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13話 猫耳ソーサラー、過去を語る

 風呂の中で、ミカとクロは背中合わせに座っていた。

 ミカは、背中にクロの肌の感触を感じている。


(女性と一緒に風呂なんて、小さな頃に母親と入って以来だろうか?)


 そもそも、ミカは女性経験というものがなかった。

 以前のパーティ、『紅蓮の閃光』に幼馴染であるミューラが居た。だが、肌と肌で触れ合うほど、親密な仲ではなかった。

 

(クロは確か20にも満たない女性だったはずだ。俺の本来の年齢とは離れている。だが、なぜこうも鼓動が早くなるのだろう)


 学術士というジョブゆえ、分析を始めてしまうミカであった。


(俺自身が、女性というものに慣れてないせいもあるのだろうか……話でもして、気を紛らわすべきか)


 ミカが話しかけようとするよりも早くクロが。


「ミカ、実は君に話しておきたいことがあるんだ」

「……なんだ?」

「少しだけ、僕の昔話に付き合ってほしい」


 クロはそう言うと語り始めた。クロの過去の話だ。


「実はね……僕は以前、Bランクのパーティに所属していたんだ」

「Bランクの?」

「キミは疑問に思うだろう? 僕のソーサラーとしての実力は、自分で言うのもなんだがDランクが良いところだ。商船でAランクのモンスターを倒せたのは、アゼルやショーティア、そして、キミが作ってくれた薬と連携指示のおかげだ。奇跡みたいなものだよ」


 事実、冒険者パーティというものは、ミカほどとびぬけていない限り、パーティ間の連携というものが重要だ。適切な連携ができていれば、少なくともBランク以上のダンジョン攻略はできない話ではない。CやDランクのパーティというものは、連携がなっていないか、そもそもパーティ構成がよろしくないかというパターンが多い。

 

「奇跡じゃない。確かにクロ一人の強さはDランクからCランク位かもしれない。だが、適切な連携と、あの時とっさに薬を飲むという判断ができたんだ。Aランクのモンスターを倒せたのは、まぐれではない。普通のCランク、Dランクパーティはそれすらできない冒険者が多いからな」

「ふふ……なんだかキミに褒められると良い気分だ」

「それで、Bランクパーティに入っていたというのは」

「ああ、そうだったね。実は僕は王国でもさびれた田舎町出身なんだ。父はヒューマン。母はリテール族だ。僕の生まれた町ではリテール族への偏見がすごくてね。僕らの家族への風当たりは、とても強かった」


 リテール族は、猫の耳に猫の尻尾を持ち、出生率も、女性の比率が非常に多い種族。また、その美貌や可愛さは、他の人間系種族と比べても良いと言われている。

 ゆえに、かつては奴隷、ペットのように扱われていた時代もあった。人の多い王都などでは差別はないが、一部の田舎町ではそう言った差別が残っている場所もある。


「母はとても優しかった。父も優しかった。だが、母が何者かに強姦されたあげく、殺されてしまってから、父は変わったんだ」

「そんなことが……」

「父は母を本当に愛していた。僕以上に。だから、母を失ってから『クロが代わりに死ねばよかった』と、たびたび殴られたよ。だから僕はいつも僕の町で唯一、僕に差別や暴力を振るわなかった、王立図書館に入り浸ってた」

「ああ……王国の政策で、良き冒険者や兵士、魔導士が生まれるように、どんな田舎にも図書館が作られたんだったな」

「僕には図書館が作られたことが幸運だった。ある日偶然、新生魔法……ソーサラーが扱う魔法の使い方についての本を手にしたからね。以来独学で新生魔法を学び続けたよ」

「独学?」


 ミカは驚く。ソーサラーというものは、炎、氷と言った元素という属性に影響されない、闇属性と光属性の複合魔法である『新生魔法』というものを扱う。

 その扱いは非常に難しく、王立魔法アカデミーや優秀な師匠の下でないと、習得は難しいと言われている。

 それを、クロは独学で習得したという。新生魔法というのは、扱いには才能よりも努力が必要と言われる魔法だ。


(かなり努力したんだろうな……新生魔法であれば、俺の学術士と同じ系譜の魔法だったはず。俺が少しは教えることも可能かもしれない)


「そして僕は3年前に故郷を飛び出した。冒険者になれば、差別もなくなると思ってたんだ。王都で冒険者の登録をしたとき、偶然とあるパーティから声をかけられてね。それは、Bランクのパーティだった。Bランクだって、立派な高ランクパーティだ。僕は喜んで、パーティに入った。だが」

