15話 魔王城の賢者(ユイの噂話)
「ユイ、聞いたわよ!」
突然私の部屋へやってきたハティーは、そう切り出した。聞いたって何をだろう。
久々の仕事がオフだった私は、部屋でのんびりとしながら、いい加減城下町へ部屋探しに行かないといけないなと思っていた所だった。
「えっと、何を?」
「何をじゃないわよ。貴方、前働いていた場所では賢者って呼ばれていたらしいじゃない」
「げっ」
……なぜ、その忌まわしい呼び名を?私は、デュラ様のところに滞在していた時に広がってしまった恥ずかしい名前を聞いて、ひくりと顔を引きつらせた。
「言ってくれればいいのにぃ」
「ちょ、待って。一体どこでそのあだ名を?」
言ってくれればいいって、言うはずがない。あんな恥ずかしい呼び方。
あれは私が新しい石鹸作りをゴリ押しする際、あまりにピーピー煩かったから、職人でもないくせに何様だ、賢者様か?とからかわれた事が全ての始まりだったように思う。あれからまるで私のあだ名のように定着し、私が嫌がっている事を知っている仲の良い友人以外は、「賢者様(笑)」と呼ぶようになってしまったのだ。
くっ。その呼び名は、王都に来た事で、立ち消えたと思ったのに。
「どこでだったかしら?なんか、皆言っているし。でも賢者なんて、凄いじゃない。確かに最近石鹸を発明した賢者がいるとは聞いていたけど、まさかユイの事だったとわね」
「す、凄くない、凄くないからっ!」
ちょっと待て。どうして広まっちゃてるの?!しかも石鹸の事まで知られてしまっている。一体、どうしてこんなことになっているのか分からず、あたふたする。
「あれは、からかわれただけでっ!本当に、そんなんじゃないから。だってこの国の賢者って、魔導士や学者よりも知識がある人の事を指すんでしょ?!」
もしくは、どちらの知識も持っているオールマイティーな人が尊敬の念をもって呼ばれるのだ。私みたいに、【賢者(笑)】とは格差がありすぎる。
「そうよ。だから凄いんじゃない。賢者なんて、中々認められないわよ」
「違うって。あれは、馬鹿にされてるの。『賢者?はいはい。そういうことにしておきましょうかねー(笑)』的な、感じのあだ名なんだって」
ぶっちゃけていえば、嫌がらせの域である。イジメ反対!パワハラ反対!と訴えたいレベルだ。
「そうなの?」
「そうなの」
ハティーに私はコクコクと頷き、真剣な表情で訴える。友達にまで、そんなイジメ的呼び名で呼ばれたら、私はグレるしかない。
するとハティーは形の良い眉を八の字にして、困った子を見るような目で見てきた。
「ユイ。過ぎる謙遜は、逆に卑屈ととられて褒められることではないのよと言いたいところだけど……その目は本気ね」
「本気も、本気。だって、私、魔道のまの字も知らないし、この国の文字だって、今必死に覚えている最中なんだよ」
この状態で、自分の実力以上の呼び名をもらったら、どうしていいのか分からない。からかわれていると思うしかないじゃないか。
「えっ?何?ユイってば、文字を覚えてるの。どうしてまた?厨房に配置異動したんじゃなかったっけ?あれもおかしな話なんだけどね」
「うーん。まあ、今も厨房なんだけどさ。あ、そうだ。立ち飲みになるけど、アイスティーいる?」
話が長くなりそうなので、私は一応ハティーにお茶を勧める。にしても、どうして私のあだ名が広まってしまっているんだろう。これはちゃんと、事の真相を聞いておかなければ。
「もらえるなら、飲む――って、ちょっと待って。どうしてこの部屋からアイスティーが出てくるわけ?」
「厨房業務になったって言ったじゃん。だからコンロを貸してもらって作っといたの」
「いやいや、お湯は分かるけど、何で冷えてるの?氷は?!すごく高いでしょ?!」
