16話 提督と王女様
ミカがドランクと、ギルドで出会った翌日の朝。
海軍本部の提督室に、一人の女性がやってきていた。
「久しぶりね、モニカ」
「ふふ、そういう君も元気そうではないか、アンジェラ王女」
それは、全身を白銀の軽鎧に身を包んだ、長く、美しい橙色の髪をした美しい女性であった。
彼女こそ、バレンガルド王国の第一王女である、アンジェラだ。
ちなみに、モニカというのは提督の本名である。
モニカとアンジェラは親交があり、こうして時折アンジェラは、提督の元を訪れている。
「評判は聞いているよアンジェラ。モンスターの密輸、違法研究を行っていた組織に親衛隊と共に乗り込み、つぶしたとか」
「そうね。ちょっと海の向こうの属国でつぶしてきたわ。今回はその帰り。でも密輸船が残ってたのは盲点だったわ。今日は密輸船を破壊してくれたお礼もかねてきたのよ」
「私としては、あれは落ち度だ。むしろ謝らねばならないと思うのだが」
「あら、モニカにしては珍しい。別にいいわよ。被害は最小限で済んだのでしょう?」
アンジェラ王女は、王女でありながら、一人の戦士として非常に高い実力を持っている。
外見こそ華奢に見えるものの、その実力はすさまじく、槍を扱い華麗に宙を舞って攻撃する、ヴァルキュリアというアタッカーのクラスについている。
「まったく、王は君を見てさぞ胃が痛いだろうよ」
「あら、そうでもないわよ? お父様は強い私こそ、次の王にふさわしいなんて思ってるみたい」
「それには同意だ。強さと誠実さ。君が一番王にふさわしいと私も思うよ」
「家族のこととは言え、兄も弟もあれだしね。そう言われても仕方ないわ」
アンジェラの評価に対して、その兄、弟の評価は芳しくなかった。
そんなアンジェラ王女の背中には一本の槍が背負われていた。
「しかしアンジェラ、相変わらず美しい槍だな」
「そうでしょう? 聞いて驚かないで。これって実は、とある冒険者に作ってもらったのよ」
「ほう? 詳しく聞かせてもらおうか」
「以前『紅蓮の閃光』ってパーティで使われていた装備の中古品が、お忍びで訪れた武器屋に売ってたのよ。それがとても素晴らしいものだったわ。誰が作ったのか調べさせたら、そのパーティに所属している学術士だったわ」
「ほう……」
「身分を隠して彼に接触し、この槍を作ってもらったの。はっきり言って、王国のどんな鍛冶屋が作るよりも素晴らしい出来よ。それこそ、伝説級と評価したいくらい」
「なるほど。もしかしてそれは、ミルドレッドという男ではないか?」
「あら、知ってたのね。そのとおりよ。悲しいことに、彼はパーティや、他の冒険者たちからぞんざいな扱いを受けてたわ。その後も何度か接触したのだけれど、とても誠実で真面目、それでいて優しく優秀な男性も珍しいわ。武器製作だけではなく、その他の製作、採取技術も素晴らしい。サポートヒーラーとしては超一級。この鎧だって彼の作よ」
彼女の身にまとった軽鎧は、白銀に眩く輝いている。手入れを丁寧にすれば、どんな強力なモンスターにだって立ち向かえる一品だ。
「一パーティに私が口出しするのはよろしくないし、もし彼がパーティから抜けるようなことがあれば、すぐにでも王家の親衛隊にスカウトするわ。学術士だから、王国軍の軍師をしてもらうのもいいわね」
「ずいぶんと買っているようだね」
「彼が作った装備のおかげで、何度命を拾ったかわからないもの。それに、彼が居るからこそ、彼のパーティはSランクに到達できたと言っていいわ」
アンジェラはミルドレッドが今どうなっているのか知らない様子であった。
「無理もないか。アンジェラは密輸組織の対応を海の向こうで行っていたのだからな」
「それってどういう意味よモニカ」
モニカは、ミルドレッドが現在どのようなことになっているかを話した。
ダンジョンの攻略に失敗した原因として、Sランクパーティを追放されたこと、多額の賠償金を払ったこと。そして、王都や故郷からも姿を消したこと。
その話を聞いて、アンジェラは怒りをあらわにし、モニカの座っている机に拳をたたきつけた。
「何よそれ! あのパーティの状況からして、責任はミルドレッド以外にあることは間違いないわ! それが追放扱い!? ギルドの追放審査はどうなっているの!?」
