中編:ダンジョン攻略とサポートヒーラーの思い出 その5
その後も、ミカ達は順調にダンジョンを下っていった。
ある程度の道具などは消耗しつつ、時折アゼルやルシュカがタンク故に傷つきつつも、難なく地下へと進んでいった。
そして今、ミカ達は長い階段を降りている。
「にしても、案外よゆーだなー! Bランクのダンジョンだったか?」
アゼルが一番前で階段を降りながら言った。それに対し、ミカが答える。
「正確には中間ってところか。Cランクのモンスターメインで、ちょいちょいBランクのモンスターが混じっていた感じだしな」
「ぐ、ぐぬぬう、袋が重いであります!」
「あらあら……分けて持ってもいいのですわよ?」
「ダメであります! 入院してて活躍できなかった分、ここでがんばるであります! ふぬぬぬ……!」
と、重そうにしているのはルシュカだ。
モンスターから手に入れたマナストーン。その量はミカ達が思っていたより多かった。それこそ、当初道具などを入れるために持っていた背負い袋が、一杯になってしまうほどだ。
「なんだかんだマナストーンも石だからな。結構な重量になるはずだ」
「ルシュカ。僕が思うに、少しは置いていったらどうなんだい? 別に無理して全部持って行く必要は」
「ダメであります! お金になるものは持って行って……あわわわ!」
と話していたところ、ルシュカは階段から足を踏み外してしまった。幸い踏みとどまったものの、背負っていた袋がひっくり返り、中から大量のマナストーンがこぼれ落ちた。
「あわわわ! やってしまったでありまーす!」
「あらあら」
「しょうがない、急ぐか」
あわてて落としたマナストーンを追って階段を駈け下りるルシュカ。それに続くように、ミカを含めた皆も急いで階段を駈け下りた。すると。
「ほわあああ! あ、危ないであります!」
「どうしたルシュカ!?」
ルシュカが叫んだ。ミカが急いでルシュカの元へ向かう。そこでミカは、ルシュカが叫んだ理由を知った。
階段を降りた先。そこは、細い通路だった。人が二人並べるほどの細い通路だ。
だが、ただの通路ではなく、通路の両端は穴。深く、底が見えないほどの穴だ。
穴は通路の左右に遥か遠くまで続く。その通路、それはさながら、長く細い橋のようだった。
「うひゃあ、落ちたらひとたまりもねぇなぁ!」
「……にゃ」
シイカが穴の底を見て体を震わせた。そんな時。
「……」
「ん? どうしたんだいミカ」
「ああ。ちょっと考え事をな。とりあえず、先へ進もう。ルシュカ、マナストーンは階段に置いていけ」
「こ、これでは仕方ないでありますな! 置いてゆくであります!」
「アゼル。先導を頼む」
「よしきた!」
「あと、不意打ちに注意してくれ。こういうところは、いきなり不意打ちされることがあるから」
「お、おうよ! まかせとけ!」
そうして慎重に通路を進むミカ達。その通路は長く、数分ほどミカ達は歩き続けた。
「ミカ、もしかしてこの階層が最後かな?」
「ああその通りだ。モンスターも居ないし、このパターンだと」
しばらく歩いていると、アゼルが何かに気づく。
「おい! あれ、宝箱じゃねぇか!」
「宝箱でありますか!? すぐ向かうであります!」
通路の先。そこにはぽつんと宝箱が置かれていた。それを見たミカは。
「なるほど、あのパターンか」
「ミカさん? いかがいたしました?」
「安心してくれ。こういう時こそ、学術士の出番だ」
ミカが本を取り出す。そして宝箱に向かったアゼルとルシュカが、その手を宝箱にかけ、開いた。
「お! なんかすげーぞ!」
「これは! ミカ殿、見てくださいであります! 星型の宝石であります!」
