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22話 初めての授業(魔王の許し)

 どうしたものか。

 何故か分からないが、ユイがすごくビクビクしている。魔王とばれた時はそうでもなかったと思うのに。元々小柄だったユイは、何故かさらに体を縮めて俺の隣を歩いていた。

 やはり改めて考えて、魔王と話す事に対して緊張しているのだろうか?……ユイが?

「ユイ」

「は、はい。なんでしょうか?」

「何故緊張している?」

 緊張しなくてもいいと言ったところで、緊張が解けるとは思えない。かといって、この無言の空気も面白くなかった。ラグという小さな友人という立場はいつかは壊さなければいけなかったのだから仕方がなかった事ではあるのだけど。

「き、緊張ですか?」

 ユイはついっと目をそらす。

 これで顔が赤くなっていたら、俺が口づけしたから意識しているとか思えるのだが、どう見ても彼女の顔は青い。魔王を目の前にしているからというだけでは説明がつかないぐらいの青ざめ方だ。先ほどまで騒いでいたので体調が悪い事はないと思うが、やはり体調不良は仮病ではなかったのだろうか。

「いや、その……いつ解雇宣告されるかと思うと、胃腸の調子が悪くなると言いますか」

「解雇宣告?」

「あ、もちろん魔王様の手など煩わせず、ルーンさんに命じてもらうだけでいいんです。逆恨みなんてしませんから。大丈夫です」

 うーん……一体、ユイの中で、なにが起こったんだろう。

 悲しそうにそれでも笑うユイを見て、俺はどうしてそんな話ができて切るのか分からず首をひねる。勝手に納得されて大丈夫だと言われても、俺が大丈夫ではない。というか、解雇ってなんだ?

「解雇というのは、ユイがか?」

「あ、はい。……すみません、鼻血なんて吹いて」


 鼻血?……ああ。

 そういえば、ユイは暴漢に襲われそうになった後、鼻血を出して倒れた。一体何が起こったかわからず医師を呼んだが、その時の診断は過労。どうやら連日のトイレ革命の為に、ユイは休みを返上して頑張っていたらしい。

 一応働き場所は家庭教師にはなったが、家庭教師を始めるまでは厨房に所属し、普通に働いていたのだ。厨房業務にトイレ革命、さらに家庭教師の準備と休む暇がなく、トイレをなんとかしたいという強い思いから頑張り続け、とうとう緊張の糸が切れたのだろうという事。

 タイミング的に俺の話を聞いたことによって、ほっとし緊張の糸が切れたのだとしたら嬉しいなと思ったのだが……何故こうなっているのだろう。

「ユイの国では、鼻血を吹くと解雇されるのか?」

「えっと……、上司の前であまりの失態をすると、まあ、流石に……。下手したら刑務所行きというか……」

 すごく厳しい国なんだな。

 ユイは言いにくそうにごにょごにょとしているが、多分鼻血を吹いて倒れたら、働けないとみなされて解雇宣告をされるのだろう。その上働けないと、刑罰が加えられるとは、穏やかではない。

 そんな国で働いていたのなら、俺の前で倒れてしまったことに対して、必要以上に責任を感じて辞めさせられると思っているんも分かる。だから俺はユイを安心させるためにニコリと笑った。

「俺はユイを辞めさせないから安心しろ」

「えっと……いいんですか?」

 いいもなにも、ユイは俺のものなのだから、働く前から辞めてもらっては困る。なので俺は寛大に頷いた。

「あの。本当に、本当にいいんですか?」

「ああ。許す」

 するとユイはバッと頭を下げた。

「ありがとうございます!これからは、こういうことがないよう、気を引き締めて働きますね!」

 どうやら、いつもの調子に戻ったらしい。

 ユイが元気になってホッとする。これから毎日怯えられたとしたら、俺としてもやりにくい。恐怖で縛るのは俺の好みではない。俺からもユイにいて欲しいと伝えていくつもりだが、最終的な目標はやはり、ユイ自身が俺から離れたくないと思う事だ。


「そういえば、魔王様にはどのような事をお伝えしていけばいいでしょうか?」

「どのような?」

「えっと、私。実は家庭教師になれという命令しか聞いていなくて。あと、もうご存知かと思いますけど、魔族領のこととかも全然分からなくていまルーンさんに教えてもらっている最中ですし、礼儀作法とかも全く教えられないんです」

