小蘭の怒りと悪人の末路②
やはり英雄二人と緑州王を引き連れて歩く下級女官は目立つ。それに高貴そうな幼子を抱っこしているから余計に目立ち、大騒ぎになっていた。
「あの子って、この前に噂になってた子よね?」
「ええ、高青様と並んで歩いていたり、皇帝陛下とも歩いていたのよ!!」
「嘘だと思ってたけど⋯何かありそうね?」
「あんなに綺麗な子なら陛下のお手つきになったのかもよ?」
平伏したままコソコソと話す女官達だが、緑光海の一睨みに青ざめて急いで黙った。
「変な噂になってるぞ?」
「確かに酷い噂ね!なんであの親父のお手つきなのよ!」
プンスカと怒る小蘭をよしよしと頭を撫でて慰める天ちゃん。
龍麒は噂話を聞いて苦虫を噛み潰したような顔をしているが、青栄樹は優しい笑顔のまま平伏している女官の元へ行く。
「お前達、聞こえるような声でそのような事を話すのは不敬だぞ?陛下に報告させてもらう」
「そんな!!申し訳ありません!!」
「命だけはお助け下さい!!」
「⋯う⋯そんな⋯」
自分達の処罰を考えると震えが止まらない女官達。
「ここは皇宮だ。下手な噂話で身を滅ぼす事も多々ある。上級女官なら皇宮の恐ろしさを嫌と言うほどに分かっているだろう。他の女官にも伝えろ、このような噂話を流した者は厳重に処罰するとな」
静かだが怒りを含む青栄樹の言葉に涙ながらに頷く女官達は、緑光海や黄龍麒に睨まれ、居た堪れなくなり一礼して去って行った。
「青大将軍は優しいな」
嫌味を言うのは光海だ。
「あんたが冷酷すぎるんだよ」
青栄樹は溜め息を吐くと、それ以上は何も言い返さずに歩き出した。
少し気まずいまま、一同は皇帝陛下が政務をする“龍護宮”に到着した。そこには何人もの従者や女官、太監などがずらりと並んでいて、龍麒たちに気づくと深々と一礼した。
「開けろ、父上に用がある」
「龍麒殿下、今は紅州王と青州王が大事な話し合いをしております」
「その話し合いについての報告だと伝えろ」
龍麒の恐ろしいほどの迫力に、太監は冷や汗が止まらない。
「分かりました。お待ちくださいませ」
太監が“龍護宮”の中に入り、すぐに出て来た。
「お待たせ致しました。中にお入り下さい。⋯ですがそこの女官もご一緒でしょうか?」
太監はチラッと小蘭を見た。
「⋯⋯だったら何だ?文句があるのか?陛下に聞いて来てみろ!」
「ヒィ!申し訳ありません!」
龍麒の凄まじい怒りに太監は腰を抜かしてしまう。
「⋯⋯行くぞ」
太監を睨みながら、龍麒は“龍護宮”の中へ入って行った。その後を緑光海、青栄樹が続き、最後に小蘭が天ちゃんを抱っこして入って行く。
「来たな、親不孝娘!」
紅司炎が立ち上がり小蘭の元へ歩いて来た。
「父上!親不孝とは聞き捨てなりませんね!ちゃんと老後の面倒は見るつもりです!!」
小蘭の的外れな答えに、司炎は頭を抱えるしかない。
「おい、皇帝の話を聞いてくれ!」
「ああ、先に私の話を聞いてよ!調べて欲しい事があるのよ!」
皇帝陛下である龍飛の言葉を遮って、自分の意見を述べる小蘭に光海や龍麒、天ちゃんは笑っていた。だが、紅司炎や青栄樹、高青は苦笑いだ。
「おお、麗蘭!肥溜め掃除をさせられていたらしいな!大丈夫か!?」
「そうよ!こんな所にはいさせられないわ!早く栄樹のお嫁さんになりなさい!」
ここで司炎を押しのけて小蘭を心配するのは青州王と青夫人だ。
「こんな所にはって⋯」
青夫人の不敬すぎる発言に乾いた笑いしか出ない龍飛。
「なんで青大将軍の嫁になるんだ?それなら俺が嫁にもらう」
緑光海が青夫人に真っ向から反論する。
