英雄達の凱旋②
重厚な城門がゆっくりと開いた。
城外の大歓声と共に、八本足の漆黒の馬に乗り堂々と現れたのは威風堂々とした男性二人であった。その後ろからも男女数十人が続いて歩いて来る。
一人は青髪を一本に纏め上げ、身長は二メートルはあるだろう。大柄だが、程よい筋肉質で、うっとりするくらい精悍な顔立ちをしている。見た目は二十代前半くらいだろうか。そしてもう一人は煌めくような金髪を靡かせ、身長も一九〇センチメートルはあり、こちらも程よい筋肉質で野生味溢れている。どこか皇帝である龍飛に似ているキリッとした美丈夫だ。見た目はこちらも二十代前半くらいだ。
女性達からは熱い視線を向けられ、男性からは羨望の眼差しを向けられる二人の英雄の帰還に、皇宮中も大歓声で迎え入れていた。
ある程度進んだ所で、二人の英雄は馬から降りて一礼すると、皇帝陛下がいる玉座へと歩いて行く。だが、気づいている者は気づいていると思うが、向かって来る二人の雰囲気がピリついていた。紅司炎の近くまで来ると、金髪の美丈夫が意味ありげに睨みつけてきたのだ。青髪の男性が何か言い宥めてはいるが、今にも襲いかかりそうな雰囲気に司炎の隣に座る紅夫人が震えていた。
司炎は平静を装うが、麗蘭の件をもう知っているのかと焦り始めていた。ここで暴れられたら大多数の死者が出るだろうからだ。
青髪の男性が金髪の男性を引っ張る形で、何とか皇帝の玉座前にやって来た。
「黄龍麒そして青栄樹、此度の妖魔討伐並びに魔族撃退、誠に見事であった!陽蘭国の誇りである!褒美を⋯」
皇帝である龍飛が祝辞を述べていた時だった、不敬にもそれを遮る者が現れたのだ。
「陽蘭国の英雄?誇り?おかしいな、英雄と言ったらもう一人いるはずだが、その名前がないな?」
今までずっと目を閉じていた緑州王が徐に立ち上がり、皇帝や紅司炎を睨みつけながら言い放った。周りの重鎮達や高官も、さすがに不敬すぎる緑州王の暴挙にざわつき始めた。
「緑州王、陛下が祝辞を述べています。話は後で伺いますので落ち着いて下さい」
大長秋である高青が厳しい顔つきで緑光海を嗜める。
「そうだな。確かに麗蘭がいないのに祝賀会だと?馬鹿らしい!途中で紅府に寄ったが、なぜか麗蘭がいなかった。先に帰還した筈なのにな?」
金髪の男性、陽蘭国第二皇子である龍麒が父親である龍飛に抗議する。まるで虎が咆えるような迫力に周りは何も言えずに見守るしかない状況だ。
「ん?そういえば麗蘭がいないな?司炎、あの子はどうしたんだ?体調を崩すような子じゃない。何かあったのか?」
青州王が司炎に問うが、先程のような温和な雰囲気ではなく、威厳ある王としての顔になっていた。青夫人も心配そうに辺りを見回しながら麗蘭を探していた。
「麗蘭についてはこの祝賀会が終わったあとに、朕が事情を話そう。だから今は大人しくしてくれ」
「ああ?ふざけるなよ?麗蘭がいない祝賀会に何の意味がある?」
皇帝である父親に対して怒りをぶつける龍麒。
「確かに麗蘭がいない祝賀会は意味がありませんね。彼女はどこですか?」
「ええい!お前達⋯不敬よ!皇帝に向かってその態度!英雄だからと威張りおって!!」
青髪の男性、青州王の息子である青大将軍こと青栄樹も不満を漏らす。だがこの態度が気に入らなかった皇后が立ち上がり英雄二人や緑州王を怒鳴りつけた。
「うるせぇな!ババアは黙ってろ!お飾りはお飾りらしく大人しくしてろ!」
「な⋯なんですって!?実の母親に向かって⋯なんて子なの!?」
