小蘭の怒りと悪人の末路③
「今夜は色々と話したい事があるから部屋を用意する。白風には事情を話しておくから、な?」
戻ろうとした小蘭を引き止めるのは黄龍麒であった。が、それを聞いて黙っていないのは緑光海と紅司炎だ。
「娘と二人で何の話をするつもりだ?ここは戦地じゃないんだぞ?皇宮では何がどこで噂になるか分からないんだ」
「二人きりは駄目だ。俺も話したい事があるから一緒にいる」
そんな睨み合う三人を無視して、小蘭は腕の中で眠る天ちゃんを撫でながら出て行こうとしていた。
「明日またここに来るからそれで良いでしょう?六の刻に来るわ!」
「いや、早い早い!皇帝はまだ寝てるから!」
皇帝である黄龍飛が断固拒否するが、他の者達が何も言わないのでそれ以上は反論せずに黙るしかなかった。
「あ、でも家から色々と持ち出したいから一旦帰ろうかな」
愛娘の提案に、父親である司炎は嬉しそうに立ち上がるが、そこへ青栄樹が待ったをかける。
「女官になったらそう簡単には外に出れないぞ?他の者もそうなんだ、例外は認められない」
「⋯そうか。私も考えが甘かったわ!必要なものはお給金で買うわ!」
「その時はいつでも声をかけろ。安くするぞ?」
「本当!?さすが商会の会頭様!!」
嬉しそうな小蘭を見て微笑み、他の連中を見て鼻で笑う緑光海。
「とにかく、私は戻るから!青州王、青夫人!またね!」
「ああ、また会いに来るからな!」
「身体に気をつけてね」
青州王と青夫人に挨拶すると、小蘭は皆へ元気に手を振りながら部屋を出ていった。
小蘭については皆がそれぞれに思う所はあるのだが、明日の尋問の為に気を引き締めると仕事に取り掛かるのであった。
「小蘭ーー!無事だった!?」
「何か身綺麗だね?」
先に戻っていたそばかす少女の睦瑤とぽっちゃり少女の環莉が心配そうに駆け寄って来た。
「うん。大丈夫だったよ?作業員の人も皆が優しかったしね」
「へぇ!?野蛮だって噂だったから良かったよ!早くご飯食べに行こう!」
「そうね?私もお腹ぺこぺこだよ!」
そんな二人の一歩後ろに白風が立っていて、事情を聞いているのか顔つきが厳しい。
「小蘭、明月以外にもかなりの数の女官が連行されたわ」
「ええ、掃除が始まったのよ」
小蘭の静かな怒りに、白風も頷いた。そして食堂では明月や上級女官達が拘束されて件が広まっていて話題の中心だった。
「私の部署でも何人か連行されたわ!」
「厨房はさすがにいなかったな」
睦瑤や環莉もひどく驚いた様子だった。
「でも給金の件は許せないわ!自分達の懐に入れていたんでしょ!」
「はぁ⋯これからが不安だな。⋯⋯ご飯は美味しいけど」
「まあ、こんな風にお偉いさんが拘束されたんなら改善されていくんじゃない?」
不安そうな二人を元気に慰める小蘭。
「そうそう!⋯⋯この可愛い子猫ちゃんはどうしたの?」
小蘭の膝の上でスヤスヤと眠る天ちゃんは皆から大注目されていた。
「ああ、親と逸れたのかついて来ちゃって」
「「可愛い~!」」
「良かった」
『ニャ~』
愛嬌を振り撒く、あざとい天ちゃんを見て小蘭と白風は苦笑いする。色々な話は尽きないが、皆も明日が早いのですぐに部屋に戻り、体を拭き、歯を磨いたらすぐに布団に潜り眠りについた。だが、小蘭と白風だけは部屋を出て話し合いをしていた。
「明日、尋問所に向かう事になったわ」
「肥溜め作業の人達の件は報告を受けたわ。酷いわね、人権すら与えないなんて何様よ」
怒りを露わにする白風。
「ええ、だから決して許さないわ。亡き者の無念は晴らしてあげないと!」
