女官達の嫉妬
やってきたのは紅家に長年仕える葉雲だった。笑顔で手を振るその姿は温厚そうな老人だが、何故か芙陽は震えていた。
「お嬢様、また面白い事をしていますね」
「面白いかな?」
「ホホ、ですが今回は用心してくださいね?皇后様は“あのような”方ですから」
葉雲の含みのある言葉に小蘭もただ黙って頷いた。
「ああ、芙陽様もお久しぶりですね?お元気そうです何よりです」
笑顔で芙陽に近づいて行く葉雲だが、何故か芙陽は目を合わせようとしないのだ。
「あ⋯葉雲ですか。久しぶりですね」
「あなたにはこのまま元気でいて欲しいですから、くれぐれも小蘭様を宜しくお願い致します」
笑顔だった葉雲だが、一瞬だけ目を見開き“警告”して芙陽を恐怖に陥れた。
「⋯では司炎様を迎えに行きますかのう。ではお嬢様、また様子を見に伺いますからあまり暴れないようにお願いしますよ?」
「暴れないよ!うん、またね!身体に気をつけてね!」
お互いに笑顔で手を振り別れた小蘭と葉雲だが、芙陽は葉雲が見えなくなっても震えが止まらない。
「あの⋯大丈夫ですか?」
そんな芙陽を見た小蘭が心配して声をかける。
「あ⋯ええ、大丈夫よ。小蘭、朝御飯を食べてきなさい。食堂は分かるわよね?」
「はい」
「半刻(一時間)後にまたここで会いましょう」
「分かりました。それではいってきます」
何故か急に落ち着きがなくなった芙陽を心配しつつも、小蘭は空腹を満たす為に食堂へ向かった。そこは上級女官専用とあって清潔で、食事も豪華そうだ。だが小蘭が食堂へ入った瞬間、女官達の冷たい視線が突き刺さる。
小蘭は特に気にする事なく、お盆に皿を載せて炊事担当の女官の元へ行く。
「お願いします」
「⋯⋯チッ」
炊事場の女官達は嫌そうに舌打ちして、仕方なく小蘭の皿にお粥を入れたが明らかに少なく、おかずに関しては無いと言われた。だが目線の先にはまだまだおかずが残っているのにもかかわらずだ。
「なぜおかずを入れてくれないんですか?まだたくさんありますよね?」
「は!あんたに食わす飯は無いよ!誰に取り入ったのかは知らないが生意気な小娘が!」
炊事場の女官の暴言に、周りで食事をしていた女官もクスクスと笑っている。
「生意気だったら食事をしてはいけないんですか?意味がわかりません」
小蘭が呆れて反論すると、それが面白く無かったのか炊事場の女官達がゾロゾロと出て来て小蘭を囲んだ。
「そんなに食いたいならこれでも食いな!」
一人の女官がおかずの豚の角煮を床に落とした。そして小蘭の髪を掴むと、無理矢理に跪かせて床の角煮を食べさせようとする。
「食べ物を粗末にするとかありえないわね」
豚の角煮に顔を押し付けられた小蘭は、怒りのままにその角煮を食べようとした。
「食べるの?汚い子ね」
「貧しい子は何でも食べるのよ」
周りの女官は小蘭を蔑み、鼻で笑っている。
「何をやっている?」
怒りを含んだ低い声に、皆が振り返るとそこには信じられない人物が立っていた。炊事場の女官達はあまりの事で固まってしまい、他の女官達は急いで平伏したが、震えと冷や汗が止まらない。
小蘭は顔を上げ振り返るが、髪はボサボサで顔には角煮の脂やタレがべっとりと付いていた。それを見たその人物の額に青筋が浮かぶ。
「まさか皆が憧れる皇后付きの女官達がこんな陰湿ないじめを行なっているとは、母上に報告しないとな」
その人物は陽蘭国第二王子である黄龍麒だった。
「顔を洗って来い」
龍麒に命じられた小蘭は、ボロボロのまま一礼して自室に戻った。小蘭がいなくなったのを確認した龍麒は、中心でいじめていた炊事場の女官を睨み付けた。
「お前は許さないから覚悟しろ?」
「ヒイ!申し訳ございません!ですが⋯」
「誰が話していいと言った?」
怒りに満ちた龍麒の姿を見て震えが止まらない炊事場の女官。
「この件に関わった者は厳しく罰するからそのつもりでいろ!特にお前!覚悟しておけ!」
「うぅ⋯お許しください」
土下座して許しを請う炊事場の女官を、龍麒に命じられた兵士達が引きずるように連行した。そして残る女官達にも厳しく警告して龍麒はこの場から去ったのだった。
自室に戻り、髪を整えてから着替えた小蘭は急いで食堂に戻ったが、そこにはもう龍麒はいなかった。室内は静まり返り、女官たちがヒソヒソと話しているだけだった。あの炊事場の女官はいなくなっており、小蘭に気付いた他の炊事場の女官がお盆に大盛りのお粥とおかずを載せてこちらに向かって来た。
「これはあんたのだ。お食べ」
小蘭はそれを受け取ると、席に座り食べ始めた。先程とはまた別の意味で視線を感じるが気にする事なく黙々と食べ進めていたが、そこへ食堂の開いている窓から黒い何かが飛んできた。
それは普通の倍はある大きさのカラスで、驚いた女官達が悲鳴をあげて逃げようとする。カラスはそのまま小蘭のいるテーブルに止まった。
『見ていました。あんな陰湿な嫌がらせ、龍麒殿下が止めていなかったら私が“対処”していたでしょう』
カラスが話し出したので、女官達は悲鳴をあげながら飛び出して行った。
「黒楼、あんたがここにいるということは⋯伯父上が動いてるの?」
『この件を聞く前から都には滞在しています。あなたの凱旋を楽しみにしていたのですがいない事を不審に思い、調べたら何故か女官になっていて、しかもあの皇后付きになっているではありませんか。なのに麗南は不気味なくらい静かで私も怖いくらいです』
それを聞いた小蘭は嫌な予感が拭えないのだった。