15話 サポートヒーラーと毛づくろい
ミカは無意識のうちに、ドランクをにらみつけた。
依頼を奪い取られただけでなく、過去に彼が自分に行ったことを思い出していた。
今のパーティと比較し、どれだけ彼が横暴だったか、今のミカは理解している。
「なんだお嬢ちゃん。俺に文句でもあるのか?」
「……」
ミカは何も言わなかった。ドランクは自分が、ミルドレッドだとは思っていない様子。
まさかパーティを抜けたサポートヒーラーが、髪の色も、瞳の色も、果ては性別や種族、年齢まで変わった状態で目の前に居るとは思っていない様子だった。
「ふん。邪魔だ、どいていろ」
王都から離れた属国だとしても、『紅蓮の閃光』というパーティという名前を知っている冒険者は、わずかながら存在していた。
ギルドに居る冒険者の一人がドランクの正体に気づくと、ギルド内がざわつき始める。
そんなことは一切意に介さず、ドランクが掲示板に貼られている、CランクやDランクの依頼を根こそぎ取っていった。
「待ってくれ、ドラン……Sランクパーティの冒険者さん」
「リテールのお嬢ちゃん。俺は忙しいんだ。後にしろ」
「俺はDランクパーティだ。CランクやDランクの依頼をすべて持っていかれると困る。同ランク帯で依頼の取り合いはあるが、Sランクが低ランクの依頼をすべて持っていくってのはどうなんだ?」
依頼をこなせばギルドからの評価が上がり、パーティランクが上がる。ゆえに、よっぽど依頼が余っていない限り、高ランク帯のパーティが、低ランクの依頼をこなすなんてことはない。冒険者の間では、暗黙の了解で、依頼を譲り合っている。
だが、ドランクはDからCの依頼を根こそぎ持って行った。
「お嬢ちゃん、口の利き方に気を付けるんだな……ん?」
ドランクがミカの腰についているものを見る。そこには、ブックホルダーにぶら下げられた魔導書が。
「魔導書。お前はソーサラーか? それとも学術士か?」
「……学術士だ」
「学術士か。まったく、学術士ってのは役立たずのくせに、生意気な奴ばかりだ」
ミカは怒りを露わにしそうになった。しかし、ある事に気づく。
(ん……?)
それはドランクの装備だ。
パラディンの鎧はあちこち傷だらけ。どうやら、ろくに手入れもされていない様子だ。
さらに、ポーションを入れているはずの袋に厚みが無い。おそらく、ミカが以前渡していたポーション類が、すべて切れてしまったのだろう。
(今にも装備が壊れそうだ……誰も手入れしないのか?)
装備の手入れは、以前はミカの役目であった。自分で装備を手入れしていたのは、傭兵であったリーナくらいだ。
ミカが抜けて、誰もドランクの装備を手入れしなかったのだろう。
あの装備も、ドランクに強要されてミカが作ったもの。作らせておきながら手入れさえしないドランクに、ミカは再度怒りを覚えた。
しかし。
(いや、忘れよう。もう俺はあいつとは関係ないんだ。俺には今のパーティがある)
掲示板から離れてゆくドランクのことは忘れ、ミカは再度掲示板を見る。だが、そこにはDやCランクの依頼は残っていない。
「どうするかな。今日はひとまず退散して……」
「あらあらミカさんではありませんか」
「ん? ショーティア?」
気づくと、ミカの隣にはショーティアが立っていた。
「海軍との特別契約で、さらに色々書類を作る必要がありまして」
「ああ、朝言ってたな。終わったのか?」
「ええ。せっかくなのでおっぱい揉みます?」
「人前で言うな。あと揉まない」
「ところで、あの方がもしかして?」
受付所で、依頼の受注手続きをするドランクを指して言うショーティアに、ミカは首を縦に振った。
「あらあら、やはりひどい方ですわ」
「だよな。だが、もう俺には関係ない人物だ」
「そうですわね。ところで依頼をお探しですの?」
「そうだ。依頼をこなしつつ、皆で連携の訓練ができればと思ってさ。目ぼしい依頼を探しに来たんだが……」
「あらあら、ではこの依頼はどうかしら? 朝のうちに確保しておきましたの」
見れば、ショーティアの手には依頼書。Cランクのモンスター討伐依頼書が握られていた。
〇〇〇
「話を聞いていると、僕もイライラしてくるよ。低ランクの依頼を全部持って行ってしまうなんて、低ランク冒険者パーティへのいじめだ」
「ああ、本とかで読んだ知識だと傭兵ギルドだった時代からのルールのはずなんだが」
夜。パーティハウスへと戻ったミカは寝巻姿で、ショーティア、クロとくつろいでいた。アゼルはすでにベッドでいびきをかいている。
「傭兵ギルドか……僕が聞いた話では、まだダンジョンへ挑むのが盛んでなかった頃は、用心棒や討伐の依頼などを管理し、傭兵達に斡旋してたから傭兵ギルドと呼ばれていたって」
「まぁその傭兵たちの一部がダンジョンに挑んで、彼らが冒険者って呼ばれるようになったから、冒険者ギルドって名前になって、今の役割に変わっていったらしいんだが……その傭兵ギルド時代からあるような、冒険者なら誰でも知ってる暗黙の了解だ」
