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第133話 パージ

 このタイミングでの壁の回転、予想もしていなかった出来事に、俺は驚くよりも先に逃げの一手を打つ事を優先していた。ただでさえ敵わない三つ首黒霊、それにステージギミックの隠し味が加われば、一体どういった展開になるのか更に予想がつかなくなる。双方とも俺にとっては最悪、ならばこの場から逃げるしかないだろう。そんな一直線で素直な思考だ。


「届けぇぇぇッ!」


 背後からブレスによる圧と殺意を感じつつも、視界に頼らず感覚のみでこれを回避、そして回転していない次の区画に突き進む。空蹴をリチャージする暇もなく、残りの多段ジャンプ回数は心許ないものだったが、何とか無回転ゾーンに着地成功。


「ハァ、ハァ……やっっっばかったぁぁぁ! さっきの俺、背中に目が付いてる感覚だったわ……! 勘さんに感謝! お中元届けなきゃ!」

「素晴らしいぞ、ベクト! やはりベクトは追い込まれるほど輝くものを持っているなッ! よし、もっと追い込んで行こう!」

「褒められるのは嬉しいけど、できる限り追い込まれたくないんだよね! フリじゃないよ!」

「相棒、オルカ、それよりも後ろを見てみよ。面白い事になっておるぞ」

「へ?」

「む?」


 ダリウスに促され、来た道の方へと振り返る。そう言えば、途中からブレスが止まったような気がしたが……あっ。


「あの三つ首、めっちゃ回転に巻き込まれてるじゃん……」


 そういやあの三つ首、遠距離攻撃や諸々の性能は随一だったけど、脚の速さだけは落第レベルだったっけ。氷を剥がして立ち上がったまでは良かったものの、トンネルの回転からは逃れられなかったようだ。奴自身も金属のボディを持ってはいるが、トンネルの壁は破壊不可オブジェクト製だ。頑丈さは数値で測れない差があり、高速回転する壁にかき回されて次第にバラバラに――うわ、首が一つ取れた。


「これまで黒檻のトラップには辛酸をなめさせられてばかりだったけど、それは黒霊も同じって事か。どれだけ強くなっても黒檻世界は油断大敵、うん、今まで以上に心に刻んだわ」

「単純な話じゃけど、それこそ真理とも言えるのう」

「しかし、ある程度あの回転にも耐えている辺り、三つ首の強さが表れているな。我々がアレに巻き込まれれば、一瞬でミンチになっていただろう」

「あ、あんま怖い事を言わないでくれよ、オルカ。想像力豊かな俺が想像しちゃうだろ……」


 とは言え、だ。強敵はギミックによって排除され、俺らは危険地帯から抜け出せた。これは精神的勝利と言えるのではないだろうか? ……言えないよなぁ。結局、奴を倒して吸収する事はできなかったし、杖ズミさんを一体失ってしまった。どちらかと言えば、これは敗北に等しい。


「そんなしょぼくれた顔をするな、相棒。確かにネズミっこを失ったのは事実じゃが、それだけで済んだのはむしろ運が良い方じゃ。最悪、ここで全滅もあり得た場面じゃぞ」

「……ああ、こっから切り替えて行くよ」

「よし、それでこそベクト――むっ、壁の回転がそろそろ止まりそうだ」


 そんなオルカの言葉の通り、高速回転していた壁が徐々にその勢いを弱めていた。三つ首は……これは酷い。呼び名である三つ首のうち、新たに生えた二つの首は根本からボッキリと破壊され、手足も複雑に折れ曲がって、とてもではないが立てる状態じゃない。どこもかしこも、あれだけの防御力を誇っていたのが嘘のように傷だらけ、無事な場所は皆無だ。


「流石の三つ首も、いや、もう一つ首か。一つ首も再起不能だな」

「改めてトンネルの壁が破壊不可能だと認識させられるな。今回の回転もそうだが、戦闘中、奴があれだけブレスを吐いても、壁には一切傷がついていなかった。見ろ、焦げ跡さえない」

