26話 猫耳パーティ、出品する
あまりにタイミングが良すぎた。
新しい大空洞の入り口の話を聞き、ヴェネシアートには続々と冒険者が集まっていた。
その多くはBランク以上。ある程度実力があり、金銭的な余裕もある冒険者たちだった。
毎日のように冒険者ギルドはごった返し、彼らを相手にした商売を行う者も現れた最中のこと。
「さぁさぁよってらっしゃい見てらっしゃいであります!」
冒険者ギルドの前での売込み。これは珍しいことではない。
商人が自分の商品を冒険者に売り込んだり、冒険者自身が素材や装備などを、このようにして売ることもある。
言わば当たり前の光景であるため、普通の冒険者ならスルーであろう。だが、売込みを行っているグループは非常に珍しいグループであり、多くの冒険者が足を止めた。
「今回は我々、『青空の尻尾』パーティより、画期的な魔道具を販売したいと思うであります!」
それはミカ、クロ、そしてルシュカ。全員がリテール族の少女だ。
リテール族は極めて少ない少数種族。一人で町を歩いていても、視線が集中することは珍しくない。
それが3人である。人目を引かないわけがなかった。
魔鏡石を作成してから数日後、ミカたちは港町へ売り込みに来ていた。
多くの冒険者が見つめる中で、ルシュカが冒険者に、新しい商品の紹介を続けた。
「今回ご紹介するのは、この『魔鏡石』! これは東方の国より伝来した技術を用いた装備の外見を変える道具であります! では、実際にご覧くださいませ!」
ルシュカの合図とともに、薄いシャツとショートパンツという簡素な恰好だったミカが、学術士用の装備を身にまとった。
とたんに、その装備は外見を変化させ、セーター姿へと変貌する。
『おお、セーターに変わった!』
『影移しという技術ですね。面白い』
『あの服かわいいわね。どこかで売っているかしら』
人込みの中から声を察知したルシュカが、一人の長髪の女性を指さす。
「ではそこのヒューマンのあなた! 見たところ元素魔導士のクラスでありますな! その黒いローブ!」
「え、ええ、まぁ」
「戦闘中、もっとかわいい恰好ができたらなぁ、とか考えたことはありませぬか!?」
「あるにはあるけれど」
「もしよろしければ、あなただけ特別! そのローブの外見をこのセーターに変えて差し上げましょう!」
「面白そうね。やってもらおうかしら」
「言質は取ったでありますよ? ではミカ殿、お願いするであります!」
「わかった」
ミカは傍に置いていたカバンの中から、セーターとストール、そしてスカートを取り出した。
「じゃあ元素魔導士さん、この魔鏡石を……」
ミカは手取り足取り教えながら、元素魔導士に魔鏡石を使わせる。
「最後に、今身に着けているローブに石をかざしてくれ」
「ええ……まぁ、私のローブが!」
ローブが姿を変えて、かわいらしいセーターとスカートになる。
「あくまで見た目を変えただけだ。防具としての性能は維持したままだよ」
「へぇ、すごい! こんなかわいい恰好で戦えるの!?」
喜々とする元素魔導士。その様子を見ていた冒険者たちのざわつきが大きくなった。
『で、でもよう』
一人の大柄な男性が、ミカたちに問いかける。
『これ、危険じゃねぇか? 手にするだけで外見が変わるなら、装備の手入れとかは』
「ああ、それは大丈夫だ。元素魔導士さん、衣服に意識を集中して、戻れって念じてみてくれ」
「え、えーと、戻れ!」
すると、元素魔導士の身に着けたセーターが、ローブに変わる。
「こんな風に見た目を戻すことも可能だ。再度『変われ』って念じれば、またセーター姿になるよ。あと注意点として、装備が劣化してくると、この外見を変える効果が一時的に失われる。逆に言ってしまえば、外見が変わらなくなったら手入れ、または買い替え時ってことだ」
すると、また別の女性が質問する。
『で、でも、そんなの武器の外見を変えたりしたら、犯罪に使われるんじゃ』
「そこも安心してくれ。変えられるのは、この大陸の技術で作られた、冒険者用の装備だけだ。この大陸で作られた装備には、独特の魔力が込められている。それに反応して、防具の外見が変えられるようになってるんだ。武器はまた別の魔力だから、武器の外見は変えられない」
つまり、武器を他のものに変えて隠し持つというのは、魔鏡石ではできない。