アゼルがその手に、星の形をした、黄色く輝く宝石を持ち、ミカに見せてきた。そのとき。
「にゃ……!」
シイカが小さな驚きの声をあげた。
見れば、穴の向こうがわ。闇でしかなかったそこに、赤い光が二つ浮かんでいた。それはさながら、目のようだ。
二つだけではなく、四つ、六つ、八つ。その数は一瞬の内に増えた。
「げぇっ!? なんだってんだ!?」
「あれは……そうだ! 僕、本で読んだことがある。あの赤い目……ストーンヘッズだ!」
「なんでありますかそれは!」
「確か、ダンジョンとかに居る侵入者撃退用の石造りの頭だ。浮遊能力を持ってて、目から魔力の光線を放って攻撃するっていう……」
「あらあら……あまり良い状況では、ありませんわね」
「一発撃てば沈黙するはずなんだけれど、威力はBランクの上位なはず。この数じゃ……」
と、皆が混乱しかけていたとき。一人冷静を保っていたミカは。
「アゼル」
「な、なんだ!?」
「アゼルの向かって右斜め前。12秒後に一発目がそこから来る。そいつだけ、盾でパリィ(受け流し)てくれ」
「わ、わかったぜ!」
「ショーティア」
「準備は出来ていますわ。ミカさん、頼りにしていますわ」
ミカが次に指示を出そうとしたショーティアは、その杖の先をアゼルの盾に着け、呪文を唱えた。
それはミカがショーティアに指示しようとしていた行動だ。
「ライトニングシールド」
杖の先から盾へ光が移動し、盾が一時的に強化される。
「よし。あとは皆。俺を信頼して、動かないで居てくれ」
一発目の光線が、ミカが予測した方向から放たれた。
「うおおおお! パリィ!」
アゼルが放たれた光線を弾いた。それは極めて強力な一撃。ショーティアの魔法での強化が無ければ、盾が弾かれていたかもしれない。
一発目が放たれて一秒もないその瞬間、周囲のストーンヘッズから、一斉に光線が放たれた。
だが、青空の尻尾の皆は、慌てる様子の一つも無かった。
ミカの言葉を皆が皆、全力で信頼していた。
「反射魔法障壁、展開!」
ミカが攻撃を反射する魔法障壁を展開する。
無数の光線が、その攻撃を発したモンスターの元へと反射されてゆく。
その時、ミカの脳裏にはとある記憶が蘇っていた。
よく似たダンジョン。ほぼ似たような状況に陥ったダンジョン。まだリーナが居ない時だ。
あの時、自分はパーティリーダーに『一発目だけ攻撃を弾いてほしい』と言った。
そして幼馴染に『彼の盾を強化してほしい』と言った。
あとは皆に『絶対動かないでくれ』と言った。
何一つ守られなかった。あろうことかリーダーが攻撃を避けたため、幼馴染に攻撃が命中した。
反射魔法障壁は範囲が狭い。だから動かないでほしいと伝えた。だが皆は細い通路を落ちそうになりながら逃げ回った。
ミカは反射魔法障壁を張らず、自分が被弾しつつも、逃げ回る味方に必至に単体の魔法障壁を貼り続けた。
最悪の事態は免れた。だが、なぜか責められたのは自分だった。
本を手に反射魔法障壁を展開するミカ。その視線の先には、自分を信頼してくれている今のパーティメンバーが居る。
魔法障壁の外で起きる爆発に驚きつつも、全幅の信頼を寄せてくれている、仲間が居た。
〇〇〇
「だあああ! くっそ! 悔しいぜええ!」
ダンジョンから帰還し、夕暮れの中、ヴェネシアートへと向かうミカ達。先を歩くアゼルが叫んだ。
「アゼルどの。仕方ないでありますよ」
「あらあら……気になさらないでもいいのですわよ?」
「でもよぉ! ウチがもうちょい上手ければよぉー! 宝石は落ちなかったはずだぜ!」
