第214話 人間性
俺達が攻撃を始め、漸く攻撃らしい攻撃が通ったこの瞬間。マチは口と目から血を流し――って、ああ待て待て! もう治っちまった!?
「……まさか、この私がここまで血を流す事になるとは。率直に言って、予想外です」
俺を見据え、マチがそう言い放つ。さっきまで流れていた血を綺麗に消えて、意識もしっかりしていらっしゃるようだ。だが、感触は良い。これなら、もしかするか?
「まさかマッサージで私がダメージを負う事態になるとは、夢にも思っていませんでした。その意外性、そして予想外の痛みを考慮して……合格とします!」
も、もしかしたあああああ! マチが両腕で〇を作り、合格を判断してくださった!
「よ、良かった、本当に良かった……! これで上位探索者達との顔繫ぎが上手くいく……!」
「ベクト、やったな」
「うむ、実にめでたい! 今夜は帰って宴じゃな!」
「私もそちらに参加し、幻の最終打である『體』を体験したいところですが、他の白の空間には行けませんからね。残念ですが、これもお預けの一環として受け入れたいと思います。あ、ベクトさんが習得した暁には、その実証実験の第一号に私を選んでくださいまし。喜んでお受けしますので!」
「あ、はい」
イレーネマッサージを受けたばかりだってのに、よくそんな事が言えたものだ。これが筋金入り、選ばれし変態の力なんだろうか。よし、深くまでは考えたくないから、ここまでにしよう。
「では、お約束通りウダルルムの討伐に参加致しましょう。ちなみに、お二人も参加されるので?」
「直にではないけど、見学か支援役って名目で参加する事になると思う。どうやったって上位探索者達と比べると能力が低いし、足手纏いになる可能性が高いからな」
「なるほど、ご自分の実力をよく分かっていらっしゃるようで。……ですが、たまには自らの足で地獄を体験しに行くのも乙なもので――」
「――あ、そういうのは遠慮してるんで」
それができるのはマチだけである。こっちが同じ事をしたら、普通に死んじまうっての。
「しかし、これで漸く準備が整ったんだな。参加者は発起人のルシウス、我々のパイプ役を担うクレストロ、そしてダディにアラリャネ、そこにマチも加わる訳だ。マチとクレストロ以外の面々とはまだ会っていないが、やはり皆、同レベルの実力者なのか?」
「いえ、その中にも実力差はありますよ。既にクレストロさんから聞いているかもしれませんが、ルシウスさんは大黒霊八体を討伐した、名実共に最強の探索者です。次点で大黒霊を七体討伐した私、その下にクレストロさん達が続いています」
「「「……」」」
その話を聞いて、俺達は思わず固まってしまう。え、マチって二番に強い探索者だったん? そりゃ硬いしダメージが通らない筈だよ……
「尤も、大黒霊を討伐した数で探索者の良し悪しが決まるものではありませんけれどね。相性によっては実力差をひっくり返される事も珍しくありませんし」
「それはそうだろうけど、マチにも苦手なタイプがあるのか?」
「強いて言えば、いくら話し掛けてもスルーされる事でしょうか。最近は皆さん、私がいくら攻撃を懇願しても、全然相手をしてくれなくて……なので、今回のお誘いは本当に嬉しかったんです。ああ、また皆さんの攻撃を味わえるんだな、って!」
「あー……」
味わうのはウダルルムの攻撃に限定してほしい訳ですが。つかまあ、いくら攻撃しても死なないし、執拗に趣味に付き合わされるとなれば、あとはガン無視するしかないわな。ある意味、上位探索者達にしては真っ当過ぎる対応だろう。逆に言えば、それくらいしか対応策がなかったとも言えそうだが。
「ま、まあともあれ、当日の戦いには期待しているよ。クレちゃんが連絡手段を考えておくって言っていたから、そのうちここへ現れ――は、しないか。暫くはマムの下から離れた方が良いかもな。ここだと絶対に会いに来ないから」
「その理由は全く理解できませんが、癖は人それぞれですからね。寛大な心で許容しましょう。では、久し振りに拷問エリアにまで足を延ばしてみましょうか。あそこなら問題ないと思いますし」
「そうかなぁ、そうかも……?」
もう行き先の名前からしてやばい雰囲気が漂っているけど、ここからはクレちゃんの仕事だ。これ以上は何も言うまい。
「それじゃ、今日のところはこれで失礼するよ。もう魔法の残弾もすっからかんだしな。当日はよろしく頼む」
「こちらこそ。それまでに最終打を会得していてくださいね、ベクトさん」
「無理言うなって……」
こうして命を賭したマチ・イタミの捜索&伝言任務が終わるのであった。ちなみに女神像に帰る道中、マムは例の部屋でまだ寝ている状態だった。それはもうすやすやだった。あんな近くで騒音を出しまくったってのに、よく眠れるものである。
「やっぱ異常進化種っておかしいんだな」
「聞こえてるぞ♪」
「ひえっ」
異常進化種の耳は大変に便利で狡猾だった。
◇ ◇ ◇
「――って事があってさぁ」
白の空間に戻り、酒場にてアリーシャ、サンドラ、イレーネを相手に今回の話をする。ダリウス? ああ、向こうで酒に浸かってるよ。オルカ? 何かモルモの採掘作業を遠くから覗き見しているみたいだよ。
「へー、自分から進んで攻撃を受ける探索者ねぇ。そんな変わり者が居るんだ? 私には全然想像できないや、痛いの嫌だし」
「アリーシャも! 受けるよりも受け流した方が痛くないもん!」
「アリーシャの場合、攻撃をそのまま敵に返すくらいはできそうだもんなぁ。けど、そこでイレーネのマッサージが炸裂して、無事に今回の苦難を乗り越えたって訳だ。イレーネ、本当に助かったよ。最終打の『體』まで習得していたら、ワンチャン倒せていたかもしれないぞ」
「褒めてくださるのは嬉しいのですが、ちょっと使用用途が違うと言いますか……ですが、ベクトさんのお役に立ったのであれば、それで良かったのかもしれません」
「お、イレーネったら照れちゃって~」
「て、照れてなんていませんよ!」
ああ、やっぱりマイホームは安心するなぁ。普通に会話が成り立つ事の何と安心できる事か。何よりも変な癖な会話が挟まらないのが良い。本当に素晴らしい。……討伐の当日、上位探索者達が集まったら、一体どんなカオスが形成されるんだろうか?
「それで、ベクトは『體』とやらを習得するのかい? なら、頑張らないとね。私が練習後に美味しいもの食べさせてあげるよ」
「美味しいもの!? なら、アリーシャも頑張る!」
「アリーシャさんは既に習得しているではありませんか。はじめてですよ、初見で『體』をマスターした方は」
「えへへ、そうだった~」
「アリーシャ師父はおっちょこちょいだなぁ、ハッハッハ! ……え、一度見ただけでマスターしたの? マジで?」
アリーシャができるようになった事は知っていたけど、一発成功は初めて知ったんですけど?
「大マジ大マジ、このサンドラさんもその時に同席していたらから、私が保証するよ。多分、アリーシャは英雄の器だったんだろうねぇ。ここに来て才覚が爆発したって言うか、これが生前だったら凄い事になっていたと思う」
「ですね。それこそ、ベクトさんの言う上位探索者にも匹敵するかもしれません」
「そうかな~?」
「いや、奴らと比較するのはアリーシャに失礼だ。流石に人間性に差があり過ぎる?」
「に、人間性ですか?」
はい、人間性です。間違っても、アリーシャをあっち方向に成長させてはならないのです。




