中編:抗いがたき、もふもふ本能 その3
その翌日のことだった。
冒険者ギルドから依頼を受け、青空の尻尾の中から四人、ミカ、ルシュカ、シイカ、そしてリーナが依頼をこなしに向かった。
「むふふー、やはりSランクの方が二人居ると、全然違いますな!」
ルシュカが意気揚々と洞窟の中を進みながら言った。
そんなルシュカの背後には、ミカやリーナの手で始末された大量のボブゴブリンやらファイアオークなどのモンスターの山が出来ていた。
そんなモンスターの山を見るミカは、大きく息を吸って肩を落とした。
「たまにあるんだ。今回みたいにCランクの依頼だったのに、実際に依頼の場所に来てみれば、CやらBランクのモンスターがわんさかと居ることが」
ミカががっくりとうなだれる。
そう、ミカが今回受注したのは、Cランクの依頼だった。
「あたしたちが受けたのは、畑に痺れ毒をまき散らした、スタンスライムの討伐だったわね」
「そうだ。スタンスライム自体は、厄介な特性は持つが、危険なモンスターじゃない。畑にまかれた肥料の栄養を吸収しようと畑を荒らすことがある程度の、Cランクのモンスターだ。戦闘力もあまり高く無い。しびれさせてくる特性があるから、他のモンスターと出ると厄介だが」
その依頼を受けたミカたちは、原生生物の住む洞窟へたどり着いた。そこにはダンジョンから出てきたと思われる、ダンジョン産らしきモンスターも数多く潜んでいた。
想定外のことに、ルシュカをメインタンクに据えつつも、ほとんどの敵はミカとリーナが倒した。
そんな事態に、ミカは肩を落とす。
「本当はルシュカ、シイカの連携の練習にと思って、一番連携に慣れているリーナと来たんだが……さすがにこのモンスターの量だと、俺たちが倒すしかなかった……」
「……にゃ」
落ち込むミカの肩を、シイカがぽんぽんと叩いた。慰めているように見える。
さらにルシュカも、申し訳なさそうに言った。
「ぐぬぬ……自分らがまだ連携が不得意なばかりに……申し訳ないであります!」
「いや、連携については大分よくなってるよ。それこそ、もう青空の尻尾皆で行けば、Bランクは余裕な程度には。ただ、一般的なパーティは、大きい依頼じゃないかぎり、3人から4人で行動するこが多い。タンク一人、ヒーラー一人、アタッカーが一人か二人だ。そのあたりの連携は、もう少し二人に教えたくてさ」
「むむむ……なら、この先に居るであろうスタンスライム相手に、頑張るであります!」
そのとき、ミカは気づく。リーナが周囲を見渡し、くんくんと鼻をならした。
すると何かを感じ取ったように、ミカに話してきた。
「ミカッ。おそらく他のモンスターはほとんど討伐したわ。残るはスタンスライムだけよ」
「よくわかるな」
「この体になってから、鼻が冴えるのよね。他のモンスターの匂いはもう感じない。あと一つは、なんか酸っぱい感じの匂い。たぶんこれがスタンスライムね」
「よし、なら練習もかねて、さっさと倒そう」
そうして洞窟の奥へ、奥へと進んだ四人。
ようやくたどり着いた洞窟の最奥には。
「……居たぞ、皆」
洞窟の奥は少し開けた空間になっていた。
その空間の中央に、黄色い半透明のゲル状の液体が。それは動く液体、スライムと呼ばれるモンスターだ。
「あれがスタンスライムだ。半透明な体に、コアが見えるだろ? あれが弱点だ。あれを破壊すれば、飛び散る」
スタンスライムの体内には、体液よりも少し濃い球体が浮かんでいる。それがコアと呼ばれる弱点だ。
「ほほう。では自分は、どうすればいいでありますか?」
「タンクらしく、あいつを引きつけてくれ。ベルセルクはパラディンと違って、痛みとかで相手を引き付ける能力は無い。代わりに、『相手の食欲や怒りや恐怖といった本能を、魔力を含んだ声で増大させ、それを自分に向けさせる』スキルを持つはずだ。それでスライムを引きつけてくれ」
