11話 サポートヒーラーとリバウンドの影響
夜が明けて。あの人狼による被害が、凄まじいもとだということが明らかになった。
人狼が通ったと思われる森は、木々がなぎ倒され、その力が強烈であったことが明らかだ。
人狼に襲撃された、ミカたちが居た温泉宿。そこを除けば、幸いにも人的被害は無かった。
ミカとショーティアの的確なバリアとヒールにより、幸いにも死亡者は居なかった。それでも、負傷者は少なくなかった。
「ここが、あの爆発の現場か」
翌日の昼。ミカとショーティアは、おそらくはあの人狼が原因であろう、昨日起きた爆発の現場へとやってきていた。
残りのメンバーは、パーティハウスで休息を取っている。
「ひどい状況、ですわ」
ショーティアが言う。実際、現場は凄まじい状況だった。
爆発はおそらく地面の下で起きたのであろう。周囲の地面は広範囲にわたって陥没し、消し炭になった木々で黒くなっている。
現在はその周囲を、ヴェネシアート直属の兵士たちが調べていた。
「ミカさん、思うにあの人狼は、ここから現れたのでしょうか」
「そこは調べてみないと、だな」
二人が話していると、その二人に割って入るように、背後から話しかけてきた人物が居た。
「また、君たちに助けられたようだ」
ミカが振り向くと、そこには軍服に身を包んだ、長いブロンドの女性が。
「提督?」
ヴェネシアート海軍の提督、その人が居た。
「一連の話は聞いている。君たちが居なければ、あの宿の宿泊者は、全てやられていただろう。ヴェネシアートを代表して、君たち感謝する」
「……いや、俺はあいつを倒せなかった」
「生き延びた冒険者達の目撃証言からして、Sランク、もしくはS+に相当するモンスターだろう。死者を一人も出さず、生き延びただけでも素晴らしい」
そう、確かに相手はS+とも言える強力なモンスターだった。
しかし、ミカは本来倒せた。人狼を、地面に倒れ伏させるほどには、ダメージを与えていた。あとはとどめを刺すだけだった。
だが、ミカは躊躇してしまった。人狼が自分の名前を呼んだから。どこか懐かしい瞳で、自分の名前を呼んだから。
「ところで、提督さん、おひとつお伺いしてもよろしいでしょうか?」
ショーティアが提督に尋ねる。
「どうした、言ってみろ」
「たしか陸地は海軍の、つまり提督さんの管轄ではないと、以前お伺い致しましたわ。何故提督さんがこちらに?」
「事態が事態だ。Sランクのモンスターが、突如ヴェネシアート近郊に出現した。ヴェネシアートの陸軍は元々規模が大きくはない。故に、海軍も総出で今回の事態にあたることになった」
すると提督は森の奥を見つめて、話を続けた。
「既に海軍と特別契約をしているSランクパーティに要請し、人狼の行方調査に当たらせている。先ほど、川の側に抜け落ちた銀の体毛が発見された。おそらくは傷ついた体で、川に落ちたものと思われるが……警戒は続けねばなるまい。幸い、大空洞の入り口の一件で、ヴェネシアートにはSランクの冒険者も多数集まっている。彼らに依頼しつつ、陸軍、海軍総出で警戒を強める方針だ」
「そうか……人狼は川に」
ミカは考える。普通のモンスターならば、あの傷で川に落ちたら助からないだろう。だが、あの人狼なら生きている可能性もありえなくない。むしろ、生きている可能性が高いまである。
そうしてミカが考え込んでいると。
「ん?」
ミカの視界に、とあるものが映った。
それは、どこかの兵士の姿だ。だがその兵士が身に着けているのは、ヴェネシアート軍特有の赤い軍服ではなく、バレンガルド王国軍を彷彿とさせる、青を基調とした鎧だ。
その兵士たちは、ヴェネシアートの兵士たちと入れ替わるように、陥没した地面に降り始めた。
ミカが提督に尋ねる。
「あれは?」
すると、提督は悩ましそうに頭を抱えて答えた。
「バレンガルド王国、ブライアン王子直属の親衛隊だ。話を聞きつけた王子が、ここの調査を担当すると言ってきた」