そんな暗黙の了解を無視して、低ランクの依頼を根こそぎ持って行かれてしまった。
「幸いショーティアが一つだけ依頼を確保してくれたからな。明日の昼、依頼主に皆で会いに行くぞ」
「あはは。腕が鳴るね」
「できれば入院しているお二人も一緒であればよかったのですが……」
「大丈夫。2人が退院したら、俺がいろいろ教えるよ」
「それは心強いですわ。お二人には、ミカさんや、海軍と契約したことはお話してますし」
明日の予定を確認したところで、話題はドランクのことへと移る。
「それにしても、なぜそのSランク冒険者はDランクやCランクの依頼を?」
「さぁな……」
「あらあら、もしかしてお金がないとかではありませんの?」
「それは無いんじゃないか? 俺から資産全部奪ってるんだ。よほど豪遊したり、ダンジョン攻略に何度も失敗して、消耗品を買いあさらない限り、そうそうなくならないと思うが。それに報酬も、AランクやSランクの依頼のほうが上だしな」
「あれかな? キミが居なくなって、Sランクのダンジョンや依頼を攻略できなくなったとか」
「まさか。俺はそこまで強くないよ……ん、どうした?」
ふぅ、とクロとショーティアは肩を落とした。
「ところで」
ミカが話を変える。
現在のミカの状態を説明すると、椅子に座ったミカ、その背中に揺れる尻尾を、ショーティアが櫛で梳かしていた。
「何で尻尾を梳かすんだ?」
「あらあら、知りませんの? 毛づくろいですわ」
「毛づくろい?」
「そうですわ。ミカさん、最近朝に起きたら、ベッドが毛だらけとおっしゃっていましたわ」
それは最近のミカの悩みであった。朝目覚めると、毛の色と同じ、クリーム色に近い金色の毛が、ベッドの上に散乱していた。
それは耳や尻尾の毛が抜けたものだとすぐにわかった。
「ふふ、わたくしたちも小さな頃、抜け毛に悩まされましたわ」
「そうそう、それでさ、毛を整えようと尻尾を舐めて、毛をいっぱい飲み込んじゃうんだ。毛を飲みすぎて毛玉を吐いちゃうのは、リテール族なら誰でも通る道だね」
「ふふ、懐かしいですわ」
「俺には生々しい話だな……」
そして、ミカの尻尾を梳かしていたショーティアが、何かに気づいたように言った。
「あら、よく見ればミカさん、耳の先の毛が少し白いですわ」
「ショーティア。耳だけじゃないみたいだ。尻尾の先も少しだけ白いね」
「ん? 白い?」
「うん。元の髪の毛の色が薄いし気づきづらかったけど、毛先が白いみたいだ」
「ふふ、気にすることは無いですわ。尻尾や耳の色が一部だけ違うというのは、珍しいことではないですわ。今は入院中ですが、私たちのパーティではルシュカという子が、尻尾の先に行くごとに茶色い毛が黒くなっていますわ」
「そうか、珍しいものじゃないんだな」
「人によっては模様に併せて、メッシュを入れたりしてるリテール族も居るよ。でも不思議だね。僕の髪の毛の影響でリテール族になったのに、毛が一色な僕と違って、ミカには模様があるんだね」
その言葉に、ミカは何かを考えるように数秒黙った後、言葉を紡いだ。
「……そうだな。にしても、尻尾を梳かされるのは、どこか落ち着くな」
「あらあら、ついでにおっぱい揉みます?」
「落ち着きを台無しにしないでくれ」
〇〇〇
「クソっ、なんだってんだ」
ヴェネシアートの酒場で酒を飲んでいたドランクは、机をたたきつけた。
ミカが抜けてから、『紅蓮の閃光』はまともにダンジョン攻略をこなせなくなっていた。
これまで多大な功績があること、また、冒険者ギルドの要職に金を握らせたこともあって、なんとか降格は免れている。
だが、Sランクはおろか、Aランクのダンジョンやモンスター討伐も怪しい状況。ミカから奪った金銭や、パーティの金の多くが、賄賂や消耗品の購入費に消え去った。
なりふり構っていられないと判断した『紅蓮の閃光』は、パーティを分散し、DランクやCランクの依頼を各地でこなし、金をためようと画策していた。
それを拒否したリーナを除き、2人1組になって、各地に散らばり、依頼をこなしている。CやDであれば、2人で余裕だろうと考えていた。
「ドランク、飲みすぎよ」
共に居た聖魔導士のミューラがたしなめるも、逆にドランクは怒り出す。
「うるせぇ! 攻撃しかしねぇ役立たずヒーラーが!」
「はぁ!? どの口が言うわけ!? まともに敵視を稼がないタンクのくせに!」
「うるせぇ! 前は大して敵視稼がなくとも戦えてたんだ! わかってんのか! お前らが弱くなったんだ!」
「信じられない! あんたこそ弱くなったんじゃないの!?」
口喧嘩を続ける二人。酒場の壁には、二人の装備が立てかけられている。
その装備の一つ。ドランクの身に着けている鎧に、小さな亀裂が入っていることに、二人は気づいていなかった。




