16話 魔王城の料理本(勇者の食事)
「こんにちはー」
「あら。トールちゃん、こんにちは。上がってちょうだい。フレイ、今呼んでくるから」
「ありがとうございます。これ、母ちゃんが持って行けって」
フレイの家にやってきた俺は、フレイの母ちゃんに、母ちゃんから預かってきた焼き菓子を渡した。
「いつもありがとうね。後で切って持っていくわね」
「ありがとうございます」
そう言って、俺は中へ入る。フレイの母ちゃんは、実は俺の母ちゃんの双子の妹で、フレイとは幼馴染兼従兄弟だった。なので家族ぐるみでの付き合いがあり、俺はこの家にたびたび来ることがある為、何処に何の部屋があるかはよく知っていた。
「トール、どうしたんだ?」
客室に勝手に入り中で待っていると、フレイがやってきた。俺はそんなフレイに、んっと言って本を押し付けるように渡す。
「ほら。これ、この間言ってた、魔王城の料理本」
「あ、わざわざ持ってきてくれたんだ。ありがとうな」
そう言うが早いか、フレイは俺から受け取った本を開いて、そのままソファーに座った。座ってから本を開いて読めばいいのに、若干本の虫なところがあるフレイは、受け取った瞬間から目線を外さずにその本を食い入るように見る。
なぜ俺が魔王城の料理本を持っているかといえば、実はこの間、王家からまた贈り物が届いたからだ。持ってきた人の話によると、魔族領に行く前に、魔族領の文化をある程度覚えておけということで送ってきたらしい。
ついでに本に書かれた料理を作れるようにしておけと言われて、花嫁修業なんて誰がやるかとキレたのは記憶に新しい。その時俺は魔族の言葉なんか知らないから無理と言って突っぱねたのだが、俺の母ちゃんの方がその本に興味を示して最近色々作っていた。
母ちゃんも、魔族の言語はあまり知らないはずだったので、どうやってるんだ?と思ったのだけど、本には絵が多く、また単語しか使っていなかったので、魔族語初心者でも分かりやすくなっていた。ちらっと見た限りでは、本と一緒に持ってきたケイリョウスプーンやケイリョウカップを使えば、俺でも作れるんじゃないかなとちょっと思ったりもしている。
やらないけど。
「それ、読む部分少ないからフレイじゃ、物足りないんじゃね?」
魔導士は、得てして勉強が好きで、知識欲が高い。なので、本を読みなれたフレイではつまらないのではないかと思った。しかし、本から顔を上げたフレイは目をキラキラさせている。
「凄いよ。こんな本、初めて見た」
「何が?」
俺はあまり本が好きなタイプではないので、何が凄いのか分からない。俺には普通の本にしか見えないのだけど。
「ほら。こんなに絵が描いてあって、なおかつ色まで少し入っているんだよ。今までの本にこんなのなかっただろ。この作者は絵がかけて、文字も知っているんだ。しかも、材料をはかって料理を作るとか、まだこの国にはない画期的な料理システムじゃないか。さらに算術の心得もあるみたいだし」
「そうなのか?」
そこまで深く考えてみていなかったなぁと思いながら、フレイの肩のあたりから本を覗き見る。そういえば、確かに俺が知っている本よりもカラフルだ。そのおかげで余計に見やすくなっている。
「これじゃあ、印刷もできないし、全部手書きだろうし。よく手に入ったよね」
「何か、親睦の証に魔王が送ってきたんだってさ。母ちゃんが色々試しに作ってるけど、どの料理も結構美味いよ」
魔族が食べるのは、野蛮だとかっていう噂だったけど、この本の中に書いてあるものは、全然野蛮なんかじゃない。むしろ、美味い。あの、料理下手な母ちゃんが作って美味しいというのは凄い事だ。
「伯母さんの料理がこの本通りに作ると、暗黒料理にならなくなったっていうのは凄いよね」
「そうそう。母ちゃんも、『やっぱり料理は芸術なんかじゃないのよ、ほほほ』とか言ってたぞ。母ちゃん、適当とか苦手だからさ」
母ちゃんが料理を作ると、2割の確率で真っ黒に焦げ、5割の確率で味がおかしくなる。本当に稀な事だけど、何かあたらしい生命らしい物を生んでしまった事もあった。ちなみに俺はその時フレイの家に避難した。だって、鳴き声を発する飯なんて、どう考えても呪われましたといっているだろ。食べられるはずがない。
