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16話 王女様と山盛りパスタ

 ミカ、クロ、ルシュカはアンジェラを連れて、冒険者用の宿へと戻って来ていた。

 以前ショーティアたちが泊まっていた宿とは違い、今は金銭的余裕もあるため、冒険者用としては比較的平均的な宿に泊まっている。

 しかしあくまで一般冒険者用。本来アンジェラが居るというのはかなり特殊な状態だ。


「受付の人驚いてたね。アンジェラ王女が来ていたことを」

「むしろ本当にアンジェラ王女か疑っていたでありますな」

 

 冒険者用の宿は、一人で泊まれる部屋もあれば、パーティ用に4人から8人まで泊まれる部屋がある。ミカたちが今回泊まっているのは、その広いタイプの部屋だった。

 広い部屋の場合、大概くつろげるダイニングスペースが設けられている。アンジェラはそこに置かれたソファに座っていた。


「まだ昼過ぎ。時間も時間だし、まだ俺たちしか帰ってきてないか。ん?」


 ミカが呟いたところで、気づいた。良く見れば、室内のカーテンから覗く一人。

 シイカが居た。シイカはミカに気づかれるとビクッと体を震わせ、そのまま素早い動きで隣の部屋へと姿をかくしてしまった。


「あの子、なかなか個性的ね。というか、あなたたちのパーティ、皆個性的よね。見てて面白いわ」


 アンジェラが言う。ミカはそれに笑みを浮かべながら、肩を落とした。


「それにしても災難だったわね。あの男、大昔に廃止された奴隷制を戻すっていう復権派って噂、というか確実なのだけれど、差別意識強くて嫌になるわ」

「それでアンジェラ、話っていうのは」

「そう、ミルドレッドに聞きたいことがあったのよ」


 とアンジェラは話すが、そこでミカが指摘する。


「なぁアンジェラ」

「何かしら?」

「よだれ、ヤバいぞ」


 アンジェラはソファに座りながら、いつものようなキリっとした表情であったのだが、その口からはとめどなくよだれが流れ出ていた。


「し、しふぁだないじゃらひ、こるらおいひいひほいほふうはんひへふへははは」

「よだれで何言ってるかわからないであります」

「あの、王女様、タオル、使いますか?」


 クロが手渡したタオルで口を拭いたアンジェラ。

 そのお腹からは『ドドドドドドド』と音が鳴っている。


「しかたないじゃない、こんなに美味しい匂いのする部屋に居たら、よだれも出るわ」

「匂いでありますか? あ、朝はミカ殿がここのキッチンを借りて料理を作ったでありますな。ここで食べたであります。」

「そうよ。ただでさえさっきのレストランでまともに食事を食べはへへははっはほひ」

「王女さま、タオルもう一枚どうぞ」


 そんなやり取りを見ていたミカが頭をかきながら、アンジェラに提案した。


「まず……飯食うか? 作ってやるよ」


 ミカのその言葉に、アンジェラがまるで宝石のように瞳を輝かせた。


〇〇〇


 宿は調理場を快く貸してくれた。それにはちゃんと理由がある。

 冒険者というのは、基本的には家事などが苦手だ。もちろん、料理や製作などを専門とするパーティメンバーを持つパーティも居るが、基本的には冒険者は戦闘の鍛錬などを主とするせいか、料理が上手な者は多くない。

 そんな冒険者、しかもリテール族の女の子が、料理をしたいと言い出した。宿の料理人たちは、興味本位で調理場を貸した。

 だが実際はどうだろうか。どうせそこそこ程度の腕前だろうと高をくくっていた料理人であったが、ミカの腕前を見て、それはそれは驚いた。

 絶妙な火加減、絶妙な味付け。細かな火の調節で、調理場に広がる香りが一気に芳醇になり、食欲をかきたてる。

 学術士にも通ずる、ミカの集中力、それが料理にいかんなく発揮されていた。

 そして完成したのは、卵やパンなど、一般的な朝食に見えて、三ツ星シェフも負けを認めるである美しいく、輝いて見える朝食。

 実際に少しミカから食事を分けてもらった料理人は、その味に感動してしまっていた。

 

「どうぞどうぞ! お使いください!」


 昼過ぎにミカが調理場に足を踏み入れると、まるで貴賓歓迎のような待遇を受けた。それに加えて。


「なぁちょっと聞きたいんだが、食材の量がヤバくないか?」


 見れば、調理場の隅には山のように詰みあがった料理に使う食材の山が。

 ミカが話を聞いたところ、なんでも「あなたの料理の味を再現するため」と言っていた。

 おそらくこの量になったのは、ミカの朝の言葉が原因だ。

 ミカが「なぜここまで美味しく作れるか」と聞かれた際、「朝食みたいな簡単な料理を美味しくするなら、経験と集中かな、0.1度もずれないレベルで、的確な温度調整、味付けを行うことだ」と言ったためか、おそらく試行錯誤するためであろう、大量の食材を買いこんでいた。

 そんな食材の山を見てミカが。


「金は払う。この食材全部使っていいか?」

「ええ、ぜひともお使いください! お金はいりません、お料理を分けて頂ければ」

 