「いつものように、ひるませたり、脳を揺さぶる攻撃で敵視を集めるんで無いでありますか?」
「物理攻撃が有効な奴なら、ベルセルク特有のひるませる力で敵視を稼ぐのが普通だが、相手はスライムだ。物理攻撃はほとんど効かない。だがそれが駄目なら怒らせるスキルだ。怒らせることで強くなる敵には使えないが、スライムみたいな単細胞なら有効だ。食欲の本能しか無いからな」
「わかったであります! そのスキルは習っているであります!」
ルシュカが手にした斧を強く握った。次に、ミカはアタッカー二人に指示を行う。
「シイカ。ルシュカが敵視を集めたら、スライムはルシュカの方へ移動しようとする。すると、コアを守る液体部分が移動のため偏る。そしたら、薄い部分からナイフで一刺ししてくれ」
「にゃ」
「リーナ、確か今日は凍結弾を持ってきてくれてたよな? ルシュカが敵視を集めたあと、それを撃ち込んで動きを鈍らせてくれ」
「まかせなさい。あたしがコアに銃弾を撃ち込む方が早そうだけれど、今回はサポートにまわるわ。だから頑張りなさい、シイカッ」
リーナがシイカの背中をぽんと叩くと、シイカは素早い動きで、リーナに見えなくなるよう、ルシュカの後ろに隠れてしまった。
「……それ、隠れてないわよ?」
「にゃ」
「さて。俺はヒーラーだ。スタンスライムは体につくと、弱い魔力を流し込んでしびれさせる。しびれたら、俺が回復してやるよ。それじゃ、行動開始だ」
ミカが言うと同時、ルシュカがスタンスライムの前に出る。そして大きく息を吸うと。
「スライムゥゥゥゥ! こっちでありまぁぁぁぁぁぁぁす!!」
ルシュカが、耳が裂けそうになるほどの大声で叫んだ。その叫びはスライムの体を震わせ、ルシュカの声に含まれた魔力がその体に浸透してゆく。
すると、まるで本能に突き動かされるように、スライムがルシュカの方へと移動した。
「おお! こっちに来たであります! 人には効きづらいスキルでありますが、スライムには有効でありますな!」
そうしてルシュカがスライムを引きつけた瞬間、二発の銃声が響き渡った。
スライムの体内へと食い込んだ凍結弾は、スライムの動きを鈍らせる。
「今よシイカッ!」
「……にゃ!」
シイカがスライムへと迫り、液体の薄くなった部分から、コアに向かってナイフを突き立てた。
「ナイスだシイ!」
ミカがシイに言うと同時、シイカが素早くスタンスライムから離れると、スタンスライムの体がはじけ飛んだ。
スタンスライムだった半透明の黄色いジェルが、周囲へ飛び散り、ルシュカやリーナ、そしてミカはそれをまともに浴びてしまった。唯一、シイカだけは、その素早い動きで避ける。
そして体中にスライムが付着したミカは、苦い顔をしながら、体についたスタイムを振り払う。
「スライムとの戦いは、これが嫌なところだよな」
「うう、まだ体に慣れてないかしら……いつもなら避けられるのに、まともに浴びちゃったわ」
「うえー、気持ち悪いであります! まだ動いているであります!」
ミカ達の体についたスライムは、いまだにうぞうぞと動いている。
「ルシュカ、心配するな。スライムはもう死んでるよ。スタンスライムの特性で、動くものに張り付く性質があるが、その性質だけが残ってるジェルみたいなもんだ。何もせずにじっと動かないでいれば、あとは体から勝手に落ちて……」
とミカが言った瞬間だった。
ミカは感じた。
尻尾から、ひんやりとした感触を。
そしてミカは動かしてしまった。
ひんやりとした感触に驚き、思わず尻尾を動かしてしまった。
そしてミカの尻尾の動きに反応したジェルが、ミカの尻尾にさらに張り付こうと動く。
そうなれば、ミカの尻尾は実質揉まれたような状態になる。それはつまり。