「さあな。確かに通常なら追放を行う場合、追放審査を経て、双方の意見をまとめ、それでいて追放扱いするのか、単なる脱退扱いにするのかを決めるものだ。特にAランク以上のパーティであればな」
「そのはずよ。ミルドレッドの扱いは確かに冒険者間でも不当であったけれども、財産を全て奪われるほどには……!」
そこでアンジェラは何かに気づいた。
「賄賂ね」
「その可能性が高いかもしれない」
昨今、王国の各機関では腐敗が進み、賄賂やピンハネ、横領が問題になっていた。
それをアンジェラは正そうとしていた。モンスターの密輸組織をつぶしたのも、その一環である。
「王都に戻り次第、ミルドレッドの追放について調査をさせるわ。特にSランクパーティでこのようなことが起こるなんて、王国の恥でしかないもの。もし彼の追放が不当であれば、彼の名誉を回復させる義務が、王女である私にはあるわ」
「そうか。彼には私も世話になった。彼こそが、密輸船から商人達を助けてくれたに等しいからな」
「さっき話していたわね。それで彼は?」
「行方不明だ。だが、彼の弟子というリテール族の少女が、わが国の冒険者居住区に住んでいるよ。名前はミカだ」
「……偶然かしら? 彼のあだ名と同じだわ」
アンジェラは少し考えて、モニカに聞いた。
「王国からの迎えは明日の予定なのよね。本当はこの町で羽休めする予定だったけれど。その子の住んでいる場所を教えてくれないかしら?」
〇〇〇
「アゼル! そこで防御バフスキルを使え!」
「おうよ! セイントスキン! 10秒間防御強化の聖魔法だぜー!」
森の中。青空の尻尾パーティは、受けた依頼をこなすべく、Cランクのモンスターと対峙していた。
相手はボスゴブリンだ。Dランクのゴブリンを複数引き連れたモンスターで、ダンジョンから現れ、森に潜んでいる場合がある。田畑などを荒らし、さらにキノコや山菜を根こそぎ食い尽くす場合があり、今回の依頼はそれを危惧した山菜愛好家からの依頼であった。
「クロ、ボスゴブリンの敵視はアゼルに向いてる! 今のうちに雑魚ゴブリンを吹っ飛ばせ!」
「了解だ! くらえ、フォトンバースト!」
範囲魔法で多数のゴブリンをふっとばすクロ。それに怒ったボスゴブリンは、持っていた棍棒を振り上げた。
「まずい、回転攻撃だ! 二人ともよけろ!」
敵視を稼いでいたアゼル、そして前へ出すぎたクロが回転攻撃に被弾する。
アゼルはタンク故ほとんどダメージが無かったが、クロは比較的大きなダメージを負ってしまった。
「迅速治療術式!」
クロが被弾することを見越したミカが、単体ヒールを唱える。クロがダメージを負った瞬間の回復だ。
「助かった! ミカはすごいな。食らった痛みさえほとんど感じなかった!」
「礼は後だ。ショーティア、アゼルの回復は!?」
「持続ヒールをかけておりますわ。ご安心を」
見れば、アゼルは元気にボスゴブリンのヘイトを稼いでいる。
「さんきゅーショーティア! くらってもすぐ痛みがなくなってやりやすいわ!」
「よし、今が好機だ。持続回復でアゼルのヒールはしばらくいらない。ショーティア、クロ、同時にボスゴブリンに攻撃するんだ!」
「わかったよ!」
「了解ですわ!」
ヒールに余裕がある場合、ヒーラーであっても攻撃する。これができれば、パーティの連携は完璧に取れていると言える。
「攻撃魔法ですわね……天より降り注ぐ神聖なる光よ! 不浄なる者を滅したまえ! ライトニングボルト!」
「新生魔法、フォトンランチャー!」
ショーティアの放った光の電撃と、クロの放った無属性の魔法。それが同時にボスゴブリンの体を貫いた。
ボスゴブリンは轟くような叫び声をあげて、地面へ倒れ、動かなくなった。
「やったぜえええ! Cランクモンスター討伐だぜえ! 勝どきってやつだー! えいえいおー!」
「ふふ、アゼルさんが敵視を取っていただけるおかげで助かりますわ。わたくしでは、ボスゴブリンの攻撃を受ければ、ただですみませんもの」
「それがタンクの役目ってもんよ! ヒールさんきゅーな!」
喜ぶショーティアとアゼルをよそに、クロはミカに対して頭を下げていた。
「すまない……攻撃を受けてしまったよ」
「そうだな、あそこは確実に前に出すぎていた」
「ありがとう、今度はこのようなことが無いように、気を付けるよ」
「慣れてないから仕方ないさ。モンスターは倒せたんだ。まずは勝利を喜ぼうじゃないか」
「……そうだね」