それから少し風に当たったあと、小蘭は怒りを胸に秘め、天ちゃんと共に布団に入ったのだった。
小蘭は誰よりも早く起きて顔を洗うと、白風に見送られて急ぎ”龍護宮“へ向かう。その後ろをついていくのは子猫姿の天ちゃんだ。
「早かったな」
”龍護宮“に前には黄龍麒と青栄樹、そして緑光海が立っていた。
「あんた達も早いね?」
「まぁ外にいる時間が長かったからな。嫌でも目を覚ます」
「確かに」
龍麒の嘆きに、同意する小蘭。
「親父は起きてるの?」
「陛下と紅州王、それに高青は徹夜だったみたいだ」
小蘭の問いかけに、光海が答える。
「頑張ったわね!よし!入るぞ!」
下級女官である小蘭が先陣を切って扉を開け堂々と入っていく。
「⋯⋯元気娘が来たぞ」
目の下に隈をつくった龍飛が司炎に抗議する。
「早寝早起きはいい事だ」
「⋯⋯親バカが」
「準備は出来てるの?」
「ああ、証拠や証人も集めたからいつでも行けるぞ」
「ですが⋯、尋問所はまだ開いていません。十の刻からです」
司炎の言葉に小蘭がやる気を出していると、高青が申し訳なさそうに付け足した。
「えー!早起きしたのにー?」
「陛下も司炎様も何も食べておりませんので、皆さんで朝餉を摂りましょう。今から準備させますので少しお待ちください」
高青がそう言い残して部屋を出ていった。
「私も食べてないから丁度いいや」
グゥーとお腹を鳴らしながら、小蘭は天ちゃんを抱っこして椅子に座る。
「この者達と食事をするのは吐き気しかしないが、小蘭がいるなら喜んで食べよう」
「お前、皇帝(俺)に対しても辛辣になって来たな。まぁ小蘭が帰ってくるまで全然皇宮に顔を出さなかったからな!!」
光海はそんな荒ぶる皇帝をまるっと無視して小蘭の隣に座った。そんなやり取りを見て青栄樹はただ苦笑いしながら席に座った。
「今なら暇だよな?麗⋯小蘭。お前の好きな奴は一体誰なんだ?」
龍麒が小蘭に詰め寄る。
「教えたらどうするつもり?」
「そいつがお前を守れるか確かめる」
「ついでに始末する?」
「ああ!」
「おい!」
小蘭の誘導尋問に乗せられて本音を言ってしまう龍麒。
「まあまあ、でも話しておいた方がいいんじゃないか?」
「絶対に無理!教えない!」
青栄樹の説得にも応じない小蘭。その時だった。
「父上。龍鳳でございます」
外から聞こえる凛とした声。
「ああ、皇太子にも事情を話してここにくるように伝えた。さすがに除け者にするのはな」
龍飛の言葉に皆が反応する前に、一人の男性がゆっくりと入ってきた。
「朕の横に座れ、事情は聞いているだろう?」
急に皇帝らしくなった龍飛がやって来た男性を自分の横の席に座らせた。だが、皆は彼を見る事なく、ある人物を凝視していた。
男性の名は黄龍鳳、この陽蘭国の皇太子である。龍麒の兄であるが、痩せ型で儚げな美貌を持つ。髪も金髪まではいかない黄色の髪を一本に纏めていて、服装も紫色の漢服で高貴な雰囲気を漂わせていた。
そんな龍鳳は皆が自分ではなく、他の人物を見ている事に気付いて怪訝な顔をする。
「何故、下級女官がここにいるのですか?新たな罪人ですか?」
龍鳳が下級女官を見ながら父親である龍飛に問う。だが、おかしい。下級女官が来賓席に座っているのだ。
「この女官は病気ですか?顔が真っ赤です⋯⋯?」
龍鳳が言い終わる前に、皆の視線が自分と女官を交互に見ている事に気付いた。
「あ⋯こんな風に再会するなんて」
顔を真っ赤にした小蘭が小さな声で伝えた。だが冷たい眼差しの龍鳳から返ってきたのは信じられない言葉であった。
「下級女官が皇太子である私に話しかけるなど不敬だぞ!」
この場が一瞬で凍りついたのだった。




