中編:抗いがたき、もふもふ本能 その2
その夜だった。
食事を終えた青空の尻尾の面々は、広間で団らんしていた。
「ミカさん、食器はわたくしが片付けますわ」
「自分も手伝うであります!」
テーブルの上の食器を皆で片付け終え、広間では各々好きな場所でくつろいでいた。
アゼルはテーブルの椅子に寄りかかり、ルシュカは床に敷いたカーペットに、足を延ばして座っている。
ミカはソファに座り、その隣にはクロが座っていた。ショーティアもソファに座り、リーナはソファで寝転がっている。
「ああ、ほんとこのソファ最高。あたしってば今小さいから、あまりスペースも取らないし。この体で数少ない、いいことの一つね」
「リーナ。僕が思うに、寝転がるのはだらしないよ」
「別にいいじゃないガリ猫」
「そうでありますよクロどの。皆仲間であります。少しぐらいだらしなくていいでありますよ!」
「そうだぜクロー。ウチも体が小さかったら、ソファに顔を埋めたいぜ」
「あらあら。でも少しお行儀が悪すぎですわ。食事のあとですし、できればソファにちゃんと座りましょう?」
ショーティアがそう言ったことで、リーナは仕方ないというように、ソファに座りなおした。
「リーダーに言われたら従うしかないわね」
そう呟いたリーナに、ミカが尋ねた。
「ん? リーナ、前は『リーダーに従うなんてくそくらえ』って言ってなかったか?」
「そりゃそうよ。誰が紅蓮の閃光のドランクなんかに従うもんですか。その点、ショーティアさんは、なんというか……ちゃんとしてるのよね」
「あらあら、ちゃんとしてる、です?」
「ええ。きちんとリーダーとしての役目を果たそうとしているのが、わかるもの。あたしは一応傭兵出身だから、リーダーらしくしている人には従うわ。でも、同時にリーダーらしく無い人には従わない。その点、ショーティアさんはドランクよりも全然責任感が強いし、リーダーに適してるわね」
「あらあら、まぁまぁ」
ショーティアは嬉しそうな、それでいて複雑そうな表情を浮かべた。そしてリーナに、こう尋ねて。
「おほめ頂き光栄ですわ。おっぱい揉みます?」
「えっ、お、おっぱい? ね、ねぇミカッ、これ、どう反応すればいいの?」
「慣れろとしか」
「慣れろって、ショーティアさん、リーダーとしては素敵だけど、おっぱいって……確かに大きいけれど」
「あらあら、では生でおっぱい揉みます?」
「揉まないわよ! 生とかそいういう話じゃないし! というかおっぱいとかどうとか言わないほうが……って、なんで逆にあたしがお行儀指導してるのよ!?」
自らノリツッコミをするリーナ。その姿を見て、アゼルやルシュカが大笑いしていた。
ミカも口を手で押さえて、笑いをこらえている。
「くっくっ……リーナ、楽しそうだな」
「う、うるさいわね! ショーティアさんがツッコみどころありすぎなのよ!」
そんなとき、アゼルが笑いながらリーナに話す。
「あっはっは! にしてもよぉ。リーナもすっかり馴染んじまったなぁ!」
「そ、そうかしら? たぶん、ミカッが一緒のおかげだと思うけれど。それに皆、すぐにあたしを受け入れてくれたしね。感謝したりないくらいだわ」
「リーナは俺と違って、元々女の子だし、馴染みやすいんじゃないか?」
そして、馴染むという言葉を聞いたリーナが、自分の尻尾に触れた。
「馴染む、ね。この尻尾と耳にも、早く馴染みたいものね」
自身の尻尾に触りながら、ふと顔を見上げたリーナは、周りの皆の尻尾を見る。
「よく見たら、皆尻尾の形とか結構違うのね」
そうリーナに言われて、皆が自身の尻尾を見た。ミカもそれに合わせて、自分の尻尾を見る。
「確かに皆、尻尾の形が違うよな。特に顕著なのは毛の長さだ」
ミカが言う。実際、皆毛の長さには差異があった。
「僕の毛は……一応、リテール族の中では長めだ。長毛タイプにはなるのかな。今の姿に僕の影響があるミカは……僕よりちょっと長いかな?」
「そうだな。でも一番長いのは、ルシュカか?」
「そうでありますな! 自分が一番長いようであります! でも、一番はリーナどのでありますな」
「あたしの尻尾は猫と言うより、狼だからね。もふもふよ」
尻尾の毛が比較的長毛な四人に対して、ショーティアは。
「わたくしは長くは無いですが、短いというわけではありませんわね」
ショーティアの後ろで、髪の色と同じ色の毛をもった尻尾が揺れる。
「んで、ウチは短毛だな。でもリテール族はウチみたいな短毛が多いはずだぜ」
「ん、そうなのか?」
「そうでありますよミカどの。短毛の方が多いであります」
「むしろルシュカや俺みたいな、ふわふわのタイプの尻尾は珍しいのか」
「でも、世の中にはもっと長い毛の尻尾を持ったリテール族がいるらしいでありますよ。それこそ、今のリーナどのの尻尾のように」
と、話しているミカとルシュカを見て、リーナが一つ尋ねた。
「ねぇミカッ、確か聞いた話だと、ミカッの今の姿は、ガリ猫に影響を受けてるのよね?」
「おそらくそうじゃないかと思う。視力とか、あとは体の若さとかはクロに近いし、実際ドラゴンに食われた時も、クロの髪の毛が混じってたからな」
「うーん……」
なぜか首をひねるリーナ。
「どうした?」
「いえ、ちょっとね。確かに髪の質とか体の大きさとか、体質はガリ猫に似てるかもしれないんだけど……」
すると、リーナはミカの顔をじっと見る。
