14話 ルーンの授業(魔王の迷走)
「やはり、ユイの身元はわかりませんね。人族領でも、かなり奥まった土地なんでしょうか?」
「まだそんな事調べていたのか」
ルーンをユイの家庭教師にして結構経った。しかしルーンは、まだユイの存在に引っかかっているらしい。
ルーンにユイの事を知ってもらおうと思ってだったが中々上手くいかないものだ。
「そんな事ではありません。とても大切な事です。ユイが使っていた国の文字も教えてもらったのですが、魔族領および周辺人族領国家では使われていないものでした。あのような複雑怪奇な言葉は中々見当たりません」
「……ユイからそこまで聞き出したのか」
本当に用心深いというか、なんというか。ユイが言っている国名は存在しない事は調べがついている。しかしユイが嘘をついている様子はない。となると、考えられるのは、魔族領も知らない小さな国か、ユイが国名だと思っているものが勘違いであるかだ。例えば住んでいた村の名前を国の名前と勘違いしていたら、こちらからは探しようがない。
とはいえ、ユイの知識を考えると勘違いとは思い難かったりもする。
となると、しれっとした顔で嘘をついているかだが、言語となると中々嘘もつけないだろう。ユイが文字を書いているのは分かっているので、あえて自国の事を隠したければ、他国の文字を書くだろう。そこから何か見える可能性もある。
「ええ。簡単に教えてくれましたよ。適当に書いているというわけでもなさそうですし、ちゃんと文字として成り立ってはいるようです。その言語をもしもその場の思い付きで作ったとしたら、逆に彼女の頭の中がどうなっているのか気になりますね」
「そんなに複雑なのか?」
「50音から成り立ち、筆記にすると漢字、ひらがな、カタカナ、ローマ字を使い分けるそうです」
「50とはまた多いな」
アース国の言語は30未満でさすがにそこまで多くない。
「多いどころじゃありません。しかも筆記の場合のパターンが多すぎです。とっさに嘘をつくにしても、見たこともないものをあんな風にサラサラと書くのは思い難いですね」
「なら、嘘をついてはいないんだろ」
ユイが何かを隠している雰囲気はない。間者の可能性がないとは言い切れないが、間者をするにはユイは素直すぎる気がするのだ。
「……もしかしたら、ユイはこの世界の人ではないのかもしれないぞ?」
「は?」
「ユイがこの間、やたら戦争を怖がっていたんだ。何の切っ掛けで戦争が起こるか分からないや、もしも起こってしまったら早く終息に向かわせるべきだと言っていた」
「ただ単に、昔紛争地域に住んでいたという事じゃないんですか?」
俺の突飛な考えに、ルーンは眉をひそめた。まあ、俺も本気でそう言っているわけではない。でもふとそんなあり得ない考えを持たせるぐらい、ユイの行動は不思議なのだ。
「紛争地域出身なら、あそこまで能天気に生きられるとは思えないけどな。演技の可能性はまだ捨ててないが。どちらにしろ、今この国の周辺ではユイの生きていただろう年月の間に紛争は起こっていない。となると魔族領とはあまり関係のない遠い国という事になるな」
「何故、この世界の人ではないと思ったのです?」
「言い方が悪かったな。ユイはもしかしたらこの国の未来を知っているんじゃないかと思ったんだ。この国は将来戦争をする。しかしその戦争は起こしてはいけない。もしも起こしてしまったなら、早く終息させなければならないと言っているようにも思えたからな。だから正確には、この時間の人ではなく未来にある国から来たんじゃないかと思ったんだ」
どちらにしろ馬鹿馬鹿しい考えだ。
案の定、ルーンも困ったように笑っている。
「いくらなんでもそれは夢物語でしょう。時を移動するなんて魔法は、この世界にはありませんし」
「でも、ユイの知識はこの国よりずっと進んでいると思う。ルーンはそう思わないか?そしてこの国よりもそんなに進んだ国が、この世界にあると思うか?」
アース国は多くの魔族の国を統一してできた国だ。なので、様々な国の技術が集まり、人族の国より頭一歩飛び出ているぐらいには髙い水準の文明国家だと思っている。
もちろん人族領にある国の中には油断ならない国もあるし、【勇者】という別格の生き物を飼っている国もあるので、軽く見るつもりはない。
しかしユイの語った国は、さらに俺が知っているどの国よりも先を進んでいる気がするのだ。
「それはそうですが……仮に、そのバカげた考えが本当だとしたら、ユイは一体何者で、何を考えているんです?彼女は人族じゃないのですか?」
「そこが記憶喪失というのはどうだ?だから彼女は、今守るものが何かも分かっていない。ただ戦争を起こしてはいけないと思っている。そして真っ白だから、優しくされればすぐ懐いて、それが大切なものだと思い込んで守ろうとする。仕事でも彼女にはそれしかないから、目の前の事だけに集中する」
「それは流石にいいように解釈しすぎでしょう。他にも疑問はありますよ。もしもユイの世界に過去へ渡る技術があったとします。そしてどうしても戦争が起こったという歴史を変えなければならないなら、ユイのような子供ではなく、もっと大人がその任務に当たるのが普通ですよね。まあ、そもそもあり得ない話で、議論を重ねても仕方がないのですけど」
まあ、そうなるよな。
具体的にユイに何歳かは聞いていないが、ユイの年齢はかなり若く見える。俺よりは年上なのは確かだろうが、ルーンよりは年下。そんな人物に、世界の運命をかけるとか、普通に考えたらあり得ない。
「でも年齢で言ったら、俺もそうだろ。俺のような子供が魔王になるなんて普通じゃない」
「……その理屈で言うと、恐ろしい考えになるので、あまり考えたくはないのですけどね」
