95 彼女を助けぬのか?
なっ!
ンドペキは思わず声に出していた。
スジーウォンの体がびくりとした。
「おまえ達。よくやった」
少年の体がわなないた。
「長老。それは……」
「ハクシュウよ。もうよい。お前達の仕事は終わった」
ハクシュウよ。
クシは死んだ。
これが意味すること、わかるか。
少年はわななき続けている。
「お前達兄弟。課せられた使命。正しき知識を持たぬものがカイロスを利用することを、武力でもって阻止すること」
瞳とは裏腹に、長老の声は優しかった。
「なぜ、お前達がその道を選んだのか、あるいは宿命であったのか、わしは知らぬ。じゃが、お前達がその目的のために、おそろしい取り決めをしていたことは知っておる」
少年がかすかに頷いた。
「うむ。なぜそのようなことをしているのか。それは、互いに生まれ変わり、それまで接触のあった人との関係を断ち切って、まっさらな心で取り組むためじゃな」
再び、少年が小さく頷いた。
「誰がその役目、そして策を授け、お前達の生の仕組みを作り出したのか、わしには大方の予想はついておる」
長老が、炎に包まれた丸太を初めて振り返った。
「ペールグリ……」
少年が長老の名を呼んだ。
長老は目を戻し、話し続けた。
「しかし、もう終わりじゃ。クシは死んだ。ブロンバーグの手によって。ハクシュウ、おまえの体を持ったクシが」
少年が長老の下へ歩み寄った。
「ペールグリ。もういい。ここにはスジーウォンがいる。俺の仲間が」
もう少年の声ではなかった。
聞き慣れたハクシュウの声だった。
「うむ」
「真実は、俺の口から話したい」
「それもよかろう」
老婆が口を開いた。
「ハクシュウよ。なぜ、これほどまでに遅くなった」
長老は、また老婆を制し、
「言うまいぞ。ハクシュウとて、悔しい思いをしているはずじゃ」
と、優しい目を向けた。
「ハクシュウよ。よくやった。もうこれで終わりじゃ」
と、再び言葉をかけた。
丸太は、まだ盛大に燃えていた。
「あれを!」
パリサイドの声に、ンドペキは我に返った。
「おおっ」
炎の中に、小さく光るものがある。
「短剣!」
まさしく、短剣が炎に煽られるかのように、ひらひらと舞っていた。
「あれがカイロスの刃!」
「パリサイドのどなたか、取って来てはくれまいか」
長老の言葉にはじかれたように、パリサイドの指揮官が飛び立とうとした。
「待って!」
スジーウォンが叫んだ。
「私に! 私にやらせて! せめてこれくらいのことはしないと、私、何しに来たのか、わからない!」
スジーウォンはもう走り出していた。
「ハクシュウよ。彼女を助けぬのか?」
長老の声に、少年は首を横に振った。
「大丈夫。やらせてやりたい」
猛然と、スジーウォンが突っ走っていく。
ンドペキは、スジーウォンを凝視した。
少年が、ハクシュウが言うとおり、彼女ならこれしきの炎の中、やすやすと短剣を掴んで地面に降り立つだろう。
やがて、「スミソ! やったよ!」という声が、聞こえてきた。