皇太子の暴挙①
「陛下!落ち着いて下さい!」
小蘭は皇后の前に立ち、皇帝である龍飛を懸命に止める。そんな小蘭と目が合った龍飛は、剣を振り下ろす寸前で我に返った。
「ああ⋯早く皇后を連れて行け⋯」
魂が抜けたようにその場に崩れ落ちた龍飛を心配した小蘭が急いで駆け寄った。
「親父⋯大丈夫?」
「小蘭、すまない。お前が止めてくれなかったら俺は皇后を殺していた」
「私こそ皇后を殴ってしまったから⋯死罪かな?」
小蘭と龍飛はお互いに目を合わせながら笑ってしまった。
「死罪にはならないから安心しろ。皇后の発言に問題があったのは事実だ」
『そうです。麗蘭が打たなかったら私が殺していたかもしれません』
鴉の黒楼が落ち込む小蘭を励ますが、内容はかなり物騒だ。
「これで大人しくなれば良いですが⋯」
高青が不穏な事を言うが、龍飛も小蘭も同じ事を思っていたので深く頷き合う。
「陛下!」
そこへ慌てた様子でやって来たのは皇后付きの女官頭の芙陽であった。
「皇后様をお許し下さい!あの方はただ寂しいだけなのです!今回も陛下や龍麒殿下に会いたいが故に小蘭を皇后付きの女官にしたのです!」
「それにしては小蘭に対して敵意を向けていたぞ。芙陽、朕はもうこれ以上皇后に振り回されたくない。もし何かあればいつでも言え、だが少しでも怪しい動きを見せたらその時は廃后にする!」
「廃后!?そんな⋯」
驚き崩れ落ちた芙陽を見て、何故か違和感を覚える小蘭。
「小蘭、落ち着いたら配属を変える。少し待っていてくれ」
それだけ言うと龍飛は政務に戻って行った。
『皇帝を呼んだのは私ではありませんよ?』
黒楼はそう言うと、草むらに視線を移した。すると、小さな白い子猫が現れてよちよちと小蘭の元へやって来た。
『天ちゃんが呼んだーー!』
「おー!やっぱりか!」
子猫と大きな鴉が話しているという異様な光景に、周りにいた女官達は驚き逃げて行く。
「天ちゃん、私はこれから仕事だから」
『うん。天ちゃんは黒楼に乗って黒家に行くーー!』
「黒家に?」
『うん!嫌な予感しかしないから様子を見に行くーー!』
「助かるわ!なるべく解決させてきて!!」
『合点承知の助!!』
「⋯⋯」
そんな天ちゃんを何も言わずに背中に乗せた黒楼は、小蘭に軽く一礼すると大きく羽ばたき、澄み渡る青空を飛んで行ったのだった。
「芙陽様、少しの期間になると思いますが、改めて宜しくお願いします」
「あ⋯ええ。今日は帝天宮の周りの落ち葉掃除をお願いするわ。終わったら執務室にいるから報告してちょうだい」
「分かりました」
小蘭は芙陽に一礼して、掃除に向かった。
それからは一人で黙々と掃き掃除を進めていた小蘭だが、前から見覚えのある人物がやって来た。
「あら、本当に女官をやっているのね?」
“貼り付けた”ような笑顔の女性がゆっくりとこちらへ向かって歩いて来る。青みかかった透き通るような髪を高く結び纏め、華やかな宝石を散りばめ、淡いピンクの華服を着た妖艶な美女で、その美貌に周りも注目していた。
口元のほくろが余計に色気を引き出し、その豊満な胸は男達の視線を独占していた。
「何か御用ですか?私は忙しいのですが?」
小蘭が嫌そうな顔をしながらも一応は対応する。
「あら、女官にしては態度がでかいわね?」
「そうですか~?それよりもその笑顔やめてもらっていいですか~?怖い~!」