「に゛ゃああああ!」
こんな状態になる。
ミカは突如として尻尾を襲った感触に、その場で蹲ってしまった。
「にゃっ! にゃっ! な、なんだ、これ、くそっ、スライムか! 俺の尻尾から離れ……にゃっ!」
ミカは尻尾からスライムを振り払おうとするが、スライムはミカの尻尾の動きにあわせて、さらにミカの尻尾を揉みほぐす。それにミカは体の力が抜け、動くことすらできなかった。
「ミカッ。何やってるのよ……わうっ!?」
そしてリーナにも同じ状況が襲う。リーナの尻尾にもスライムの一部が付着しており、完全にミカと同じ状態になってしまった。
蹲り、その場でもだえるミカとリーナ。そんな状況に、ルシュカはどうすればわからず。
「あわわ。自分は大丈夫でありますが……ど、どうすればいいでありますか!?」
慌てるばかりだった。
そしてシイカ。シイカはなぜか、二人の尻尾にまとわりつくスライムを見て。
「……にゃ」
どこかその無表情から、怒りを感じ取ることが出来た。
なおもミカとリーナは動けず、ルシュカは慌てるばかり。
「にゃっ! ぐ、こ、これじゃ、動け……にゃあ!」
「わぅっ、駄目、こんな、こんなCランクモンスターに、あたしが何で……わぅっ!」
全く動けないミカとリーナ。
すると、シイカはまるで何かが心の中で切れたように、突然動き出し、ミカの元へと向かった。
「し、シイ、どうし……」
「……にゃ」
するとシイカはミカの尻尾を、ミカの尻尾の根本を左手の親指と人差し指で円にするようにして掴むと。
「し、シイ、ま、まさか」
「にゃ」
「や、やめて、やめてくれ!」
シイカは、ミカの尻尾をしごくように、指を往復させた。
「に゛ゃあああぁぁぁぁぁ!!!」
ミカがこれ以上無いほどの叫び声を上げる。
「や、やめてくれシイ! 感じ……感じすぎる……にゃあああぁぁ!!」
しかし、シイカはしごくのをやめない。実際に、シイカのしごくような手の動きで、ミカの尻尾にまとわりついたスライムは、床へと落ちていっていた。
「にゃっ、にゃっ、にゃあああ!」
まるで発情期の猫のように声をあげるミカ。そしてシイカが一しごきするたび、まるで喘ぎ声のような声を漏らす。
「……にゃー」
そしてシイカは、しごくたびにビクビクと震えるミカの尻尾に触れて、なぜか楽しそうにしていた。
そんな様子を見ていたルシュカが気づく。
「あ、なるほどであります。シイカどのはモフモフなものがびくびくと震える感触が好きなのでありますね。たしかにミカどのやリーナどのしか、そうはならないであります。あー、でもわかるであります。程よい震えとモフモフ感……それに触りたくなるというのは、人によっては抗いがたい本能かもしれないであります」
なぜか一人で納得するルシュカ。すると、シイカはミカの尻尾を一通りしごき終えたようで、満足そうにルシュカのもとへと戻ってきた。
「むふー」
「シイカどの。いかがでありましたか?」
すると、シイカは物足りないといった様子。そしてシイカの背後には、口をだらしなく開き、顔を真っ赤にし、髪をぼさぼさに乱した様相で、床に突っ伏しているミカ。もはやとうてい、尻尾をしごける状況ではない。
となれば。
「ちょ……わぅっ! し、シイカッ、なんであたしを……わぅっ! 見るのよ!」
なおもスライムに尻尾を揉まれ続けるリーナに、一歩ずつ、シイカが迫る。
「い、いや……嫌あああああああ!」
Bランク以下のモンスターしか存在しない洞窟の中で、Sランク以上の実力を持つサポートヒーラーは床に倒れ伏し、Sランク相当の実力を持つガンナーが悲鳴を上げた。
そしてこの事態を引き起こしたのは紛れもない。
「むふー」
楽しそうに狼耳少女の尻尾をしごく、Cランクパーティに所属するアサシンの少女だった。
中編「抗いがたき、もふもふ本能」 終