「ああ。ユイぐらいしか行ける者がいない世界だとしたら、滅びかけていたという可能性が高いからな」
ユイが戦闘訓練を受けた様子はない。いつも繋ぐ手は柔らかく、剣などを持ったことがない手だ。魔力もさほど高いようにはみえなかった。
「どちらにしろ、ようは戦争を起こさないように対応していけばいいという事だろ?」
ユイが本当にそんな世界から来たかどうかは分からない。自分で言っておいてなんだが、来ていない可能性の方が高いだろう。
とはいえ無駄な戦争を起こして、魔王領の利益を削る必要はない。
こちらから仕掛けなくても、人族側から仕掛ける可能性はあるので、その辺りも注意してバランスをとっていけばいいはずだ。そうすれば、ユイは安心して、ここに残るという選択ができる。
「魔王様はユイに肩入れしますね」
「……戦争を起こして欲しいのか?」
どうして今の話からそうなるのか分からない。
「私も戦争せずに済むならば、そちらの方が国益にもなりますからいいんですけどね。でも今の対応はまるで、魔族領の為ではなくユイの為のように感じましたから」
鋭い。
ルーンに言われて、ドキリとする。確かに魔族領の為にもなるとは考えたが、俺はユイが安心できるだろうと考えてその案を出した。
確かに俺は少しユイに肩入れしすぎているのかもしれない。
「気を付ける」
1人の為に国を動かすなど、危険すぎる行為だ。勿論それがイコールで国益になるならば、問題はないが一度許してしまえば、どんどんそちらに傾く可能性もある。
今までに傾国の美女の所為で傾いた国は歴史上にいくつもあった。酷い地域では、自分より美しい女性がいるのが許せないと、国中の美しいと言われる女を牢屋に入れたという者もいると聞く。勿論最終的にはそんな無茶が続くはずもなく、滅びてしまったが……ん?
確かその時は、王が王妃の言いなりになったから起こった事件だったはずだ。王が王妃にのめり込み、周りが見えなくなったのが原因で――、ならば俺の場合はなんだ?
ユイの意見を尊重しようとしたという事は、どういう意味だ?
ユイは決して傾国の美女ではない。むしろ特徴というものがない、平凡な女だ。そして貴族でもなく、魔族ですらない。
でも俺はユイの為に……ユイが快くここに残ってくれるための案として戦争をしないという考えを上げた。確かにユイはこの国に必要だと思う。ユイの知識は、この国を良くしていけると思っているから。
でもそれならば、無理やり閉じ込める事だってできるわけで――。
「気を付けて下さい。ユイは貴方の事を本当に友人だと思っているようですが、貴方が彼女と同様の考えでは部下に示しもつきません。上手く公私を分けられるならいいですが、できないのなら止めるべきです」
「……友人?」
「そうらしいです。彼女も恐れ多いと思っているようですし、ラグがそう言ってくれる限りと言っていましたので話が分からないというわけではありませんが」
恐れ多い……俺が認める限りの友人。
当たり前だ。俺とユイは立場が違う。だから、ユイが恐れ多く感じるのも当たり前だし、俺の意見を優先して、俺が友達ではないと言えばそれで解消だと思っているのも変ではない。
でもムカつく。
俺は手放したくないと思っているのに、ユイは簡単に俺との関係を手放すのだ。俺の意見を尊重すると見せかけておいて、その行為は俺のことなどいなくてもいいと言っているようなものだ。
「分かったルーン。だったら、俺がユイを対等に見ても、部下に示しがつくような状態にすればいいんだろう?」
「えっ」
ルーンがぎょっとした顔をした。
その表情に、俺は満足げに喉の奥で笑う。そもそも俺がルーンやユイの言いなりになるのもおかしな話だ。ユイには俺の手を自分からとってもらおう。そして自分から進んで俺の為に意見を言うようになってもらうのが理想だ。
もちろん、周りもそれが当たり前の光景だと思うように仕向けなければならない。その為にはユイの価値を引き上げて、ユイが俺の対等に立てるようにするべきだろう。ユイは俺の家庭教師にはなろうとしているが出世欲などは乏しい。だからその点は俺も協力してやろう。
「そしてユイが自ら進んで洗いざらい俺に話すようになればそれですべて解決だ。俺はユイを手放すべきではないと思っている。だとしたらユイが手放されたくないと思うようにすればいいだけじゃないか」
閉じ込めれば誰しも逃げようとするだろう。
鳥だって、逃げられないように羽を切っても籠のふたが開いていれば外に出ていってしまうと聞く。でもふたが開いていても出ていこうとしなければ、それはとても理想の状態じゃないか。
中々難しい事かもしれないが、その状態はとても俺の心を躍らせた。想像すると楽しくて仕方がない。
「ちょっ。魔王様、待って下さい」
「何を待てと?俺は何も間違った事は言ってない。部下に示しがついて、ユイ自ら俺のために尽くす。楽しい未来じゃないか」
「……ユイは貴方の事を可愛い友人と言っているんですよ」
「それは、使えるな。今は好きなだけ俺の事を愛でさせてやればいい」
俺の外見が気に入っているなら好都合だ。好意が0からのスタートは骨が折れるが、そうではないなら、とりあえずは俺の隣に留まらせておけるだろう。
その間に、まずはユイが俺の隣にいてもおかしくないようにしていこうか。ユイは上手い事、底辺に属するだろう職場での好感度が高い。底辺の一番数が多いグループに好かれるというのは、ある意味いい事でもある。俺は貴族を統一し、ユイが民衆の声援をもらう。
完璧じゃないか。
「そういえば、ユイは賢者様と呼ばれていたはずだよな」
ハン伯爵の所での呼び名なので、こちらではそう呼ばれてはいないが、このうわさは使える。
俺は楽しい未来を想像し、にんまりと笑った。




