小蘭の怒りと悪人の末路④
「なぜ下級女官がこの席に座っているのです?」
顔を顰めて小蘭を見ている龍鳳だが、皆から返ってきたのは怒りを含んだ視線だった。
「龍鳳、彼女は客人だ。詳しくは説明できないが、そんな言い方はするな」
父親であり皇帝の龍飛の言葉に、龍鳳は大人しくなるかと思っていたが、空気が読めないのか話を続け
「客人ですか?なぜ下級女官の格好をしているのですか?ここは賤しい身分が来て良い所ではありません!」
賤しい身分と聞いて、小蘭の顔色が変わった。真っ赤は真っ赤だがそれは怒りを我慢しているようだった。
「皇太子、口が過ぎますよ?相変わらず空気が読めませんね」
緑光海が龍鳳を睨みつけながら嗜めた。
「緑州王、あなたがいるなんて珍しいですね?まさかここにいる誰かの“お手つき”ですか?確かに美しい顔立ちですものね」
その瞬間だった。空気がピリつき、冷気が漂いはじめ、子猫姿の天ちゃんも毛を逆立てて龍鳳を威嚇する。
「ああ、紅州王。星花は元気ですか?二日後に母上がお茶会を開催しますので是非参加して頂きたい!」
目を輝かせて司炎に提案する龍鳳は、この息苦しいほどの殺意や怒りに全く気付いていない。
「ここまで馬鹿だと逆に潔いな」
「え?」
司炎が龍鳳を見て小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「こんな奴のどこが良いんだ?」
光海が黙って下を向く小蘭に問いかけた。龍麒は兄である龍鳳へ侮蔑の目を向けていた。
「⋯⋯。戦場から先に帰ったでしょ?途中で山賊に襲われたの。そこへ助けに現れたのが龍鳳様だったのよ」
「助け?逆にお前の邪魔にならなかったのか?」
「⋯⋯。結局は私が全滅させたけど、今まで助けてくれるなんて事がなかったから新鮮で恋をしたのよ」
「なんでそんな所に皇太子がいたんだ?この臆病者が部下を連れずに一人でいたのか?」
「うん。確かに一人でいたわよ?襲われそうになってる所に駆けつけてきたの」
「タイミングが良すぎるな、お前の他に誰がいた?」
光海の問いに小蘭が考えている。それを聞いていた他の者は怪訝な顔で龍鳳を見ていた。
「ああ、私と白風、それに星花もいたわ」
星花とは小蘭(麗蘭)の姉であり、回復師として名を馳せている聖女だ。各地を周り妖魔や魔族に傷つけられた者達の治療をしている。なので戦地に赴く時もあり、その時も星花の護衛を兼ねて一足早く帰還したのだった。
「星花に良い所を見せようと、山賊と手を組んだのね?私や白風はどうなっても良かったってわけね。あ、でも山賊は全滅させちゃったわ!」
龍鳳は顔を青ざめ、司炎は怒り心頭で皇太子を睨む。
「お⋯お前は一体何なんだ!?何を証拠に私を陥れようとしている!」
「はぁ⋯初恋は終わったわ。こんなクズだったなんて⋯親父!どんな教育をしてきたの!!」
小蘭の怒りが皇帝である龍飛に向けられたが、龍鳳は小蘭のあまりの暴言に唖然としてしまう。
「お⋯親父だと!?皇帝である父上に対して不敬だぞ!⋯!?なぜ皆黙っているのですか!?」
小蘭に対して誰も何も咎めない事に疑問をぶつけるが、周りは龍鳳に呆れていた。
「龍鳳、もしこの件が本当だったらお前が処罰されるぞ?」
龍飛の鋭い視線が龍鳳に突き刺さる。
「私は何も知りません!気分転換に森を散歩していたら、山賊に襲われている女性達を見つけて助けただけです!」
「気分転換に皇太子が一人で山賊が出る森に散歩に行ったの?」
小蘭は龍鳳の言い訳に呆れてしまう。
そこへ何も知らない高青がやって来たが、この場の重苦しい空気に気付き、元凶であろう龍鳳をチラリと見た。
「お待たせ致しました。朝餉の準備が整いました」
「ああ、移動するか」
龍飛がそう言い立ち上がると、他の者達も立ち上がる。小蘭も空腹なので急いで立ち上がり、天ちゃんを抱っこして歩き出そうとした。
「お前は下級女官だろう!なぜ我々と食事をしようとしているんだ!?父上、この者は一体何者なのですか?」
「言っただろう、朕の客人だと。それとも朕の客人を追い出すつもりか?」
静かな物言いだが、そこに怒りが込められている事に気付いた龍鳳は悔しそうに口を閉ざした。
「はぁ⋯失恋だわ。私って男を見る目がないわ!」
悲しそうに嘆く小蘭だが、黄龍麒や緑光海、そして青栄樹は安堵していた。
「まるで相手にならない相手で良かった」
兄である龍鳳を鼻で笑う龍麒。
「ああ、あとはお前達がいなくなれば良いんだが?」
龍麒と栄樹を牽制する光海。
「まぁこれで女官を心置きなく辞めれるだろう」
早く女官を辞めてほしい栄樹。
「何言ってんの?私は女官を辞めないよ!」
「「「「「はあ!?」」」」」
「恋は終わったけど、また見つけるし!それに中から掃除するという目的もできたしね!」
小蘭の宣言に頭を抱える一同と、胃を摩る父親の紅司炎。
「まだ十六歳だし、婚期より食い気の年頃だしね!」
「全然面白くないぞ!結婚はして欲しくないが、女官継続は別だぞ!」
「父上、取り敢えず一ヶ月は許可してくれたよね?約束を破るの?天下の宰相様が?」
火花を散らす小蘭と司炎だが、黙っていた龍鳳が驚き二人を見た。
「紅州王を父上と言った?まさか⋯戦姫、紅麗蘭!?」
「⋯⋯そうよ?今頃気付いたの?」
冷たく言い返す小蘭。
「でも賤しい下級女官で結構よ」
小蘭の口撃に冷や汗が止まらない龍鳳。
そんな阿呆を気にする事なく、隣の部屋に用意された豪華な食事に機嫌を良くする小蘭。
『天ちゃんのご飯は?』
「ちゃんとあるみたいよ!」
『やったーー!』
そう言うと、光出して普段の幼子の姿になった天ちゃん。だが、それを見た龍鳳がガタガタと震え出して、天ちゃんの前まで行き急ぎ平伏した。
「聖獣⋯天虎様!」
『ん?お前きらーい!』
頬を膨らませてそっぽを向く天ちゃんであった。