1 深層の御令嬢リアーヌ・セネヴィル
窓から差し込む月の光が、二人の青年の姿を照らしている。一人は太陽のような金の髪を持ち、もう一人は夜の闇のような黒髪の持ち主だ。
その黒髪の青年は、苦しげに眉根を寄せ、
「ぐっ……!」
と呻いた。胸に突き立てられた短剣が、さらに深く沈み込み、激痛が走ったからだ。
(クソ……っ)
心の中で毒づきながら、黒髪の青年は相手を睨みつけた。
ーーこの胸に短剣を突き立て致命傷を負わせた金の髪の美しい青年は、その射殺すような視線もものともせず、優雅に微笑んだ。
口を開き、何か言っているようだが、意識が途切れ始めた黒髪の青年の耳には、もう届かない。
(一度でいいから、こいつに勝ちたい人生だった……)
十二才の頃からの宿敵であり、勉学でも武芸でも、一度も勝てなかったこの美貌の騎士に、自分は命まで奪われたわけだ。
自分は騎士だ。戦いで死ぬことは覚悟のうえである。
しかし、この男に殺されるのだけは、我慢がならなかった。だから、最後の力を振り絞りーー
「この、クソ野郎ーーっ!!」
と叫んで。
肩に強い衝撃と痛みを感じーー目が覚めた。
「………??」
腰には硬く冷たい床の感触。横には寝台の足が見える。
……どうやら寝台から転げ落ちたらしい。
(いけないいけない)
と自戒しながら寝台に這い上がる。昔の夢を見て、寝ぼけて寝台の上で暴れ回ってしまったようだ。
明日はフィリウス王立学園編入初日だ。
学園では間違っても「このクソ野郎」などと口走ってはいけない。
(気を付けないと)
何故なら、今の自分は勇猛果敢な男騎士ではない。可憐な深層のご令嬢なのだから。
⭐︎
「リアーヌ・セネヴィルと申します」
自分は可憐な深層のご令嬢だと自負しているリアーヌは、そう名乗りながら自然な感じを装って特別クラスの教室内を見渡し……その人を見つけた。
すっと伸ばされた背筋。窓から差し込む陽光にきらめく金の髪。誰もが目を奪われるような整った顔立ち。その人は間違いなく、教室の中で一番、存在感を放っていた。
教壇の前に立つ自分を、相手も見ていたため、一瞬だけ視線が絡まった。
(ローラン・シャルトル……)
その生徒の名を心の中で呟く。最期に見た時より少し幼い彼は、王立学園四年生、そして自分と同じ十五歳だ。
向こうは自分のことを知らないだろうが、リアーヌは彼のことをよく知っていた。
宿敵シャルトル家の次男であり、白騎士ローランと呼ばれていた青年。
文武両道、容姿端麗。家柄も良く、品行方正という非の打ち所がない男でありーーーかつて、自分を殺した「このクソ野郎」だった。
いや、自分と言い切ってしまうのは語弊があるかもしれない。何故なら殺されたのは「今」の人生の自分ではないからだ。
黒騎士アンリ・セネヴィル。その「青年」がリアーヌのかつての姿ーー「前身」であった。
⭐︎
さて、リアーヌが自己紹介を終えると、担任の若い女性ーーキャロ教師が、
「ではセネヴィルさん。席は廊下側の奥の席に。あと、このクラスの級長はシャルトルさんなので、分からないことがあったら、彼に聞くといいわ」
と説明した。
(ローランなんかに何も聞くことないわー!)
という心の叫びは胸の中だけに仕舞い、
「お心遣い、感謝します」
と優美に微笑んだ。その表情に、クラスの学生がほーっとため息をつく。
絹糸のような美しい黒髪、謎めいた漆黒の瞳。思わず息を呑むほどの美貌の中にあどけなさも同居する類い稀な容貌。
そう、リアーヌは誰もが振り向くほどの美しい少女だった。
キャロ教師はリアーヌが席に着いたのを確認すると、次の授業のため教室を出て行った。
そしてリアーヌは、一限の歴史の授業までの空き時間に、珍しい編入生に興味津々の同級生たちに取り囲まれ、質問攻めにあうことになる。
……正直なところ、かつてのアンリは決して社交的ではなかったため、同級生も、親しくしていた数人以外あまり見覚えがない。しかし、
「リアーヌ様はセネヴィル家の御息女なのですね」
と声をかけられて、ほっとする。その声の主のことは覚えている。芸術的な巻き髪が印象的な華やかな容姿の女生徒。どの派閥にも属さず、見た目は豪奢だが気性はさっぱりした少女だ。リアーヌは親しみを込めて微笑みかける。
「リアーヌとお呼びください」
「わたくし、マリアンヌと申します」
以前は性別が異なったため、あまり馴れ馴れしくすると彼女に迷惑をかけると思い、適度な距離を保つようにしていたが、今は同性だ。今度は仲良くなれるといいな、と思ったので思い切って尋ねてみる。
「素敵なお名前ですね。マリアンヌとお呼びしても?」
「もちろんですわ!」
今回のマリアンヌも、好意的に接してくれるようで、一安心だ。
「セネヴィル家にこんな素敵な御息女がいらっしゃるなんて、初めて知りましたわ」
マリアンヌは、リアーヌの制服の胸に刺繍されている黒鷲の紋章を見つめている。これはセネヴィル家の紋章であり、対するシャルトル家は白薔薇の紋章である。そのせいか、セネヴィル家の騎士は黒騎士、シャルトル家は白騎士と称されていた。
(まあ、女に生まれた私には関係ないけど)
騎士になれるのは男性だけだし、と思いつつ、楚々とした口調で応じる。
「子供の頃、少し病弱で……どこへ行ってもご迷惑をかけるだけでしたので、屋敷で静かに過ごしておりました」
「まあ……」
「でも今はすっかり丈夫になりましたから」
マリアンヌ以外の生徒の質問にも、リアーヌは一つずつ、丁寧に答えていく。
概ね、特別クラスの生徒からの感触は良好だ。
以前の自分ーー学生時代のアンリは「打倒ローラン」に燃え、勉強と訓練にしか興味を持たない非社交的な人間だったが、今思えば、人脈作りも大切なことだった。
(今回は孤立せず、みんなと仲良く!)
ただし、ローランは除くーー。
リアーヌは今度こそ、ローランの存在に煩わされない学校生活を楽しむつもりだ。
TSで男女の恋愛ものが好物です。ニッチなジャンルなので自家発電してみることにしました。同じような好みの方がいらっしゃいますように……!




