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あまり怒ると血圧が上がるから止めなと嘗て娘は言った




校舎裏なんてこのお嬢様が知る由もなく、記憶にもない薄暗い場所に連れて来られた儂は流石に恐怖を感じていた。せめてすぐに逃走出来るようにと距離⋯三メートルは確実に空けた状態で男子生徒と対峙する。改めて正面から男を観察してみる。ふむ、顔は⋯悪くはない。ベルナールと比べてしまえば劣ってしまうだろうが孫が昔熱を上げていたアイドルとやらの中に居ても何ら可笑しくはない、整った顔立ちをしている⋯が、妙に胡散臭い。目元を隠す様に終始髪を弄っているし、あろう事か制服もまともに着用していない。何ならずっと落ち着きがなくくねくねとしている。大の男が、だ。「なよなよするな!男なら堂々としろ!」と声を上げたくなるのを堪え根気強く男子生徒が話し出すのを待てば長い沈黙の後に漸く唇を開く。


「来てくれてありがとう、アントワーヌ嬢。殿下と婚約破棄したと聞いて居ても立ってもいられなくてさ⋯実は俺、前から君の事がす『いくら何でもこの男はナシよ、ナシ。告白を受けたりなんてしたら祟ってやるんだから!』

露骨に顔を歪ませたリリア嬢が視界の端からぬっと顔を出す。今朝の機嫌の良い顔から一変、般若と見間違う程の形相に思わず半歩足を引いてしまう。成程、分かったとリリアに向かって目配せした後に男子生徒に「ナシらしい」と告げたら「何が!?」と返されてしまった。リリアに返答を求めても『全部。』とだけ短く呟いて男子生徒を睨んでいる。一体この男が何をしたって言うんだ⋯と名も知らぬ男子生徒に憐憫の目を向けそうになったその時、

『だって所詮この人も私の家柄にしか興味無いんだわ。』

睨み付けたままぽつりと吐露する半透明の少女の姿に若かりし頃の儂が重なった様な幻を見た。

『私は確かに皇太子であるベル様の婚約者でありましたけど、婚約したいと思ったのは皇太子だからではなく幼い頃のベル様を好きになったからですわ。この人はきっと私の好きなものも癖も何も知りませんでしょう?』

どうやらこのお嬢様は中々に人間不信らしい。小さく溜息を吐いて男子生徒に向き直る。なるべく令嬢らしく、リリア・アントワーヌらしく振る舞うようにして。

「⋯私、貴方のお名前すらも存じませんの。」

「ぐっ⋯失礼、俺はルイ・ロペーズ。⋯身分では君に劣るかもしれないが君に恥じぬ様これから努めるつもりd『はああああああああああ〜〜〜〜〜〜???これから??これから努力すると言いましたの?この男!私達何歳だと思っておりますの!?17歳ですわよ、じゅうななさい!!来年には学園を卒業するというのに今からアントワーヌ公爵家に相応しい男になれるとでもお思いで!?』

キンキンと金切り声を上げるリリアとは反対方向に首を傾けてしまう。この時ばかり程難聴が恋しくなった事はない。喧しさに自然と表情が険しくなっていたのか、儂の顔を見た男子生徒は表情を強張らせている。しかしすぐに調子を取り戻したのかぎこちなく笑みを浮かべつつ鼻で軽く笑って見せた。

「君も皇太子殿下に捨てられた令嬢としてアントワーヌの名にキズが付いているだろう?それを見兼ねて俺が貰ってやると言っているんだ。幸い君はキズはあれど家柄も良ければ容貌も美しい。家柄こそ劣れど容貌も良く後暗い事もない俺と釣り合うとは思わないか?」

『なっ⋯!言葉を慎みなさ───』

顔を真っ赤にして怒るリリアの声を掻き消す程の笑い声が儂の口から零れる。大股で男子生徒に近付きネクタイを引っ掴んで引き寄せ、その脳天に勢い良く拳骨を食らわせる。とは言っても赤子並にか弱い女子の力だ、大した怪我にはならんだろう。それでも男子生徒は驚愕からか、蹌踉めいてそのまま地面に尻餅をつく。まさか一日で尻餅をつく側とつかせる側、両方の立場を経験するとは。そんなしょうもない事を頭の隅で考えながら男子生徒の身体を跨ぐように立って見下ろす。スカート丈は長いから下着が見える事もないだろう。

「何一つキズなど付いておらぬわ、この戯け者!なぁにが君に恥じぬ様、じゃ!女子に恥じぬ男になる為に女子を扱き下ろすのか!ええ!?」

「ひっ⋯!?い、いや⋯でも実際、婚約破棄されるような女は⋯」

「場合を考えろ!どう考えても婚約者がありながら他所の女に現を抜かす男が悪いじゃろうが!貴様は善と悪の見分けも付かんのか!!!」

仁王立ちで叱り付けてやれば男子生徒は見る見るうちに青ざめて泣き出しそうな情けない表情を浮かべる。さてはこのお坊ちゃんは親に叱られる事なく今まで生きてきたのだろう、だがそんな都合は儂には関係ない。間違った考えを持つ子どもは大人がちゃんと叱らねばいつまで経っても成長しないだろう?このまま謝罪の一つや二つ、と思った所で背後から聞こえる砂利を踏む音にゆっくりと振り返る。その拍子に「すみませんでした!」と叫びながら脱兎の如く逃げる男子生徒を追いかける事は出来なかった。それ程までに現れた人物は予想外だったのだ。

『ベ、ベル様⋯』

儂が説教する様子を茫然と見ているしか出来なかったリリアがぽつりと呟く。その声に僅かな絶望を滲ませながら。




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