「ああ。これ食べ物を冷やす用の箱なんだけど、デュラ様が魔王城に行く餞別でくれたの。食べ物を冷やしておける道具があればいいのにって言ったら、氷の魔道具を下さって」
食べ物の保管は冷蔵庫に限る。一応赤土でできた瓶などを使って、温度を一定にして保存しているが、魔道具で冷やすよりも素晴らしい保管方法はない。
いただいた魔道具をさっそく箱に取り付けた私は、それを冷蔵庫代わりにしていた。
「……ユイって、実はいいところのお嬢様?」
「そんなわけないじゃん。私が人さらいにあってこの国にやってきたの知ってるでしょ?デュラ様ってば、本当に優しい方なの。それに私が病気にならないようにとか、悪い人にさらわれないとか、凄い心配してくれて。ここでの奉公が終わったら、絶対デュラ様に恩返ししなくちゃ。手紙も今文字を覚えているおかげで書けるようになりそうだし」
知らない人についていっては駄目だよとか、落ちているものを食べては駄目だよとか初めてのお使い並みの心配をされたので、若干おいおいとは思ったけどね。
でも礼には礼を返すのが筋というものだ。
手紙が書けるレベルに達したら、一番にデュラ様にお手紙を書きたい。凄く心配して下さっていたし、早く元気だと伝えたかった。
「さすが、お子様パワー……。というか、そうそう、どうして文字を覚える事になっているの?」
「お子様って言葉にちょっと引っかかるんだけど。まあ、いいや。はい、アイスティー。で、話は長くなるんだけど、簡単にいうなら、私、料理本を書くことになっちゃって。だから文字を覚えてるの」
「ごめん。話が飛びすぎていて、さっぱり分からないんだけど」
……まあそうだよね。
私も、自分が聞いたなら、厨房業務をしていたのに、どうして本を書いているんだと疑問に思うはずだし。この国で本を書くなんて、普通は学者ぐらいだ。
たまに貴族が遊びがてら自伝を書いたりもしているが、娯楽本などはない。普通は只の調理人、しかもぺーぺーが本を書くなんてありえない話だ。
「そうだよね。うーん、実は誰でも作れる料理を私が目指していて、知り合いから魔王城の料理レシピを本にして広めてほしいと頼まれたの。ちょっとわけあって断れなくて。でも大分とできたんだよ。今は私に文字を教えて下さっている先生に添削を頼んでいる所。ああ。もちろん、イラストばっかで、そんな学者様が書くような難しい事がたくさん入った凄いものは書いていないからね」
というか、書けないから。
今の私はようやく単語がなんとか書けるかな?レベルなのだ。一個一個教わって、必死に書き込んでいるが、イラストで誤魔化している状態だし。絵具は高いからあまり使えないけれど、赤と緑、それに黄色だけはもらえたから、必死に色づけもしてカバーはしているけど。
絵は結構得意だから、何とか見て分かるものになっていると思いたい。
「……ユイ。アンタ、やっぱり賢者だわ」
「ハティーまで何言っているの?からかうのは止めてよ、本当に」
「普通はね、絵が描けて、計算ができて、文字が書けるだけでも凄い事なの。さらに石鹸の事も知っていて、料理の事も知っていて、台車とか独創的な発想ができる。そんなオールマイティーになんでもできる人なんて、賢者に決まっているじゃない」
「何で?」
私がやっている事は、それほど凄い事じゃない。下手したら小学生レベルの仕事しかしていない。ああ、でもこの国には小学校がないんだっけ。
「何でじゃないの。絵は絵描き。計算は、学者。文字は文学者。石鹸は石鹸職人。料理は調理人。台車とかは、たぶん家具職人かしら?とにかく、1人の人間が覚えられるものじゃないの」
「でも、匠レベルじゃないから。どれも中途半端だし」
すごくできるというものなんて1つもないに等しい。
