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21話 賢者の失敗(ユイの仮病)

「ごめんなさい。もう私のHPは0です」

 生きていてごめんなさいなレベルで辛いです。今日から家庭教師に行かなきゃいけないのがもっと辛いです。復活の呪文がないので、このまま屍のままでもいいですか?

「ユイ。何言っているの?」

 布団に丸まりながら喋る私をハティーが呆れたように見ているのが見なくても分かる。それでも、私はちょっと布団に丸まって落ち込みたい気分なのだ。

「そんな怒られたからってどうってことないわよ。それに私たちの事を想って、メイド長も叱って下さったわけだし」

「あーうん。そっちは、ちゃんと反省しているからいいんだ」

 私が考えなしで、排泄を覗き見している変態を吊し上げよう計画なんて立てた結果、変態に襲われかけ、危うく危険な目に合う事になった。そこへ、ラグ――いや、本当は魔王様だったんだけどが居合せ事なきを得たのだが、その後私はいろんな人からお叱りを受けた。

 手始めに、ルーンさん。

 そりゃもう、さすが魔王様LOVE度が高いだけあって、ぐちぐちぐちぐち、お説教は誰よりも長かった。魔王様に何かあったらどうするのですから始まって、この魔王城の賢者としての自覚が薄すぎますやら、この国の淑女はなど話され続けた。なんだろう。ルーンは私を洗脳でもさせようと思っているのだろうか……いや、それは考えすぎだろうけど、魔族としての心得をまた一から話され続けたのは堪えた。かなりの苦行だ。それでも今後はちゃんと自分に相談しなさいと言われ、さらに私が身をもって証明した変態がいる可能性がある警告を立札などで周知すると言われたので、その点はありがたかった。さすが、魔王様の側近。魔王様にお似合いの素晴らしく仕事ができる人だ。

 そして続いたのが、メイド長。

 やはりハティーと一緒に羽目を外したのが不味かったらしく、2人して叱られた。それでも心配したというのがすごく伝わってきたので、あまり文句は言えない。さらにメイドさんにはトイレを使うように声をかけてくれる事と、トイレ掃除もちゃんと請け負ってくれると言っていただけたので、本当にありがたい。いい人だ。

 その次はヴィリだった。

 友人代表として、かなり叱られた。そして次からはちゃんと自分を呼ぶように言われた。まあ、うん。私もちゃんと知らせておけばよかったと思っているよ。

 最後は調理長。

 しかもこの場合は、私が墓穴を掘った為に叱られたといってもいい。実は調理長は私がそんな事をしたのを知らなかったのだ。あまりに怒られ慣れ過ぎて、最初に謝ってしまい、何が起こったのかを説明する羽目になってしまった。

 ……そして説明の結果怒られるという、何だこれな状況だ。それでも調理人には今後トイレを使わせると言ってもらえたので、調理長もいい人である。


「それにユイのお子様パワーで皆、トイレ革命に協力的だったんでしょ?良かったじゃない」

「それは良かったんだけど、……お子様パワーって何?」

 胸の話か、この野郎。

 布団から少しだけ顔をだし、ハティーの胸を見る。いつもながらに見事なメロンだ。けっ。

「ああ、体型の話じゃないわよ。ユイってさ、何というか、子供みたいな独特な雰囲気があるから、皆ついつい甘やかしちゃうのよね」

「何それ」

「平和ボケっていうか。敵愾心を持たせないというか、見ていて心配になるというか――」

 どう考えても、成人を超えた大人への褒め言葉でははない。

 ハティーのコメントにむぅぅっと口を尖らせるが、実際にその通りなので言い返せない。うん。あまりに皆が親切なのは、私が子供みたいに見られているからじゃないかなと最近思うようになったよ。ハティーに年齢を間違えられていたことを知ってから、色々思い返してみたのだが、デュラ様すら、孫を見ているような目で私を見ていた気がする。

 うん。いいんだ。確かに私の行動は落ち着きがなくて褒められるものじゃなかったし、賢者(笑)なんてあだ名で呼ばれるぐらい馬鹿にされていたのだから。


「それで。叱られた事で落ち込んでるんじゃないなら、何で落ち込んでいるの?」

「……魔王様の前で鼻血を出して倒れてしまったのよぉ。どんな顔をして会えばいいの?マジで」

 麗しの美少年、しかも私をショタ萌えにした少年に、私はあの日デコチューされたのだ。

 妄想が臨界点突破したって仕方がないと思う。鼻血だって不可抗力だ。だって、可愛すぎるんだもん。心配をかけてしまった事は本当に申し訳ないけれど、心配してくれる姿は、もうマジでどうしようレベルで可愛いのだ。

