小蘭と仲間達①
大きな爆発音に驚いて、作業する者達が一時的に肥溜め掃除から戻って来た。
彼らは酷い悪臭を放ち、目は虚で生気がなかった。薄汚れた布切れを着させられて、痩せ細りすぐにでも倒れそうな者が多々いた。
「酷いわね⋯」
そんな彼らを見て激しい怒りが込み上げてくる小蘭。
「こんなところに女子?一体どうしたんだい?」
その中の一人が、この場に少女がいる事に驚いて声をかけて来た。
「ああ、こんなに若いのに嫌がらせでここに配属させられたみたいだ」
小蘭と話していた若い男性が皆に説明すると、一気に同情の視線が送られた。
「わしの娘と同じくらいなのに⋯可哀想にのう⋯」
「酷い事をするな⋯お嬢ちゃん、何とか皇宮から出る方法はないのか?」
「ああ、ここは地獄だ。劣悪な環境だし、飯もろくに食わせてもらえない」
そんな彼らに声をかけようとした時だった。強面で屈強な男性が複数人の兵士を引き連れてこちらにやって来た。兵士達はあまりの悪臭に顔を顰めていた。
「おい!オメェ達!誰に許可取って休んでんだ!?飯抜きにしてほしいのか?ああ!?」
棍棒のようなモノを振り上げて作業員である男達を威嚇して、怒鳴りつける屈強な男性。兵士はそんな光景を気にする事なく、小蘭の元へやって来た。
「お前が小蘭か?」
「はい。そうです」
「高青様がお呼びだ。今すぐに着替えろ!」
「⋯⋯随分と偉そうに。要件を言ってくれないと動けません。私には仕事があるので」
小蘭の生意気な態度に、兵士達の顔色が変わった。
「おい!大長秋の高青様のご命令だぞ!お前に決定権など無い!」
兵士達と睨み合う小蘭を心配する作業員達だが、こちらも屈強な男性によって動けないでいた。
「ゴミカス共!早く作業に戻れや!」
棍棒を振り回して作業員を脅す屈強な男性。だが次の瞬間、振り上げた棍棒が動かなくなった。いくら力を入れても動かないので確認する為に横を向いた屈強な男性は、ひどく驚愕する事になる。
「な!?」
「こんな物騒なものを振り回さないでくれる?」
小蘭が重量ある棍棒を指先一本で軽く止めていた。これには作業員も兵士達も驚いて言葉が出なくなる。
「おい離せ!お前は⋯何なんだよ!?」
「ゴミカスはお前の事だろう?その臭い口を塞いでな!!」
そう言うと、小蘭は片手だけで棍棒を振り上げ、最も簡単に屈強な男性ごと振り上げて思いっきり壁に投げつけた。男性は口から血を吐きその場に倒れて動かなくなった。
「まあ⋯死んではないでしょ。誰かこいつを運び出してくれる?あとで役人に突き出してやる!」
小蘭が兵士達に声をかけるが、彼らは唖然としていて動かない。
「お⋯お嬢ちゃん、強いね?」
作業員の一人が何故か拍手をしている。
「そうかな?普通だよ!」
「「「普通じゃ無いから!!」」」
照れる小蘭に作業員達が総ツッコミを入れたのだった。
「お⋯おい!こいつはここの責任者だぞ!?お前は責任者に重傷を負われたんだ!高青様に報告して拘束する!」
「はぁ⋯私、昨日から何回捕まるのよ!こいつがやってる事は人権侵害、傷害、脅迫!それに衣食住も保証されてないこの劣悪な環境!どっちが悪いのよ!」
少女である小蘭のあまりの迫力に兵士達ですらたじろいでしまう。
「お嬢ちゃん!早く逃げろ!こいつらは俺達を同じ人間だとも思っていない!俺は貧しくて甘い話に乗ってしまった。騙されてやって来たが助けてくれるような身内もいない。だから死んでも騒ぎにならない⋯俺⋯いや俺達は都合のいい使い捨てなんだ」
「ふ⋯ふん!分かってるなら諦めろ!早く作業に戻れ!」
兵士が事情を話してくれた作業員を蹴飛ばした。
