23話 サポートヒーラーと尻尾穴
「尻尾穴?」
夜。夕食を終えたミカは、クロに頼み、自室でリテール族の衣服についての話を聞いていた。
ちなみに、ルシュカは別の部屋で服のデザインを考え中だ。
「ああそうだ。キミは今外出中、主にアゼルから借りた服を着ているが、そのすべてに尻尾穴がついているのはわかるだろう?」
確かにクロの言う通り、アゼルが着ている服には腰のあたりに穴があり、そこから尻尾を通して着るようになっていた。
「たしかにあるな。今でこそ穴に尻尾を通すことに慣れたが、最初は大変だった」
「僕からしたら慣れたものだけど、ヒューマンからリテール族になっちゃったのだから、仕方ないよね。あと、これも見てくれ」
クロがミカに見せたのは、クロッシェと呼ばれる、つばの短い、ベルのような形をした帽子だ。そこにも頭頂部には、二つの穴が空いている。
クロがその帽子をかぶると、ちょうどその穴から、両耳がぴょこっと顔を出した。
「それは猫耳穴ってところか?」
「その通り。こんなふうに、リテール族は各衣類に穴が必要なんだ」
「種族の特性に合わせる感じか……」
この世界には、人間系種族が複数存在する。
「小柄なコビット族、長身のエルフ族。彼らは人間の服をそこまで改良しなくても身に着けていたな」
「それらの種族は耳の形や身長差などあれども、僕たちと違ってヒューマンに近い体付きだからね。それに確か、僕らと比べて種族数も多いと聞いた」
「それは間違いない。あとは他よりも若干少ない、角の生えたオーガって種族が居るが、それと比べてもリテール族は少ないからな」
この港町では90%以上がヒューマンだが、王都においてヒューマンは70%。残りの30%は別の種族だ。各種族がバランス良く存在するが、リテール族はその中でも飛びぬけて少ない。
「僕たちリテール族という呼び名は、太古の言葉で『尻尾のある者』という意味らしい」
「ああ、俺も聞いたことがある。確か別に猫耳に限らないと聞いたが」
「その通り。リテール族は猫耳とは限らない。例えば狼や犬、ウサギのリテール族も居るらしい。とはいえ、この大陸では極まれにしか見ないね」
「なんでも、大昔にこの大陸にわたってきたリテール族が、猫耳だった……と、読んだ本に書いていたのを覚えているな」
「どちらにせよ、リテール族には尻尾と獣の耳がある。僕たちリテール族の困ったところは、他の種族と違って、購入してから衣服に穴を空けないといけないところだ。せっかく買った衣服に穴を空けるのは心苦しいよ。だから、リテール族は裁縫ができる人が多い」
「クロも裁縫できるのか?」
「一応ね。みんなもできるよ。僕たちの中ではショーティアが一番上手かな」
通常、衣類をハサミで切ったりすれば、その部分から糸がほつれていく。見ればクロのかぶっている帽子には、糸がほつれないよう修正した跡があった。
「そういえばクロ。スカート類にも穴を空けてるよな。あれはなんでだ? スカートなら穴を空けなくても良いんじゃないか?」
「ミカ、さっしてほしい。もしもだ……」
クロがミカの背後にまわるすると、クロはミカの尻尾をつかみ、上側に引っ張った。
「に゛ゃっ!? クロ、いきなりなんだ!?」
「驚いたり怒ったりするとき、リテール族の尻尾はこうやって上に上がる。この時スカートに穴があいてなかったらどうなる?」
ミカは察した。丸見えだ。
「……理解したよ。それにしても、なんで『にゃ』なんて声が出てしまうんだ」
「さぁね。僕たち猫のリテール族の本能、と言われているよ。ヒューマンは赤ちゃんの頃は「ばぶー」と言うらしいが、リテール族は「にゃー」だ。子供の頃なんかはそれが抜けず、語尾に「にゃ」って付く子供も多いよ」
「へぇ、つまり『こんにちはにゃ』みたいに語尾に付けると赤ちゃん言葉になるのか」
「そういうことになるね」
衣服の話を聞いてミカはふと思いついた。
「普段使う衣服ならいいが、冒険者が使う戦闘用の装備とかはどうなるんだ? あれらは穴を空けるのが難しいと思うんだが」
「そこが悩みどころだよ。魔力の通ったローブなどは、穴を空けると魔力が変な作用を起こし、ローブ全体がしわくちゃになるし、鎧は空けることさえかなわない。無理にあけようものなら、鎧全体が砕けてしまうこともあるからね」
青空の尻尾のメンバーは、全員尻尾や耳を戦闘中出しているが、それはリスクが伴うものだ。
「アゼルやルシュカは、あえてずれたサイズの鎧を買って、腰部分から尻尾を出してるし。耳を出すために兜もかぶっていないよね。僕やショーティアの装備は、ショーティアの技量でうまく穴をあけたんだ。それでも、ローブやジャケットの増強効果は下がっている」
「音を取るための耳はともかくとして、服の中に尻尾を無理やり隠すという手はないのか?」
「ならためしてみよう。ミカ、自分の服の中に尻尾を無理やり隠してから、歩いてみてほしい」
ミカが尻尾を衣服の中に押し込む。その状態で歩こうとすると。
「おわ!」
ミカは転倒してしまった。
「なんだこれ、うまくまっすぐ歩けない」
「無意識に尻尾でバランスをとってるんだよ」
「なるほど。なかなか難しいな」
戦闘中に転倒でもすれば危険が伴う。
「耳も尻尾も出して、なおかつ装備としても完璧にか……これはなかなか難しそうだ。だが、面白い」
「参考になったかい?」
「ああ。クロ、ありがとう。ある程度リテール族の事情はわかった。装備を作る際の参考にさせてもらうよ」
「装備? ああ、服のことだね。よろしく頼むよ」