ちなみにこれは、武器のことを危険視したミカによって、魔鏡石に組み込まれた性質だ。
「危険性があるとすれば、一般人に装って、強力な防具を身に着けたまま、どこかに忍び込めること。だが、影移し事態は新しい技術でもない。これに対する対策はいくらでもあるし、現に港の出入りや貴族の対策されているんだ。あと、一般人を装っても、武器の外見は変えられないし、忍び込むとかに使うには適さないかな。それと、近い材質のものにしかコピーできないから、結局鎧は鎧だし、布製のローブは布製の何かからしか投影できない」
『なら、それを使えば一つの服をいくらでもコピーできるんだろ? そうしたら、服屋はどうなる。儲けが無くなるじゃないか』
「そこにも制限があってな。一つの服からコピーできるのは一回だけなんだ。コピー元は魔鏡石の影響を受けて、コピーに使用できなくなる」
『なるほど……量産はできないわけか』
「あとは、もちろん変わるのは外見だけだ。弱い鎧に強い鎧の外見をコピーしても、防御力は変わらない。そのあたりは自己責任になるかな」
長々とした説明の後、冒険者の興味はその『魔鏡石』に集中していた。Bランクだけではなく、Aランクの冒険者も、そして少数ながら混じる、Sランクの冒険者も、それから目が離せなかった。
『で、でだ。それはどこで買えるんだ?』
「今なら大特価! 本日限定で3000ギニー! 明日からはえーっと……とりあえず1万ギニーであります! セーターも売っているでありますよ! ぜひともマーケットでお買い求めを!」
ルシュカが言い放つと、冒険者たちはぞろぞろと、マーケットのある商人ギルドへと移動を始めた。
「ふひひ、大成功であります。きっと売れるでありますよ!」
「僕はちょっと心配かな。なんだか悪いことに使われそうな気がする」
「きっと大丈夫でありますよ! 制限も多いでありますから!」
「あとは、セーターも売れるといいな。俺じゃなくてルシュカが考えた服だし、きっと売れるだろうが」
「もー、ほめられると照れるであります! でもミカ殿の魔鏡石がもっとすごいでありますよ!」
「ところでルシュカ、僕に一つ質問があるんだが、マーケットの出品は大丈夫かい?」
ルシュカは今朝、この数日作り続けた魔鏡石とセーター&ストール、それを商人ギルドのマーケットに登録していた。
「もちろんであります! 本日10個限定で魔鏡石3000ギニー、とりあえず。今朝のご相談から、明日以降は在庫99個で1万ギニーで販売するであります! セーター&ストールも10着を3万ギニーで売っているであります!」
「ミカ、売れると思うかい?」
「どうだろうな。とりあえず今日明日は依頼をこなして、また明後日でも商人ギルドに行って確認しようか」
〇〇〇
そして翌々日。ミカたちは商人ギルドへと来ていた。
「売れているといいでありますなー!」
「そうだな。数日ほぼ徹夜で、魔鏡石109個作ったしな」
「その内訳は、僕とルシュカで10個、キミが99個だけどね。ミカの開発したレシピが僕たちにも作れる簡単なものだったからよかった。本当にミカはすごいよ」
商人ギルドの受付へとやってきたルシュカは、自分のパーティ名を告げる。すると、受付嬢は一枚の紙をルシュカに手渡した。
「ミカ、この紙はなんだい?」
「売上明細だな。いくつ売れたかとか、売った値段とかが書いてあるんだ」
すると、その明細を見ていたルシュカが、汗をだらだら流しながら、手をぷるぷると震わせていた。
「どうしたルシュカ。売れてなかったか? まぁ、最初だししょうがないか」
「ルシュカ。気にする必要はないよ。僕たちみんなで……」
「ち、違うであります……」
ルシュカが焦っている、その訳は。
「け、桁を間違えていたであります……」
「桁? ルシュカ、それはどういうことだい? 僕たちにも詳しく教えてほしい」
「せ、正確には、最初の3000ギニー以外、0が一つ多かったであります……」
つまり魔鏡石は10万、セーターは30万で売ってしまったということだ。
「それで売れなかったのか。誰だって間違いはあるもんだ。気にせず……」
「ミカ殿……違うであります……」
ルシュカが二人に明細を見せる。そこには。
「か、完売であります!!!」
ルシュカが見せた明細。そこに書かれた売上合計は、一千万を超えていた。