「一点集中型のブレスを受けても、火花を散らすくらいでビクともしてなかったもんなぁ」

「……ところで奴の姿、一向に消えんのう。もしや、まだ生きておる?」

「「「……」」」


 沈黙し、奴の亡骸(推定)を注視する俺ら。確かに消える気配が全然ない。


「辛うじて生きているのか? あの状態で?」

「死んだフリ、にしては迫真が過ぎるな。ギリギリ生き長らえてしまったのか、それとも私達の油断を誘っているのか……」

「じゃが、これはある意味チャンスでもある。何せ、止めを刺す絶好の機会が巡って来たのじゃからな」

「うーん……」


 奴の止めを刺す事ができれば、激レアな霊刻印と莫大な経験値が入手できる。それはまず確定だと考えて良いだろう。間違いなく、これは最大のチャンスだ。しかし、オルカの言う通り油断を誘う為の演技だとすれば、新たなピンチに繋がってしまいそうで……うーん、俺の中で石橋さんと勘さんがすっごい言い争いをしておる。


「……まずは盾を直そう」


 先の戦闘で破損した刃の太陽を取り出し、オルカからダリウスに移した『修繕』で直していく。刃の太陽は数秒ほどで新品に近い形、ピッカピカな状態で復活するのだった。


「仮に奴が狸寝入りをしていたとしよう。なら、それでも問題のない距離で仕留めるまでだ。ブーメラン殺法なら、ある程度距離を離す事ができるし、止めを刺しても魔具と同じ扱いだ」


 そんな訳で有効射程距離まで近付き、投擲開始。ブレスを避ける必要がなく、それでいて正しく重力を受けた状態でのブーメランが、何と投げやすい事か。この時の投擲はまず間違いなく、今日一番の出来だった。美しき曲線を描き、それでいて抉り込むような鋭さを併せ持ち、速度も奴のブレスに迫る勢い。弱り切ったその金属ボディ、これであれば断ち切れる! 俺はそう確信した。 


 ――ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ!


 が、ここである変化が起こる。盾が奴に直撃する寸前のところで、金属の装甲が弾け飛んだのだ。一瞬、俺の攻撃でそうなったのかと勘違いしそうになってしまったが、そうではないと認識を改める。投じた盾はパージされた装甲に当たって軌道を変え、俺の下へと戻って来たのだが、奴のボディはその後も部位のパージを続け、外されたパーツが大量に地面へと転がる、転がる、転がる――遂には元々あったボディの大部分がなくなり、最早、首と尻尾くらいしか残っていない。こうなってしまえば、ブラキオサウルスと言うよりも蛇である。


「装甲も手足も他の首の根本もバラバラに……いや、破損した部位を外しているのか?」

「相棒、気を付けろ。嫌な予感がビンビンじゃ」

「奇遇だな。ちょうど俺もそう思っていたところだよ」


 パーツが外された事で表に出て来た部位、つまり奴の頭部と尻尾を繋ぐ細い胴体には、幾つもの噴射口が備わっていた。十中八九アレは道中で出会ったゴーレム、そしてうちのハゼ金にも付いている加速装置と同じ代物だろう。


「……ギギッ、ギギギギギギッ!」


 奴の不快な声がしたかと思えば、それに続いて爆発音がトンネルに鳴り響いた。ドラゴンブレスによる攻撃? 少しだけ違う。今のは噴射口から放たれた爆音だ。これまでのゴーレムはそこから黒煙を吹き出して加速を行っていたが、奴の場合は炎まで飛び出している。そう、これは……ブレスの炎による加速!


「ベクト!」

「分かってる!」


 ブーメラン殺法、追加投擲。しかし盾が奴の蛇ボディに届く前の段階で、攻撃は躱されてしまった。大地を這いずる、と言うよりも大地をスライドするように、奴が高速移動を開始したのだ。蛇ボディに備え付けられた噴出口からドラゴンブレスを解き放ち、超加速を実現させたのである。その速度は俺の全力スピードを軽く超えており、背中を見せても追いつかれるであろうものだった。


「おいおい、あんまり追い詰めてくれるなよ。石橋さんを叩く選択肢がなくなっちゃうじゃないか……!」

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