「あらあら。確かブライアン王子様は、変わり者で有名でしたわねぇ。よく、未解決事件やおかしな事件に顔を出すとか……あまり解決した事件は無いともお伺いしましたが。しかし、ブライアン王子様自体は、ほとんど公の場に顔を見せないとか」
ミカは思い出す。王国には複数人の王子と一人の王女が居る。その中でも特に目立っているのがアンジェラ王女で、兄は目立たず、弟にはあまり良い噂を聞いていなかった。
ブライアンはアンジェラの兄に当たる人物。式典などにもあまり顔を出さず、Sランクパーティに所属していた頃でさえ、ミカはブライアンを目にしたことが無かった。
「我々ヴェネシアート軍としても、バレンガルド王国の属国という立場上、無下にはできんのでな。ここの調査は、以後彼らに引き継ぐことになった」
「確かに、突然現れた強力な人狼。噂に聞くブライアン王子の好きそうな話だよな」
そう話していると、提督がミカとショーティア、二人に労うように言った。
「君たちも疲労しているであろう。あとは我々に任せ、休息するといい」
「そうだな……そうさせてもらうよ」
「ではミカさん、帰りましょうか」
そうして爆発の現場を後にするミカ達。そんなミカを見て、提督が一つ尋ねた。
「おや? 君、グリモアはどうした?」
ミカの腰のホルダーにいつも取り付けれていたグリモア。それが無いことに気づいた提督が尋ねた。
さらに、提督は話を続ける。
「君は師匠と同じく、高い実力を持った魔法使いだ。君ほどの力であれば、グリモアが無い魔法の使用は命に関わるだろう。常に身に着けておくべきだ」
「ああ……そうだな」
〇〇〇
パーティハウスへと帰ってきたミカとショーティア。二人を青空の尻尾のメンバーは明るく出迎えた。
幸いにもアゼルやクロ、そしてルシュカの傷は浅く、今はヴェネシアート軍の治療師から受けたヒールで完治していた。シイカは元々ダメージを受けていなかったので、いつものように広間のカーテンの影に隠れていた。
となれば、皆が気にするのはミカとショーティアだ。
「おいおいショーティア、大丈夫なのか!? ヒールでめっちゃ魔力使ったって聞いたぞ!?」
「ええ、問題ありませんわ。少し休めましたし、ミカさんに作って頂いたポーションのおかげで、魔力の大半は回復しております」
魔力を使いきって疲弊していたショーティアも、ほとんど回復している。
しかし、ミカはそうではなかった。
「ミカ……リバウンドは大丈夫なのかい?」
クロがミカの体を心配する。
ミカの体は、強力な魔力を武器無しで使用したことによるリバウンドのダメージを受けていた。ショーティアのヒールによりほとんど回復はしているが。
「まだ手足に痺れは残っているが。このくらいなら問題ない。しばらくすれば回復するさ」
完治はしていないものの、黒ずみは残っておらず、残ったのは痺れだけだ。
「わたくし、リバウンドの治療にあたった経験がありますが、しびれはどうしてもしばらく残ってしまいますわ。それに、そのしびれがある間は、素手で魔法を使用すると、リバウンドのダメージも大きくなる傾向があります」
「ではでは、しばらくミカどのは魔法を使わないほうが良いでありますな」
「いや、低級グリモアでもいい。武器さえあれば問題ない」
「でも、そんなキミに魔法を使わせたくないよ」
皆がミカの体を心配している。
(情けない……皆をこんなに心配させてしまうなんて)
だが、リバウンドの影響が出ているのは事実。だからこそ、ミカには第一にやらないといけないことがあった。
「ショーティアさん、相談がある」
「あらあら、なんでしょう」
「パーティの金なんだが……いくらか使ってもいいか? 結構な額になる可能性もあるが」
「ええ、もちろん、ミカさんのためなら問題ありませんが。何に使われるのです?」
ミカは痺れの残る手を見ながら握りしめ、答えた。
「紅蓮の閃光から追放された時に、全財産と共に奪われた俺のグリモア……『カオスグリモア』を取り戻す」