顔を真っ赤にして憤慨する皇后は、あまりの怒りでふらつき横にいた王太子が急いで抱えた。そんな母親を見る事もなく、龍麒は父親を睨みつけていた。祝賀会なのに殺伐とした雰囲気になってしまい、高青は頭を抱えるしかない。
「ああ、龍麒殿下、青大将軍、麗蘭だが今頃は肥溜め掃除をさせられているぞ?」
「⋯⋯は?俺の聞き間違えか?」
「いや⋯⋯確かにいま肥溜め掃除って言ったな」
緑光海の衝撃的な発言に、二人はついていけずに呆然としてしまう。
「事情はあとで詳しく話すが、麗蘭に肥溜め掃除をさせたのは女官長である明月という女だ」
明月という名が光海からでた瞬間に、皇后の背後にいた紫色の女官服を着た年配の女性が思わず後退りした。皆の視線が一斉に明月に集中する。
「私は何も命じておりません!」
「ほう?下級女官である小蘭の配属先を決めたのはお前だろう?」
「小蘭⋯まさかあの生意気な女官の事で御座いますか?」
明月は他の女官の手前もあり冷静になろうとするが、緑州王や英雄二人の鋭い視線に震え上がる。
「肥溜め掃除と聞いた時、俺はこの国を見限ろうと思ったくらい怒りが収まらない」
緑州王の底知れぬ怒りに周りにいる高官達は冷や汗が止まらない。
「肥溜め掃除だと!?何たる事だ!!」
「あの子がそんな目に遭っているの!?」
青州王と青夫人も驚愕し、次第に怒りが込み上げてくる。
「司炎!お主⋯なぜ止めなかったんだ!!」
「俺も止めた!それに大事な娘に肥溜め掃除をさせるか!?祝賀会が終わったら連れ戻すつもりだった!」
紅司炎の発言でまた皆がざわつき始めた。
「紅州王の娘で英雄⋯まさか戦姫か!?」
「ああ、確かにいないのはおかしいぞ!噂が本当なら妖魔討伐や魔族撃退に大きく貢献しているはずだ!」
「戦姫が肥溜め掃除だと?何の冗談だ!!」
皆の非難が明月に集中する。
「静かにせい!このまま祝賀会を続けるのは不可能だ!後日に改めて行う事として皆には悪いが解散する!何人かは残ってもらうぞ?今から麗蘭について話し合いをするからな!」
龍飛はそう宣言した後に、震える明月を睨みつけた。高青は淡々と兵士に命じて明月を捕らえさせた。
高官達もこの場にいたくないというのが本音なので、何も反論せずに急いで帰って行った。皇后は皇太子に支えられて後宮に戻り、それに妃嬪達も続いた。残ったのは皇帝である龍飛、紅州王、緑州王、青州王、そして英雄二人と仲間達だけだ。
そしてガタガタと震える明月を高青と兵士達が囲むようにして捕らえていた。
「で?こいつが麗蘭に肥溜め掃除を命じたのか?」
龍麒が殺意を抑えず、剣を抜いて明月に近づいて行く。
「あ⋯ああ!お許しくださいませ!まさか戦姫だとは思わず⋯紅家のご令嬢が下級女官として働くとは思わずに⋯」
「言い訳がましいな。もし紅家の令嬢じゃなければ何をやってもいいのか?下級女官に肥溜め掃除をさせるなんて鬼畜だな!」
青栄樹が明月を怒鳴りつけた。
「こんな奴が女官長だなんてな!八つ裂きにしてもまだ足りないくらいだ!」
龍麒が今にも八つ裂きにしそうなのを高青と霧柔が必死に止めていた。
「朕も悪かった。あいつが女官をやりたいというのを止めなかったんだ」
「おい親父!何で止めないんだ!?」
「恋する乙女だからだ」
「「⋯⋯は?」」
「この皇宮の中で働く誰かに恋したらしい」
龍麒はまだ理解ができずに、チラッと緑州王を見た。
「本当だ。今、対策を練っている所だ」
緑州王の発言で現実に引き戻された龍麒は、その込み上げる怒りを近くにある銅像にぶつけた。物凄い爆発音と共に銅像が粉々になった。
「おい龍麒!いい加減に落ち着け!」
「⋯麗蘭に会ってくる」
「俺も行く」
龍飛を無視して、英雄二人は皇宮の奥へ向かって行ったのだった。