 そうか。

 とりあえずユイの知識が知りたかったから家庭教師として招いてはみたが、特に何を教えろとかは指定していなかったな。

「俺はユイの故郷が知りたい」

「私の故郷ですか?」

「というか、ユイの知識だな。色々この国にはない事を知っている」

「はぁ。まあ……」

 ユイは困ったように眉を寄せると、首をひねった。この国にない事といわれても……的な顔だ。

「えっと、この国にない事で、魔王様の役に立てそうなことですよね……」

「そうだな。例えば、ユイは学校でどのような事を学ぶんだ?そもそも、学校はどれぐらいの期間通った?」

 誰もが義務的に通う学校。それは、この国にはないものだ。

 やはり多数となるのだから、それほど長い期間というわけにもいかないだろう。子供を勉強させている間は、働き手が減るという事。そうそうできるものでもない。

「そうですね、義務となるのは、6歳から14歳までで、6歳から11歳まで通う場所を小学校といい、12歳から14歳まで通う場所を中学校としていました。その後、多数の子供が17歳まで高校に通い、専門学校や大学など学びたい場所に進学します。大学の医学部みたいな場所ですと、23歳まで通う事になりますね」

「……成人はいつだ?」

 人族にしては、長い気がする。もしかしたら、ユイは人族の中でも変種で長寿なのかもしれない。

「20歳で成人ですよ。ああ、日本の教育って長いんです。特に医者とか薬剤師みたいな知識がすごくいる人を養成するとなると、時間がものすごくかかります。その代わり、ちゃんとした知識を身に着ける事が出来ます」

 ユイはスラスラとこの国では、まるで夢物語のような話をした。嘘偽りがあるようには見えないが、やはり信じられない。

「成人しても学ぶのか?働かずに」

「あー……。そうですね。バイトとか単発で働いたりはしますが、学校に通っている間は学業に時間をとられますから、就職はできないですね。だから、確かに1人を育てるのにとても時間だけでなくお金もかかると思います。中には中学卒業で働いてしまう子もいましたし、高校卒業で就職する子供もいます。もちろんすごく能力があるけれどという子は、奨学金を使って進学したりもできます」

 つまりこの国と同じで、高い学問を学ぶものはお金がある、貴族または平民となるのか。平民は学校に通えないが、金があるものは手習い事をする。ユイの国のどれぐらいのものが、義務教育以降も学びに行くのかは分からないが。

 しかしそれでも、9年間が義務教育というのは長い。長寿な民はそれほどではないだろうが、そうでなければ文句は必ず出るだろう。

 またそもそもそこに通わせるメリットを作らなければ、親が必要ないと判断する可能性は高い。奨学金というのは、お金は負担するという制度だろうが、その分働き手が減るという事には変わりないのだ。


「金があるものほど学びたがるのは分かるが、この国で成人以降も勉強するのは学者ぐらいだな。ユイはどれぐらい勉強したんだ」

「4年大学は出させてもらっていますね。ただ、昔の日本もここまで進学、進学というわけではありませんでしたから、たぶん恵まれているんだと思います。それに、昔に比べると子供の数も日本はどんどん減っていましたから。8人を育てるお金で1人を育てるなら、それだけかけられる金額も違いますし、時間がかかってもなんとかできるのだと思います」

「1人だと死んだらどうするんだ?それに、人口がそれだと減っていくじゃないか」

 確かに育てる人数が少なけれぼ、それだけ力を入れられる。でもリスクも大きい。子供は病死する事が多いからなおさらだ。

「以前は私の国でも7歳までは神の子というぐらい、子供の死亡率は高かったのですが、今は死亡率が下がりましたから。ただ高齢化社会など、それによる弊害もありますけどね。私も弟がいるだけで、2人姉弟でしたし」

「何故死亡率が下がったんだ?」

「こうやって教育に力を注ぐことで、医師も増え、医学が発達したんです。あ、でも。私は医師ではありませんので、お教えできないのですが」

 そうか。

 教育によって、より能力に特化したものを見つけ出し、さらに知識を身に着けさせるから医学が発達したのだろう。特に、学校というぐらいなので、子弟関係で増やしている今よりも、効率よく医師を増やす事が出来そうだ。

 多くの医師がいれば、アース国よりも病気を治すのもたやすくなるのも分かる。

「ユイの国の平民は裕福なのだな。この国は医師が少ないのもあるが、平民は治療費が払えず、病気を見てもらえない者も多い」

 平民が疫病の始まりであることもあるので、できたら医師に診てもらってほしいのだが、治療費がまかなえないとなれば諦めるしかない。

 だから、子供を多く産む。俺のように両親が若くして亡くなっていない限り、1人っ子というのはまずない。

「あー、日本は医療費保険がありましたから。えっと、例えばお金を10人の人が一定額毎月払います。そして病気になったら、この10人は皆が払ったお金で治療を受けられます。勿論全額というのは難しいですが、何割かを負担してもらえるので、比較的治療を受けやすくなります。これを、国が中心となって行っていました」

 義務教育に、医療費保険。少し聞いただけで、ユイの口からはこの国にない発想が出てきた。

 俺は自分の執務室の前に到着した所で、にこりと笑いかけた。ユイの価値は俺が思っている以上にあるかもしれない。

「今日は何を教えてもらうか決める為に、色々話そう。そして今後どうするか一緒に決めたいな」

「はい。よろしくお願いします」

 俺は逃がさぬようにユイの手をとって、部屋の中に入った。

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