 と料理人たちの許しを得たミカは、調理を始めることにした。


「さっくり作れるもの……即席パスタが大量にあるな。ミートソースパスタでも作ってやるか」


〇〇〇


 そしてミカ達の泊まる部屋には、天井へ届きそうなほどのパスタの山が。

 そのパスタを、ものすごい勢いでアンジェラは平らげている。


「おうっ、はむっ……おい、おいひい、おいひいよぉ」


 もはや王女の威厳はどこへやら凄まじい勢いで、涙を流しながらひたすらに貪り食う王女の姿を見てルシュカは。


「なんだか王女様は、アゼルどのと仲良くなれそうでありますな」

「アゼルでもここまで食べないんじゃないかな。このパスタ、三皿目だよ」


 クロの指摘通り、部屋のテーブルには、既に空になった巨大な皿が二枚。

 丁度三皿目を平らげたそのとき、ミカが部屋に入ってきて。


「おかわりだぞ」

「きたぁ!」


 さらに山盛りパスタを平らげるアンジェラ。

 その皿の枚数が15皿目に達したとき。


「ふぅ、腹八分ってところかしら?」

「ははは、相変わらずの大食いだな」

「品評会が開かれるっていうから、ゲストに志願して、あえてお腹を空かせていったのだけれど、死ぬかと思ったわ」

「はは。アンジェラに死なれちゃ、王国がヤバいことになるな」

「そう、ミルドレッド! あなたは王国を救ったのよ! 勲章ものよ! とうわけで私の親衛隊に入らない?」

「丁重にお断り致します」

「なんだ、ざーんねん。親衛隊に入れれば、いつでもミルドレッドのうんまい料理が食べれたのに」


 と、食事を食べ終えたアンジェラが一息つくと、ミカは尋ねた。


「それで、話ってのは?」

「へ? あ、そうだったわね。ミルドレッドに聞きたいことがあったのよ」


 アンジェラがミルドレッドに尋ねたかったこと。それは。

 

「あなた、男性の時は翡翠色の目をしてるわよね?」

「ん? ああ、そうだな」


 男性の時のミカの髪色は、若干淡さのある黒だ。よくある組み合わせでは、この髪色には濃い黒、茶色など、黒に近い瞳の色を持つことが多い。

 しかし、ミカの男性の時の瞳の色は、少し変わっていた。美しい翡翠色をしている。


「小さな頃は普通に黒だったんだがな」

「あら、そうなのね。でも、魔法の修練で瞳の色が変わるというのは、聞かない話ではないわ」

「そうだね。王女様のいう通りだ。僕の濃い紫色の瞳も、魔法の練習で変色したものし。でも翡翠色か……そこまで大きく変わるのは聞いたことが無いかも」

「ミカどのの瞳、翡翠色であったでありますか? 自分、男性のときのミカどのをあまり見てないので、気づかなかったであります」

「それでアンジェラ、翡翠色の目がどうしたんだ?」


 ミカがアンジェラに聞き返すと。


「ダルフィアって知ってるかしら?」

「ああ、もちろんだ」


 ダルフィア。その名前をその場に居た皆が知っていた。

 するとルシュカが。


「むむ! これは物知りルシュカちゃんの出番でありますか? 解説してもよろしいでありましょうか!」

「俺は知ってるから、クロにまかせる」

「僕も知ってるよ。バレンガルドから西にある属国、ファルフィストの町の一つであり、貴族御用達の、ちょっと変わった施設の多い町だ」

「ぐぬぬ、物知りルシュカちゃん出番無しであります」


 クロの話した通り、ダルフィアというのはバレンガルドの住民でも良く知る、属国の町の一つだった。

 貴族御用達の町で、貴族が好きそうな建物が数多く存在することで有名な町だ。

 

「モンスターアリーナ、バトルアリーナ、オークション会場、貴族の暇つぶしには良い町だな」

「そうね。その通りよ。ただ、表と裏の激しい町でもあるわ。表ではアリーナやオークション、そして魔法技術の市場で賑わう、ユートピアとまでは行かないけれど娯楽の町。ただ、裏では……」

「俺も知ってる。ブラックマーケット、闇オークション、人命を尊重しないアリーナが、地下の遺跡に作られている」

「ええ。はやく潰したいのだけれど、厄介なことに、各国の多くの腐った貴族達が利用してるせいで、介入が難しいのよ。潰せばかなり厄介なことになるわ」

「それで、そこと翡翠色の瞳の関係は?」


 ミカが尋ねると、アンジェラはすぐに答えてくれた。


「全部一気に潰すのは難しい。けれど、出来れば少しずつ潰していきたいのよ。まずは闇オークションから潰したいと思ってるわ。そのために調査員を潜入させたい。そこで、情報屋に色々と探らせてわかったことがあるのよ」


 アンジェラは懐から一枚の紙を取り出した。そこには、頭に角の生えた、黒髪のオーガ族の女性が描かれている。


「このオーガ族の女性。表と裏、両方のオークションを取り仕切っているリマ・リアという名前なのだけれど、どうも彼女、『翡翠色の瞳を持った女性』を探しているらしくて。おそらく表のオークションで働きたいと願い出れば、翡翠色の瞳を持った女性ならば、すぐに重用されるだろうという話よ」

「むむむ、つまり王女様は翡翠色の瞳を持った女性をお探しでありますか」

「ええ。だから同じ瞳を持った実力のある知り合いが、ミルドレッドに居ないか尋ねたかったのだけれど」


 ミカは首を横に振った。


「学術士の知り合いは居ないことも無いが、同じ色の瞳を持った奴は居なかった。他の魔法使いでも聞いたことはない」

「うーん、そうよね。瞳の色を変える魔法を使っても、オークション会場前では防犯のために解呪対応されてしまうのよね」

「この件に関しては力になれそうにないな。すまない」

「いいのよ。むしろパスタを食べさせてもらって感謝したいくらいだわ」


 するとアンジェラはソファから立ち、小さなため息をついた。


「闇オークション、本当につぶしたいわ。人権を無視した取引がされてる。調査したかぎりじゃ、数日後にまた怪しい品々が続々出るらしいわ。黒龍の逆鱗、カオスグリモア、魔女の鮮血……」


 とアンジェラが呟いたところで、ミカがアンジェラに尋ねた。


「待ってくれ。今何が出るって?」

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