ダンジョンの最奥で見つけた宝石。アゼルが手にしていたが、光線を弾くために盾を構えた際に床に落としてしまい、さらにアゼルが最初に光線を弾いた際に発生した強い衝撃で、穴へと落ちてしまっていた。
「……にゃ」
「ちくしょー! ウチのせいだー!」
シイカがアゼルの手を引っ張るが、悔しがるアゼルはそれに気づく様子が無い。そんなアゼルに対してミカは。
「まぁ、アゼルのやり方は間違ってなかったと思うぞ」
ミカはアゼルの立ち振る舞いから考えていた。おそらくアゼルは、光線を弾く衝撃を、味方の居ない方へ流そうとしたのだと。それが宝石を落とした方角であったため、衝撃をもろに受けた宝石が、穴へと落ちていってしまったのだと。
「……にゃ」
相も変わらずアゼルの手を引っ張るシイカ。しかしアゼルは気づく様子が無い。そんなアゼルを見ながら、少し呆れつつも笑みを浮かべていたミカであったが。
「めっちゃ高そうな宝石だったよな! もしかしたらとんでもねぇお宝だったかもしれねぇ! くそー! もっとウチも訓練しねぇとな! ミカ見たいにもっと皆を守れるようにならねぇと!」
とアゼルが呟いたとき。ミカは足を止めた。
「ん、どうしたんだいミカ」
一番後ろを歩いていたクロが、ミカが足を止めたのに気づく。するとミカは。
「守る、か」
ミカは思い出した。パラディンになれなかったとき、何故自分は本を、学術士になったか。
血の繋がっていない父からは暴力を度々振るわれ、そんな自分を母は守ってくれなかった。
誰にも守られなかった。だからこそ、ミカは誰かを守りたかった。だからパラディンを目指した。そして、学術士になった。
だが、誰かを守っても感謝されず、いつしか理由を忘れてしまっていた。
「クロ」
「なんだい?」
「本当に、楽しいな」
「ん? ああ、そうだね。皆と過ごすのは、とても楽しいよ」
「おふたりともー! どうしたでありますかー!」
気づかず二人より先に歩みを進めていた4人は立ち止まり、ミカたちを待っていた。
「……んじゃ、帰るか」
夕暮れに染まった空の下。そう言ってミカは、クロと共に少し駆け足で、仲間たちの元へと向かった。
〇〇〇
その夜のこと。
「ん?」
製作をしていて、少し夜更かしをしていたミカ。既に他の皆は寝てしまったらしく、同じくミカも寝ようと広間の前を通った。
そこで、ミカは広間に何者かが居ることに気づいた。
「ん、シイ……」
と、ミカが名前を呼ぶよりも速く、シイカが凄まじい勢いでカーテンの影に隠れた。
「どうしたんだこんな時間に……」
「……にゃ」
シイカはミカ以外いないことに気づいたのだろう。とてとてとテーブルに向かって歩くと、テーブルの上に置かれたものを指さして言った。
「見てほしい……にゃ」
「ん? あれ、これって」
それは黄色い星型をした宝石。穴に落ちたとばかり思っていたものだ。
「ずっと……アゼル……渡そうとしてた……にゃ」
「……ああ、だからなんどもアゼルの手を引っ張ってたのか」
パーティハウスに帰るまで、シイカは何度もアゼルの手を引っ張っていた。しかし後悔と反省をしまくるアゼルは、それに気づかず1日が終わっていた。
「にしてもシイが拾ってたのか? いやでも、あの衝撃で宝石は吹っ飛んだはずだし、どうやって」
「……シイ……飛んだ宝石に……これ……なげた……にゃ」
そう言ってシイカは投げナイフをミカに見せてきた。
「まさか……投げナイフで軌道を変えてキャッチしたのか」
「にゃ」
「す、すごいな」
「むふー」
誇らしげな表情を浮かべるシイカ。そんなシイカはミカに向けて、両手でいつものピースサインを作っていた。
これにて中編その1は終わりでっす!
次からは三話分の短い中編挟んだあとに、長編突入予定でっす!