「⋯⋯本当に外よりも中の方が酷い状況ね。妖魔や魔族の方がよっぽどマシだわ」
「ああ?何をブツブツ言ってんだ!?早く行くぞ!高青様を待たせてるんだ!このままだと俺達の首が飛ぶ!」
「本当に飛ばせてあげましょうか?」
小蘭がそう言うと、急に兵士達が吐血して苦しみ出した。彼らは体内が熱く燃えるような感覚に陥り、激痛でのたうち回っていたのだ。
「あ、ごめん。つい怒りが込み上げて?」
そう言ってただただ笑う少女、小蘭を見て恐怖で震え上がる兵士達。
「あーー!!いまちた!⋯ってくちゃい!!」
皇宮方面から、場違いな幼子の声が聞こえてきた。作業員が驚いて振り返ると、鼻の穴に指を突っ込んでこちらに向かいよちよちと歩いてくる男の子がいた。
年齢は三歳か四歳くらいだろう。皇族のような豪華な漢服を着て、漆黒の髪をお団子にしているまるで天使のような可愛い顔をしていた。
「おや?天ちゃん?」
「天ちゃんでしゅ!麗ちゃんはなんでこんなくちゃいところにいるんでしゅか?鼻がもげそうでしゅ⋯ハッ!もちかちてもうもげてる!?」
「いや、鼻に指を突っ込んでるからもげてないよ」
「あ、そうでちた!!」
幼子と少女のお馬鹿な会話を聞いていると、目の前の惨状を忘れてしまいそうだが、自分達を虐げてきた屈強な男は投げ飛ばされて倒れて動かず、兵士達は吐血しながら苦しんでいた。
「お嬢ちゃん、この幼子は誰だい?」
「ああ、私の弟みたいなものよ!ね、天ちゃん!」
「あい!」
見た感じかなり高貴な身分と分かる幼子と少女だが、何故こんな所にいるのか疑問しか湧かない現状だ。
「麗ちゃん、青しゃんと龍麒がこちらに向かってましゅ!かなり怒ってましゅよ!」
「ああ⋯事情を聞いたのね」
小蘭がそう呟いた時だった。
「本当にここにいたのか」
「麗蘭!!」
小蘭は気付いたが、周りは人の気配すら感じなかったのにいきなり二人の男性が現れて驚く。だが、兵士達だけは苦しみながらも急いでその場に平伏した。
「天!お前、いないと思ったらここにいたのか?」
「あい!でも鼻がもげそうでしゅ!!」
天真爛漫な幼子に小蘭はふふと笑う。
「あ⋯龍麒殿下、青大将軍!ど⋯どうしてこんな所にいらっしゃるのですか!?」
兵士の問いかけを無視して、二人は小蘭の元へ歩いて行く。作業員達は英雄二人の登場に急いで平伏した。いくら貧しい市民とはいえ、英雄の名を知らないわけがないのだ。大物すぎる者達の登場に緊張感が漂いはじめた。
「麗蘭、一体どう言う事だ!何で女官になってるんだよ?お前は今日の祝賀会の主役と言っていいくらいなんだぞ!」
「龍麒、落ち着いて。あまり怒ると血圧が上がってポックリと逝くわよ?」
「俺はどこの爺さんだよ!いいから答えろ!」
「光海に聞いているんでしょう?恋をしたからよ!!ドヤ!!」
「何がドヤ!!⋯だ!このおたんこなす娘が!!」
「おたんこなすって⋯相変わらずお爺みたいな事を言うね?あ、栄樹も私の恋に反対?」
小蘭に急に聞かれた青栄樹。
「恋って、お前は恋を分かってるのか?」
「ええ!あの方の事がずっと頭から離れないし、あの方を思うとキュンとする事よ!」
「あの方って一体誰なんだ?」
「それは言えないわ!光海や父上にバレたらあの方を暗殺しかねない!」
「俺達は苦楽を共にした仲間だろ?そんな俺達にも言えないのか?寂しいな⋯」
青栄樹が寂しそうに笑うのを見た小蘭が申し訳なさそうに言うか言わないかを考え始めた。
その時、龍麒と天ちゃんは見たのだ。青栄樹がニヤリと笑い、悪巧みをする顔つきになっていたのを⋯。