「ふん!お金があるのは良いけど、あなたみたいな冷酷な人に嫁いで苦労するのは麗蘭よ!?」
「麗蘭だけには優しいはずだが?」
バチバチと火花を散らす光海と青夫人。
「あのー?私は好きな人がいるのですが?」
「それよ!!一体誰なの!?貴女をちゃんと養い、守ってくれる人なの!そんな人は一握りだけよ?例えばうちの栄樹とか?」
「俺とかな」
また火花を散らす光海と青夫人に、周りはタジタジだ。
「えー!!麗ちゃん、好きなちとがいりゅのー!?」
聞いていた天ちゃんが驚く。
「この件は一旦保留にして!今は肥溜め掃除の件で相談に来たのよ」
「ああ、それは俺から詳しく説明する」
龍麒は肥溜め掃除の実態を皆に報告する。すると、皇帝をはじめ、司炎や青州王は次第に厳しい顔になっていく。
「つまり、貧困民が騙されて連れてこられて、衛生環境が整っていない場所で無休無賃で働かされ、死人が出たら肥溜めに捨てていたということか?」
「はい。責任者の男は既に拘束済みです」
「ここまで酷い事になってるとは⋯」
頭を抱える皇帝の龍飛。
「外の件は解決しました。だから今度は中を徹底的に掃除するつもりです。それが身内でも容赦はしない」
含みのある言い方をした龍麒だが、皆は誰か分かっているのか何も言わない。
「そうだな。まずは女官長である明月だ。腹心である女官達も次々と拘束済みだ。これから厳しい尋問が始まる。人事権を持っているのは女官人事課と、皇府にある人事課だ」
言いながら大長秋である高青を見る龍飛。
「⋯⋯申し訳ありません。私の落ち度です。都にいる仲介業者と繋がっている者を現在洗い出しています。無賃で働かせていたとなるとその金を横領していた事になります。女官長達も下級女官達に渡るはずだった賃金の半分を着服していました」
「何たる事だ!!」
声を荒げる龍飛。ここまで不正に塗れていた事に気付かなかった自分が情けなく崩れるように椅子に座った。
「外の脅威に対応するだけで精一杯だったのは分かるよ?でもそのせいで多くの人が苦しんでいたんだよ。私も女官になって分かった事もあった、じゃないとずっと分からなかったかもしれない」
娘である小蘭の言葉に司炎も反省していた。宰相でありながらここまで酷い状況だと気付いていなかった。外の脅威から国を守るのに必死だったと言えば言い訳になってしまう。
「大長秋として恥ずかしい限りです。この件は徹底的に調査、そして掃除させて頂きます」
高青も気を引き締めて深く一礼する。
「私はこのまま女官を続けながら掃除するわ!外が終わったら次は中よ!」
「天ちゃんもーー!!」
「え?」
「えー?」
「いや、天ちゃんはダメでしょ?」
「にゃんでや!」
「子供だからよ。それに女官はその名の通り女の人しかなれないのよ?」
「ガーーン!!シクシク⋯シクシク⋯」
「陛下、天ちゃんがわざとらしく泣いてるけどどうしたらいい?」
小蘭が最高権力者である皇帝の龍飛に押し付けた。
「天!大人しくしていてくれ、な?」
「にゃんでや!」
「何でもじゃ!」
「天ちゃんは麗ちゃんといたいの!だから変ーー身ーーー!!」
小蘭の腕の中で光り出したと思った瞬間には、黒い横縞が入った白い子猫になっていた。
「これなら大丈夫~!天ちゃんてんしゃい!」
「はぁ、天ちゃん?ここでは良いけど他の人の前では喋っちゃダメだよ?」
「ガッテン承知の助!!」
「⋯⋯」
信用ならない幼子に振り回される一同。
そして翌日に明月達が拘束されている尋問所に向かう事になり、小蘭も被害者で証人という事で同行する事になったのだった。