皇后の怒り
「母上、わざわざ麗蘭を専属女官にしたのは陰湿な嫌がらせをする為ですか?」
陽蘭国第二皇子である龍麒は、あの後すぐに皇后の部屋へ抗議に向かった。
「朝早く来たかと思ったら何の話ですか」
溺愛する龍麒が訪ねて来たと聞いてご機嫌だった皇后だったが、その息子はというと何故か怒り心頭であった。
「食堂で麗蘭が炊事場の女官に嫌がらせをされていました。床に落としたおかずを無理矢理に食べさせようとしていたので止めましたが、まさかこんな事が日常茶飯事じゃないですよね?」
「⋯。麗蘭はまだ若いから教育の為に⋯」
「ハッ!あれが教育ですか?醜い嫉妬心はここでは教育で許されるんですか?」
「龍麒!ここは皇后であるわたくしが管理しているのよ!あなたが口を出す事ではないわ!」
激昂する皇后を睨み付ける龍麒。周りの女官は龍麒の迫力に恐れをなしてか一歩下がって様子を窺っていた。
「私が口を出さなくても、紅家と黒家を敵に回しますよ?五大名家のうち最も恐ろしいとされている紅家と黒家が動き出したらいくら黄家でも手がつけられません」
「な⋯最も尊い黄家に対して何かしたら厳罰に処すだけよ!五大名家が何よ!わたくしは皇后よ!?」
「はぁ⋯母上は本当に愚かですね。話すのも疲れます。お飾りの皇后として少しは大人しくしていて⋯」
そこまで言いかけて、皇后に頬を打たれた龍麒だが、驚く事もなく無反応だ。
「わたくしを愚かですって?母親に向かって何たる言い草なの!!」
「母親ねぇ⋯。話はそれだけです。もしまた麗蘭が何かされたら父上に報告しますのでそのつもりでいて下さい」
吐き捨てるように告げると、龍麒は母親である皇后を見る事なく出て行ったのだった。
さきほど鴉の黒楼と会話している光景は、女官達に相当な恐怖を植え付けたようだ。小蘭(麗蘭)を見る目が嫉妬から恐怖に変わったのだ。挨拶をするが面白いくらいに女官達は逃げていくので、小蘭は訳がわからずに首を傾げていた。
時間前に戻り、芙陽を待っていた小蘭の元に何故か皇后がやって来たのだが、その顔は朝とは比べようも無いくらい怒りに満ちていた。
「小蘭!貴女が龍麒に告げ口したの!?わたくしの有る事無い事を吹き込んでるのね!?」
「⋯⋯」
深く一礼したまま何も言わない小蘭を見て、ますます不機嫌になる皇后。
「何か言いなさい!それとも図星かしら?」
「失礼ながら言わせてもらいますが、龍麒殿下は皇后様のお話をされる事はありません。私も同じです」
「嘘よ!貴女のせいで龍麒は変わってしまったわ!あの女の娘なだけあるわね?男を誑かすしか脳がないのよ!」
皇后の発言に小蘭の顔色が変わった。
「私の事は何言っても良いです。ですが母上を蔑むような発言は許しません!撤回して下さい!」
「本当の事でしょう?男を誑かして大出世したのは有名よ?貴女も本当に司炎様の子なのか⋯」
皇后が言いかけた所で、我慢ができずに頬を打ってしまった小蘭。
「⋯⋯皇后を打ったわね?これは死罪にもなる大罪よ!この者を取り押さえよ!」
皇后の命令で小蘭は数人の女官に取り押さえられた。そしてすぐに棒を持った屈強な男が二名現れ、皇后の指示を待っていた。
「まずは棒刑100回!死んでもいいから思いっきりやりなさい!」
皇后の指示で男達は棒を振り上げ、取り押さえられている小蘭の背中を叩こうとした。すると何処からかあの大きな鴉が現れて、目に見えぬ速さで男達の眼を突いた。その場に男達の悲鳴が響き渡った。
驚く皇后をよそに、鴉は小蘭を取り押さえる女官達を狙うが、女官達は恐怖で皇后を守るどころか一目散に逃げてしまった。
「な⋯何なのこの鴉⋯化け物よ⋯」
恐怖からガタガタと震える皇后だが、鴉は黙ったままの小蘭を心配するように覗き込んだ。
『麗蘭、大丈夫ですか?』
「母上を侮辱するのだけは許せない⋯」
『ええ、聞いていました。もちろん黒家の者もね』
鴉の言葉に皇后は反応した。黒家に知られた事に焦り始めたのだ。
「黒家が⋯黒家が何よ!わたくしを打った事は事実よ!死罪にしてやるわ!」
顔を歪ませた笑みは非常に醜く、悪意に満ちていた。
『本当に愚かな方ですね。麗華への嫉妬心を娘である麗蘭に向けるのは愚かな事ではないですか?』
「嫉妬ですって!?わたくしがあの女に嫉妬などするわけないわ!わたくしはこの国の皇后です!それにもうあの女はいない⋯」
「黙れ!!」
そこへ大長秋の高青、護衛長である霧柔率いる護衛兵を引き連れた皇帝龍飛がやって来た。
「紅麗華大将軍への侮辱は朕が許さん!!皇后は帝天宮から一歩でも出る事を禁じる!!」
それは軟禁状態にする、所謂公務や政に関わる事を一切禁じるという厳しいものであった。
「これをもし破ったら有無を言わさずに廃后とする!」
「そんな⋯わたくしはこの子に打たれたのですよ!?この子も罪に問うべきです!」
皇后は小蘭を引っ張ろうとしたが、龍飛が間に入り、荒ぶる皇后を突き飛ばした。
「お前が麗華を侮辱したからだろう!その件は朕が話を聞く。お前は早く部屋に戻れ!」
皇后は龍飛に縋るつこうとするが、全く相手にされず、兵士達に引きずられるように宮に入っていくが、怒りに任せて最後に禁じられた発言をしてしまう。
「まだあの女が好きなのですか!?だからあの女に似たこの子を庇うのですね!?」
すると龍飛は無表情のまま剣を抜くと、高青や霧柔を押し切って皇后に向かっていったのだった。