ああ、考え始めると情けなくなってきた。もっとなにか、こう専門知識がありますって胸を張れればいいけど、私には何もないのだ。
「匠のレベルじゃなくても、そんなに多くの事を知ってるだけで普通じゃないの」
「むむむぅ」
常識が違うのは分かる。分かるけど、広く浅く色々しているのが、それほどいいことだろうか?どうしても信じられない。
「まあ、賢者と呼ばれるのが嫌でも、神童って呼ばれるレベルなのは確かよ」
「……待って、神童っていうのはもっと良く分かんないんだけど」
賢者も意味わかんないけど、神童というのもさらに意味が分からない。なんで賢者が駄目なら神童なのか。
「あのね。少なくとも、私が貴方ぐらいの年のころは、そんな色んな事知らなかったわよ」
「えっ、ハティーってそんなに年取ってたの?ごめん、私と同じくらいかと――」
おっと、これは女性に対しては失言だったか。慌てて口をふさぐが、すでに出てしてしまった言葉は消せない。そっか。そういえば、魔族の方は見た目イコール年齢とは限らないんだっけ。
「えっ?」
「ん?」
ハティーは怒るのではなく、目を細めてマジマジと私をみた。美女にそんなにマジマジとみられると、女でも緊張するんだけどなぁ。
「えっと……一応言っておくけど、私、成人はしてるからね?」
何となく嫌な予感がして、私は自分から自己申告をした。
「えっ?!本当に?!何、ユイって人族じゃないの?」
「……たぶん人族の括りで間違いないと思うけど」
「人族って、いつから不老になったわけ?!」
ハティーは自分の胸を見てから、私を見た。いや、正確には私の胸を見た。
……ああ、そういう事ですか。でもね。日本人はこれが普通だから。ハティーみたいなナイスバディ―ほとんどいないから。
「私の国だと、これで普通だから」
「あっ。……えっと、色々ごめん……ね?」
ハティーの謝罪で、微妙な沈黙が部屋に流れる。
子供と思われ続けるのも嫌だけど、その謝罪もちょっと胸に痛い……いや、心に痛い。とりあえずこの空気を変えたい私は小さくため息をついて、頭の中を切り替えた。
日本人は若く見られるというのだし、仕方がない事だろう。それに確かに大人っぽいハティーからしたら……間違いなく私は幼児体型だ。顔も童顔だし。
「別にいいよ。分かってもらえたら。それで、ハティーはその賢者の噂を教えに来てくれたわけ?」
「ああ。それもあるんだけど、さらに凄い事聞いちゃったから。居てもたってもいられなくて」
「げっ。……まだあるの?」
嫌だなぁ。さらに変な2つ名がつけられていたらどうしよう。
「うん。こっちの方が、凄いわよ。聞いて、腰を抜かさないでよ。ユイ、貴方、魔王様の家庭教師に任命されてるらしいのよ」
「へ?ああ、うん。そうだけど?」
あれ?言ってなかったっけ?
うーん。そういえば私の立場は新人研修中になっていたし、普通は家庭教師が新人研修はしないから、ハティーにはわざわざ伝えられてなかったのかもしれない。
メイド長とか調理長辺りは知ってたんだろうけど。私もわざわざ説明するタイミングがなかったしなぁ。
「な、な、なっ」
「今は私が人となりが問題ないか確認する為に、新人研修受けているんだよねぇ。もう研修が始まって結構経つから、そろそろ良いか悪いか、結論出してほしいところなんだけどさ」
魔王様の家庭教師にはなりたいが、もしもそれが駄目なら次の手を考えないといけない。……魔王様が無理なら、勇者を誑かし――もとい、勇者に魔王様の良さを語り聞かせなければ。となると、勇者のパーティーに潜り込むのが一番か。でも職業どうしようかな。私の能力で今から魔導士とか剣士とか目指せるとは思えないし――。
「なっ。なんでっ、それを早く言わないの?!」
「へ?」
ハティーの叫び声のような声に、私は何事かと目を瞬かせた。