「何が……あったんだ?」

「やらされるのは雑用ばかり。戦闘にはほとんど連れていってもらえなかった。そればかりかある日、宿舎で寝ているときに……襲われたんだ」

「襲われた!?」

「パーティリーダーの男だ。僕の体を羽交い絞めにしたうえ、服をやぶいてね。聞けば、『元々体目当てで勧誘した』『リテール族は珍しいから価値がある』『リテール族とは、本来そういうものだ』『幼い体が好みだった』と言われたよ」

「……ひどい話だ」


 クロが右手を握りしめる。


「僕はいつもベッドに魔導書を置いているんだ。犯される直前、僕は、咄嗟に呪文を唱え、リーダーを吹き飛ばし、そのまま宿舎から逃げ出した。ふふ、その後知ったが、僕はパーティから追放登録がされていたよ。Bランクパーティからの追放。Sランクだったキミほどじゃなくても、他のパーティにとっては僕をパーティに入れない理由になる。その後はどんなパーティにも入れなかった」


 ある意味、クロの境遇とミカの境遇は似ている。どちらも不当な扱いを受け、パーティを脱退した。


「それ以来、僕はリテール族以外を信じられなくなった。その時だ。当てもなく放浪してたどり着いたこの町で、ショーティア達に出会ったのは。リテール族だけのパーティ。僕はすぐにパーティに入った。彼女たちは、僕が追放されたことなど気にしないでくれた。そしてしばらく経って、キミが現れた」

「あのダンジョン。ドラゴンに襲われていたときか」

「ああ。最初はキミが目の前に現れたとき。ヒューマンの男に助けられるなんて……と思っていた。だけど、不思議と、キミにはヒューマンに覚えた恐怖を感じなかったんだ」

「なんでだ?」

「さぁ。もしかしたら、似た境遇で、一種の同族意識を感じたのかもね。そしてキミは呪いによりリテール族の姿になり、そのうえで僕たちを導いてくれた。初めてだよ。ヒューマンに好意的な感情を抱くのはね」


 すると、ミカと背中合わせだったクロは、ミカの正面に向き直り、ミカの手を握り、自分の胸元に当てた。


「心音が落ち着いているだろう? それに、僕の尻尾もゆっくり揺れているのがわかるはずだ。これは、リテール族がリラックスしている時になるものだ。キミと居るととても落ち着く。本当にありがとう。キミが居てくれなかったら、今の僕はない」


 クロは、再度ミカに心からの感謝を伝えた。

 一方でミカは。


「……どうしたんだいミカ。尻尾の先を激しくパタパタさせて。それは動揺を表す尻尾の動きだが。片耳が激しくピクピクしている。それは一種の興奮を表すはずだ」

「あ、いや、なんでも……」


 クロが掴んだミカの手は、クロが自分の胸元に持っていっている。そしてそこには、わずかではあるが、膨らみがある。

 それに気づいたクロは、ニヤリと笑って。


「ふふ、キミに勝てることが一つだけあるね。今のキミのその状況なら、尻尾の付け根を触ると……」

「にゃああううううううう!? な、なんだ今の! そ、それに今の声も!」

「尻尾の付け根はリテール族にとっての性感帯の一種だよ。もっとも、興奮状態にならないと気持ちよくないんだけどね。その様子だと、君は興奮状態だ」

「あお、そんなことは無いぞ! よし、さっさと風呂をでよう、そうしよう」

「させないよ」


 クロが指の先をミカの猫耳の中に入れ、そこを撫でまわした。とたんに。


「あっ、あっ、ひ、ひ……」

「面白いだろう? 興奮状態であれば、尻尾や耳も性感帯に近くなる。さあ、耳と尻尾の付け根、同時に触るとどうなるかな?」

「く、クロ、それ以上はだめだ。良くない」

「残念だ。その指示は聞けないよ」


 クロが耳と尻尾の付け根と同時に触った。それと同時に。


「――っ!! ぃ……!?」


 ミカは声にならない声をあげた。


 


 十数分後、寝間着姿で自室に戻ったミカをアゼルが出迎えた。


「おーミカァ! 風呂からあがったんだな! おぉ? どうした!? めっちゃぐったりしてっぞ! 疲れが取れなかったのか!? それともモンスターに襲われたのか!? くそっ、そんなモンスター、ウチがぶっとばしてやる!!」

「あ、アゼル、いい、いい、大丈夫だ」


 火照りの収まらない体のまま、ミカはベッドの上に倒れこんだ。


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