「⋯⋯てめぇ、せっかく私が来てやってのにその態度は何なんだよ!」
急に低い声になり、小蘭を睨む女性。
「頼んでないも~~ん!」
「そんなに伸ばすな!こんな所で女官なんかしてないで早く嫁ぎ先を決めろ!」
「嫁ぎ先?何で?」
首を傾げる小蘭を見て、女性は溜め息を吐く。
「お前がいない所で男達がバチバチに争ってるだよ!お前みたいなガサツでガサツな女のどこが良いのか意味が分からねぇよ!」
「ガサツって二回言ったし、本物のガサツな女に言われたくないな」
「ああ?私のどこがガサツなんだ!こんなに美人で巨乳のどこがガサツだって!?」
「⋯⋯。春惋、本当に何しに来たの?」
呆れながらも、春惋に真意を問う小蘭。
「緑家に嫁いで来な。光海様はとても素晴らしい方だし、何よりあんたを大事にしてくれる」
春惋は緑州王である緑光海の従姉妹で、商会を纏める副会頭でもある大物なのだ。この通り妖艶な美しさを持つが、中身は男勝りでかなり喧嘩っ早いので見た目で騙される者が多発している。
「まさか皇族に嫁ぐなんてないと思うけど⋯ないわよね?」
「まだ誰かに嫁ぐとか考えたこともないよ。今私にあるのは食い気だけよ」
「それもどうかと思うわよ?年頃なんだから恋の一つや二つしないとすぐに枯れるわよ!?」
「だって失恋したばかりなのに⋯」
失恋と聞いて目を見開いて驚く春惋。
「あんたが失恋!?相手は誰なの!?」
「何か楽しんでるね?⋯⋯馬鹿皇子だった!!」
「馬鹿皇子⋯ああ、龍鳳皇太子殿下か。でも何で⋯どこが良かったの?」
小蘭は恋するまでの出来事を春惋に話した。
「姑息な手を使ったのね、さすが龍鳳皇太子殿下だわ」
「騙された!もう男なんか信じない!卑怯で嘘つきで⋯ああ!」
「いやいや、男はあいつだけじゃないから!五万といるから!」
「あいつって⋯皇太子をあいつって言っちゃってんじゃん!」
小蘭が春惋と恋の話をしていると、噂をすればの龍鳳皇太子殿下が、どこからか皇后の件を聞いたのか焦った様子でやって来た。春惋はあの”貼り付けた“笑顔で綺麗に一礼したが、小蘭を見た龍鳳はあからさまに顔を歪ませた。
「紅麗蘭⋯お前が母上を打ったと聞いたぞ!?なぜ捕まっていないのだ!」
「何故と言われましても⋯」
「誰か!皇太子である私の命令だ!この者を拘束しろ!」
皇太子の言葉だが、周りは動かない。それを見て吹き出しそうな春惋を必死に抑える小蘭。
「おい!聞こえないのか!」
「殿下、紅家のご令嬢をそう簡単には拘束できません。紅州王にも⋯」
「うるさい!紅州王、紅州王と顔色ばかり窺いおって!我が黄家に逆らう者など要らぬ!」
春惋が”馬鹿丸出し“と悪態を突くので急いで口を塞ぐ小蘭。
「殿下!口が過ぎますぞ!」
側近達が龍鳳を嗜めるが、怒りが収まらない龍鳳は自ら小蘭を捕まえようと手を伸ばした。
「キャーーー!!」
小蘭は突然大きな悲鳴を上げて倒れた。それを見ていてほくそ笑むのは春惋だ。
「ああ、小蘭!!大丈夫!?殿下!こんなか弱い少女を殴るなんて酷いわ!」
「⋯⋯は?」
唖然とする龍鳳と、何故か赤くなっている頬を摩る小蘭。
「何もしていない少女を八つ当たりで殴るなんて⋯皇太子ともあろうお方が酷いわ!」
春惋の迫真の演技に、集まりだした者達の冷たい視線が龍鳳に突き刺さるのだった。