「なんか、ミカッの目元、ルシュカッに似てるのよね」
「え? ルシュカに?」
「自分にでありますか?」
リーナに指摘されると、ミカの顔を他の皆もじーっと見てくる。
「あらあら、確かに似ている気がしますわ」
「そういやそうだなー。クロは垂れ目だけど、ミカァは釣り目だもんな! ウチらのパーティだと、釣り目って言えるのは他に、ルシュカとリーナだけだな!」
「自分とミカどのが似てるでありますか? なんだか照れるであります」
と、なぜか照れるルシュカに、リーナが一言。
「ま、頭の良さは天と地ほどの差があるけどね」
「ひ、ひどいでありますー! でも事実だから言い返せないであります! でもでも、自分はこれでも知識が豊富でありますよ! 一部では物知りルシュカちゃんと……」
とルシュカが何か解説らしきものを始めようとしたときだ。
ふと、アゼルが何かに気づいた。
「お? そういえばシイカはどこだ?」
そう言われて、ミカは周囲を見渡した。いつもならカーテンの影やテーブルの下、広間の入り口など、目に見える所に居るはずのシイカ。その姿が無い。
「ん、おかしいな。シイはどこに居るんだ?」
ミカがソファから立ち上がり、ふとソファ影を覗いた、その時だった。
ソファの影から飛び出してきたシイ。アサシン特有の素早い動きでミカの背後に回り込んだかと思うと、そのままミカの尻尾を、力強く握った。
「に゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ! な、なんだ突然! 尻尾はやめてくれ! 他人に触られると敏感なんだ!」
尻尾の感覚に完全に慣れきれないミカ。自分で触る場合はなんとも無いが、他人に触られると、どこかムズ痒さを感じてしまう。
ゆえにミカは、他人に尻尾を触られるのが苦手であったのだが。
「にゃ、にゃ、にゃ」
「あ、や、やめ……シイ、ど、どうしたんだ突然……に゛ゃ゛っ」
なおも尻尾を揉み続けるシイカに、ミカは体の力が抜けて、床に膝をついてうずくまってしまった。それでもなお、シイカは揉むのをやめない。
「し、シイカ、やめ……にゃっ、やめてくれ……」
なおもミカの尻尾を揉み続けるシイカ。そんなミカに助け船を出したのは、ルシュカだった。
「シイカどの! 自分の尻尾もふさふさでありますよ! 揉んではいかがでありますか!」
「もしくは、わたくしのおっぱいを揉みます?」
「……にゃ」
シイカはミカの尻尾から手を離すと、そのままショーティアをスルーしてルシュカの元へ向かった。
ルシュカは自身の尻尾をシイカの方へ差し出す。
「さぁどうぞどうぞ! ぞんぶんに触るであります!」
「にゃ」
「どうでありますか? ふさふさでありましょう!」
ルシュカはどんなに尻尾を触られても、ミカのようにはならず、平然としていた。
一方でシイカから解放されたミカ。ふらふらと立ち上がると、そのままソファへと座る。
そんなミカの悲惨な状態を見て、リーナは一つ疑問を口にした。
「ミカッも尻尾が弱いのよね。リテール族ってそうなの?」
「いや、僕はそこまで弱くはないよ。くすぐったくはあるけど」
「ウチも全然大丈夫だぜ」
「わたくしも、触られてもあまり。ですが、幼い、まだ尻尾になれていない子は、尻尾を触られると、くすぐったがる傾向がありますわ」
「慣れの問題なのかしら」
すると、ぐったりしているミカの隣に、ショーティアが座る。
ショーティアは優しくミカの尻尾に触れると。
「ショーティアさん……?」
「じつは尻尾ですが、訓練次第では性感帯にもなりますわ。それこそ、発情状態であれば第二の性感帯になります。尻尾や耳だけで絶頂することも、可能ですわ」
ショーティアは、優しく触れたミカのしっぽを、ふりふりと振った。
「見たところ、ミカさんは尻尾が性感帯に近くなっている様子ですわ。何か訓練でも?」
「いや……俺はそういうのはしてない……」
「でしたら、尻尾を性感帯として意識してしまう出来事がありました?」
ショーティアに尋ねられ、ミカは考える。
初めて尻尾を意識した出来事。強く意識したのは、風呂場でのことだった。
(たしか風呂場でくつろいでいるとき、クロが……)
はっとしたミカは、クロの方を見る。
「クロ、まさか俺の尻尾が敏感なのは」
「な、なんのことかなー……まさか僕がいじったからでもないしなー……わからないなー……」
クロが知らん顔をして顔を背けた。
「あらあら、意識し始めると、いつまでも敏感なままですわ。意識しないよう、努力しましょう?」
と、ショーティアがミカに提案したときだ。
ミカがふとルシュカとシイカの様子を見ると。
「あれ? どうしたでありますかシイカどの?」
シイカはルシュカの尻尾から手を離し、自分の手を見て手をわきわきとさせている。
そしておもむろにリーナへと近づくと。
「な、何よ」
「にゃ」
「わうっ!? に、握らないで! あたし何も悪いことしてない! やめてぇぇぇ!」
リーナの尻尾を揉み始めた。
そんな二人の様子を見たミカは、首を傾げた。
「シイはなんでリーナや俺の尻尾を?」
ミカの疑問に答えたのは、クロだった。
「僕にもよくわらかないけれど……何か、二人の尻尾だけの特徴があるのかもよ?」
シイカに尻尾を握られ、体の力が抜けているリーナ。まんざらでもなさそうに尻尾を握るシイカに、ミカは再度首を傾けた。