 色んなBL妄想やショタ妄想が頭を巡り、ぽんと破裂した。その結果が、鼻血と気絶である。マジで合わせる顔がないというか、即刻首を宣言されてもおかしくない状況だ。

 うわーん。私の馬鹿ぁと罵りたいが、罵った所で現状が変わるわけではない。あれか。今日はきっと魔王様に、汚物でも見るかのような目で見て蔑まれたあげく、解雇宣言されるんだ。今は近寄りたくもないから、解雇宣言がないだけに違いない。

「まあ、女として、鼻血はちょっと良くなかったわね。いくら疲れていたとしても。でも、魔王様ならきっと寛大な心で見なかったことにしてくれると思うわよ」

 疲れじゃないんです。興奮しただけなんです。

 そんな事友達にも言えず、口をへの字にする。今のところ魔王城の中ではハティーが言う通り、私は連日の疲れで倒れた事になってた。そこにたまたま魔王様が通られ女賢者様が助けられたとして美談になっている。

 でも実際は違う。チューされ、ブーして、ばたんきゅーだ。きっと魔王様は気が付いたに違いない。私がショタ萌えの変態であると。

 ええ、変態ですとも。それがどうした。脳内妄想だけだから、誰にも迷惑かけていないもん――と言えればいいのに、実際はそんな事言えない。言ったらとりあえず牢屋行になる前に、すたこらさっさと魔王城をさらなければいけないだろう。

 ……その時はその時だけど、これでとうとう、魔王様に勇者を宣伝できなくなるのだと思うと、今までの苦労が走馬灯のように巡る。今まで頑張ったなぁ私。

「ハティー。私がいなくなった後も、下水道工事が一刻も早くとりおこなわれるように、頑張ってトイレの良さを広めてね」

「えっ……それはちょっと。たぶんユイにしかできない仕事だと思うから」

「そんな事言わないで!あのトイレがないと、100年の恋も冷めて、国に帰っちゃって、戦争よぉぉぉ!」

 戦争で討ち死にエンドは嫌なんです。

「ゆ、ユイ落ち着いて。分かった、分かったから」

 どうどうと、馬を落ち着かせるかのようになだめられながら、私は深くため息をついた。

「でも、本当に。トイレにそこまで情熱をかけられるのは、ユイだけだと思うわよ」

「うー。よく考えたら、私の国ってトイレレベル半端なかったんだもん。もう何て言うの?桃源郷?文明の格差を感じるレベルで、素晴らしいトイレだったの」

「……ちなみに、どう違うわけ?」

 ハティーの質問に私はむくりと起き上がると、日本のトイレを思い出す。

 ああ、あそこは良かった。パラダイスだ。匂いもこの国の半分だし、道端にブツ落ちていないし、頭上からアレが降ってくることもない。

 私がこの国へ初めて来た時の悪臭は、この匂いだったのだから驚きだ。寝ている間に頭に降ってこなくて本当に良かったと思う。文化の違いって色々あると思うけど、やっぱりトイレとお風呂と食事の違いって結構辛い。

「水洗ですべてが流せる所。排泄中の音を隠せるようになっている所、使い捨ての紙で臀部が拭ける所、しかもその紙も水で流してOkな所。冬は便座が暖かいところ。ボタン一つで水が噴射して――」

「分かった。ユイにしか、トイレ革命ができないって事がよくね」

「うう。褒めても何も出ないよ」

「いや、褒めてはいな――……あー。もう。とにかく起きなさい。メイド長からも、ユイを送り出してきなさいって言われてるんだから」

 そう言って、ハティーは私の布団をはぎ取った。

「いやん、エッチ」

「はいはい」

 私のボケを流すとは。これはそろそろ本格的にマズイ時間になってきているのだろう。


「お願い、体調不良という事にっ!」

 まだ心のケアができていないの。もしも辞めさせられたとしても、その後頑張れるだけの力が欲しいの。

 パンと私はハティーに手を合わせる。ギュッと目を閉じて一心不乱にお祈りだ。ああ、ハティー大明神様。どうか、ダメだった時に人族領に渡って勇者パーティーに加わる為の作戦を練る時間を下さい。私が雨風しのげる場所はここしかないのだ。こんなことなら、早く城下町に部屋を借りてしまうんだった。

「それだけ喋れれば、体調は万全だな」

 ……お、お子様の声ですと?

 私は突如聞こえてきたハティー以外の声に、ビクッと体を震わせた。この声は知っている。ええ、私の友人……だった子の声だ。

「えっと」

「迎えに来たぞ、ユイ」

 目を開ければ、にっこり満面の笑みの魔王様。今日もキラキラ眩しすぎる。

 そしてHP0の私には、悲鳴を止めるだけで精いっぱいの衝撃的光景だった。  

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