。でもさ。魔物だってこの森の一部だろ?外敵がいなければどんどん増えて今度は餌不足で死んでしまうだけだ。今は人族が外敵になっているけど、すべての魔物を狩っているわけじゃない。となれば、この魔物を喰う動物もいるという事だろ」
確かにそうだよなぁ。
魔物といっても、コイツらだけではない。そいつら全員外敵なしなんて事になったら、普通の動物はいなくなってしまう。
「あ、でも。死体を放置しておくと、新しい魔物が集まってくるから、魔物同士で食い合ってるとかじゃないか?」
「そうだな。俺も魔物が魔物を食べている所を見たことがあるぞ」
「うーん。なら、魔物を食べられるのは魔物だけということ?個体数から考えると、やっぱり歪な気がするんだよなぁ。持ち帰って塩漬けとか色々やってみる?もしかしたら加熱すれば大丈夫なのかもしれないし」
「「やめろ!!」」
オーディンと俺の声が重なった。
フレイの好奇心は時折恐ろしい。塩漬けするのはいいとして、どうやって食べれるかを確認する気だ。俺は自分の食卓に出てきた肉が何の肉なのか警戒しながら食事をしなければいけないなんて嫌だ。
確かに多少食べたぐらいでは死なないだろうけど、これを食べるのは全力で拒否したい。
「2人ともそんな力いっぱい否定しなくてもいいのに」
「お前。そう言っていつも他人を実験台にするだろっ!!」
「えー。だって俺の家系、呪術師系だから毒に対して耐性があるから、あんまり意味がないんだよなぁ」
俺だけでなく、オーディンもフレイの好奇心で今までにトラウマを植え付けられたことがあるようで、唾が飛ぶような勢いで怒鳴った。いつもならウザいので同情なんてしないが、この時ばかりは同情する。
「別に今は食糧難でもなんてもないんだからいいじゃん。な?」
「今は食糧難でなくても、1年後、いや、半年後も食糧難でないとは限らないだろ。食べ物がないと、諍いも起こりやすいし、食べれるものが増えるには越したことがないと思うんだけどな」
「王でもないのに、そんな事考えてどうするんだ?」
オーディンの言葉に俺も頷く。食糧難をどうするかを考えるのは俺らの仕事ではない。
俺らは食糧難を引き起こしかねない魔物を狩るだけだ。人族を食べるタイプの魔物は、勇者の役目だから、まだ見習いである俺らにその仕事は回ってこないけれど。でも俺らが目指すのはそこで、食糧難対策ではない。
「そんなの、王様に恩を売る為に決まってるだろ」
「は?」
「トールが魔族領に行く事が決まった時に一緒に行く為には、しっかり恩を売っておかないと」
この間ちゃんと連れて行ってやるっていったんだけどなぁ。
どうやらフレイは俺との口約束だけでは安心できず、自分でもなんとしようとするつもりらしい。フレイってあんまり地位や名誉に興味があるようには思えないんだけどなぁ。
「なんでフレイは、そんなに行きたいんだよ」
「色々調べたんだけど、新しい石鹸を作った人とこの間の料理本を作った人は同じ人物で、賢者って呼ばれる女性らしいんだ。俺はその人に会ってみたい。あ、魔族領に着いたら、ついでにトールの事も守っておくから」
「俺はついでかよ!まあ俺もフレイに守ってもらう気はないからいいけどさ」
「あ、ごめん。トールを魔王とくっ付けるのが優先事項だった――」
「マジでやめろっ!!」
そうか。分かったぞ。
フレイはきっと王様に恩を売る為に魔王に俺を売る気でいるに違いない。コンチクショウ。
「魔王とくっ付ける?なんだその話は?」
「オーディンが気にする必要はないよ。オーディンは俺と違って最強の剣士だから、間違いなく選ばれると思うんだよね」
「ははは。その通りだ愚民どもっ!」
「馬鹿。簡単に流されるなっ!ちくしょう!」
「あははは。冗談だよ。だからそんな涙目にならなくてもいいのにぃ」
魔物の血で汚れた手で目をこすらないように、フレイは布で俺の目元をぬぐいながらニコリと笑う。本当になんなんだよ。
産まれた時から幼馴染をやっているけど、相変わらず俺はフレイの真意を読み取る事が出来そうもなかった。