ちなみに生命を作り出す魔法は、国で使用を制限されている暗黒魔法されているので、俺らは真っ黒になる事が多いという理由も合わせて、母ちゃんの失敗した料理の事を暗黒料理と呼んでいた。
「今日も、ご機嫌でケーキ焼いて、これをフレイの家に持ってきなさいとか言うから、さっき叔母さんにわたしておいたんだよ」
「はい。噂のケーキ登場よ」
フレイと喋っていると、叔母さんがタイミングよくケーキを切り分けて持ってきてくれた。
はちみつを使った四角いケーキは、美味しそうな色をしている。叔母さんはケーキを机の上に置くと、ごゆっくりと言って、外に出ていった。
「これって、このページに書いてあるケーキかな」
フレイがパラパラめくったページには、目の前に置いてあるケーキと似た完成図の絵が描かれていた。確かにちゃんと特徴がとらえられていて、今までの本より分かりやすい。文字だけだと、こうはいかない。
「たぶんそうじゃないか?凄く似てるし」
「これを書いた魔族の人に会ってみたいな」
フレイはポツリとそうこぼした。
昔から頭が良かったために、冷めた部分があるフレイにしては珍しい反応だなと思う。勿論引っ掻き回したり、からかったりする事が多い厄介な性格なのもフレイの一部ではあるのだけど。でもフレイが自分から誰かに会いたいという事は見たことがなかった。
「フレイがそんな事言うなんて珍しいな」
フレイは小さい時から、神童と言われていた。俺は勇者だから、周りと違っても普通だったけれど、フレイは困っている事が多かったように思う。それに俺は頭がいいと言うより身体能力が高いという感じだ。だからフレイの事は同い年だけど年上のようにいつも感じていた。
「でもフレイが凄いって認めるんだから、フレイと同じぐらい頭が良くて、話が合うかもだよな」
俺の言葉に、フレイは苦笑した。その表情はいつものひょうひょうとした雰囲気がなくて、何と言っていいか分からないような顔だ。
「どうだろ。……でも、魔族領に行ってみたいな」
「いけるだろ。俺が魔族領に行く時のメンバーに、絶対フレイは選ばれるだろうし」
「そうかな。今はトールと同じ年頃で集められているけれど、将来的にはまた変わってくると思うな。魔族領に行くなら、絶対経験者を混ぜるだろうし、その場合は頭脳戦が得意な魔導士に経験者を当てる可能性は高いと思うんだ」
フレイは少し弱気な雰囲気でそう話した。
というか、そんな事とか考えてたんだ。俺は男だらけのパーティーに文句しかないけれど、魔導士に関しては、阿吽の呼吸ができるフレイしかいないと思っている。
「大丈夫だって。俺はフレイを信じているし。フレイはそこら辺にいる大人よりもずっと頭がいいじゃないか。俺も行く時はメンバーにフレイを入れて欲しいって言うし」
そう言うと、フレイはすごく奇妙な顔をした。
笑っているような困っているような、憐れんでいるような……ん?憐れみ?
「やっぱりトールを1人で行かせるのは心配だな」
「へ?」
「どんだけ騙されやすいんだよ。俺以外にもきっとトールと魔族領に行く名誉職をやりたいと言い出す奴らはいっぱいいるんだぞ。それなのに、こんなにあっさり、俺をメンバーに加えるとかいうなんてさ」
フレイは、いつもの調子で笑いながら俺に忠告をした。
えっ?何?今の演技なわけ?
「フレイは魔族領に行きたいんじゃないのかよ」
「もちろん行けるものなら行きたいよ。この本の作者が気になっているのも本当。でもさ、そんな簡単に相手を信じていたら、大変な目にあうかもしれないぞ。もしも、付き合って下さいとか男に言われて、同情するような身の上話をされたらどうするんだよ」
「はい?」
なんで話がそこに行くんだ。折角、俺が連れて行ってやるって言ったのに。気分は最悪だ。
「いつも男なんて、あり得ないって言ってるだろ!」
「トールなら、ある日コロッと騙されそうなんだよなぁ」
「だからそれだけは絶対ないから。それに俺は、フレイだから一緒に行きたいって言ってるんだよ」
そういうと、フレイは深くため息をついた。
そして頭を押さえる。
「トール。一刻も早く、魔王を誑かしてくっ付いて」
「意味分かんねーよ!!」
何、その脈絡のない嫌がらせ。
しかしフレイは横に首を振ると、俺へ特に何か言うことなく、ケーキを食べ始めた。本当に、意味が分からない。