94 ラーに焼かれし
カイラルーシ軍の偵察機が飛来したが、煙の元がパリサイドが投下している丸太だとわかると、あっさり引き上げていった。
「どんな報告を市民にするのか、楽しみじゃな」
老人が笑う。
パリサイドの指揮官が肩をすくめた。
「もうひとつ、お聞きしてよろしいですか。ラーに焼かれし茫茫なる粒砂、時として笑う、というのは?」
「お知りになりたいですかな」
長老は、ふっと笑い、目を空に向けたが、話すことにしたようだ。
「お知りになっても、あなた方には関係のないこと。だが、少しだけお話しするとしましょうか。サントノーレ、今のニューキーツの街の構造をご存じなければ、分かりにくい説明になりますが」
また老婆が目を剥く。
長老が諭すように、また頷いてみせる。
「もう、カイロス収縮派も展開派もないぞ。カイロスを動かすときが来たんじゃから」
老婆がスジーウォンを睨む。
この女兵士に聞かせてもよいのか、と。
「それに、こうしてサントノーレから刃を受け取りに、使者が来たのじゃ。本来は我らが持参し、ブロンバーグと共にカイロスを動かしたいところだが、それが叶わぬとあれば、このご使者にすべてを話し、託すのがよいのじゃ」
「正式な使者かどうか、どうしてわかるんだい」
食って掛かる老婆。
「正式な使者なら、正式な書簡を持っている、とでも言うのか。そんな紙切れより、わしはこの人を信じるぞ」
老婆は不満そうな顔を見せたが、納得はしたのだろう。
「ブロンバーグからは、ハクシュウをよこすという連絡があった。しかしその後、スジーウォンとスミソという兵士が来るという連絡もあった。この人が自分がスジーウォンだというのなら、わしはそれを信じる」
長老の言葉に、老婆はもう何も言わなかった。
ラーに焼かれし。
ラーとは、太陽のこと。
今まさに、大地はラーに焼きつくされようとしておる。
茫々なる粒砂。
砂漠という意味ではない。広場の砂と考えておけばよい。
時として笑う。
その砂が笑ったと感じたときが、そのとき、という意味じゃ。
その場におれば、おのずと分かること。
そう、その時になれば。
丸太は盛大に燃え上がっていた。
長老の話に耳を傾けながら、誰もがその火を、その火の中にあるはずの太刀を凝視していた。
どんな動きも見逃すまいと。
長老が炎を見ることはない。ゲンロクを信じていると繰り返す。
むしろ、スジーウォンを見ている。
そして、少年を。
「まだ、時間があるようじゃ」
と、少年に向き直った。
瞳には、また怒りと哀れみが滲み出していた。
「ハクシュウよ」