89 おいでなすったぞ!
「どっちに行く?」
稜線を登るか、下るか。
「向いていたのは、上よね」
しかし、動きがあるのは下だ。少なくとも煙が上がっている。
あるいは斜面を下って、森に足を踏み入れるか。
「森に入って、新居を建設するってのも」
「却下。私は海のほとりがいい」
「だね」
無理やりでも冗談を言う余裕ができた。
もしここがシェルタなら、どこに向かうべきだろう。
下の森なら数分で到達。
煙の足元は少し遠いが、それでも三十分もかかるまい。
「やっぱり、煙の元を確かめに行こう。マルコ、ミルコ、聞こえてたらついてきてくれ」
稜線を下り始めると、景色に変化が起きた。
空に黒い点が数個。
「おいでなすったぞ」
このバーチャル空間に出現した位置から一歩でも移動すれば、何らかの変化が起きる、
そう考えていたが、その通りになった。
「やばいぞ」
数個だった黒点は、たちまち数を増し、数十にまで増えている。
「あそこ!」
黒い点は、森のある一箇所から湧き上がるように上昇していた。
「多勢に無勢。一旦退却するか」
森から飛び立つ黒点は、ますます増え続けている。
「それがいいかも」
「森に潜むが得策」
二人は斜面を駆け下り始めた。
数分もすれば、森が姿を隠してくれるだろう。
「待って!」
「なんだ!」
スゥが立ち止まろうとした。
「あれ、パリサイドじゃない?」
「パリサイドだろうがなんだろうが、今は見つかりたくない。レイチェル騎士団以外、会いたいもんか!」
手を引いたが、それでもスゥは止まろうとする。
「危ないよ。引っ張ったら」
「だから、早く行こう」
このバーチャルな空間にいる間は、手をつないでいようと決めていた。
手を離した瞬間に、相手の存在が掻き消えてしまう可能性もあるから。
「あっ!」
ンドペキは立ち止まった。
先ほどまでいた位置に、マルコとミルコの姿があった。
やはり、稜線の上を向いて立っている。
「マルコ! こっちだ! ミルコ!」
聞こえないのか、二人は突っ立ったまま。
「見て。あのパリサイド、なにか持ってる」
黒点は急速に近づきつつあった。
凄まじいスピードだ。
もう、はっきり見える。
「材木だな」
「あっ、あそこ!」
スゥが指差したパリサイドは、別のものを抱えていた。
「人!」
「あっちのも!」
人を抱えたパリサイドが四人いる!
ぐんぐん近づいてくる。
ンドペキは片方の手で武器を準備した。
「降りていく!」
パリサイドが稜線に向かって降下していく。
まさしく、マルコとミルコが突っ立っているその場所に。
「まずいぞ! マルコ! ミルコ! 後ろを!」
ンドペキとスゥは駆け出した。
斜面を駆け上り、マルコとミルコの元へ。
ようやく声が届いたのか、マルコとミルコが稜線から駆け下りてきた。
「早く! こっち!」
パリサイドは、マルコやミルコには目もくれず、稜線に降り立とうとしている。
「ならば、作戦は変更!」
ンドペキとスゥは、斜面を再び下り始めた。
パリサイドはこちらに関心はないようだ。
この状況をどう考えればいいのだろう。
ここがバーチャル装置の中だとして、システムの意図はなんだ。
ここにパリサイドが集結することがプログラミングされていて、その場に自分達が立ち会うように仕掛けられているのだろうが。
その意図は。
あるいはどこか現実の世界にワープしたのであれば、この遭遇は偶然の出来事なのか。
少なくとも、直ちにパリサイドが襲ってくることはないようだ。
斜面を駆け下りて行く四人が見えているはず。
襲うつもりなら、挟み撃ちにすることもできるし、爆撃するなら地上に降りる必要もない。
パリサイドは、順番に稜線に降り立っていた。
ンドペキは立ち止まった。
パリサイドが何をしようとしているのか、見届けなければ。
「お二人さん! 結婚するんだってな!」
「めでたいぞ!」
マルコとミルコが合流してきた。
「まいったぜ!」
「万華鏡の中で足止めを食らったぞ!」
「ンドペキが動かないもんだから、出るに出られず!」
「背中が見えているのに、俺たちは万華鏡の光に弄ばれてたんだぞ!」
「あろうことか、のろけ話を聞かされた!」
「そうだったのか!」
「入り口はひとつなんだ! 俺たちが出て行く隙間を開けてくれないと!」
「そりゃそうだ。すまなかった」
「ひどい話だぜ!」
「でも、聞こえていたなら、なぜ、すぐに降りてこなかったんだ!」
「そりゃ、まさかのこの景色! おったまげたぜ!」