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77 イコマの意識が落ちて

「行くか」


 クシの死体回収である。

 元兵士が立っていた場所。通い慣れた通路。


「スゥ、さすがだな」

 死体回収は、通例では2週間後と決まっている。

 しかし、マトやメルキトの再生は行われず、大蛇も姿を消して久しい。

 二週間も屋根の上に晒しておく必要はもうない。

 わずか一晩で、回収に向かおうとしているのだ。


「ライラもよく了解してくれたな」

「だって、二週間待つ間に電気の供給が止まれば、困るでしょ。放置してから三十時間も経ってるし。十分じゃない?」


 大規模な太陽フレアが襲ってくれば、この階段室そのものが使えなくなる。

 そうなれば、死体は屋根の上で朽ちるに任せることになる。

 実質的な支障はないが、死者はそれなりのルールに則って葬らねば。


「でも、釘を刺されたわ」

 決して、一時の感情で命を粗末にしないこと。

「ライラ、それはもう、心配してくれてた」


 もちろんンドペキは、階段途中にある横穴を調べるつもりでいる。

 ライラにはわかっているのだ。

 その先に乗り込んでいくことを。

 スゥに、ついて行くなと言っているのだ。


「でも今日、回収に行くことは了解してくれた。それは、まあ、すべてを飲み込んで、ということだよな」

「そりゃあ」

「ん、そりゃ、なんだ?」

「なんでもない」




 階段室に入ると、スゥは立会人の顔になった。

「静粛に。繰り返しになりますが、勝手な行動は厳に慎んでください」


 階段を登っていくのは、昨日と同じメンバー。ンドペキの他に、隊員が二名。マルコとミルコ。

 ただ、ンドペキはバックパックを背負い、その中に非常用の食料、エネルギーパットや大量の弾薬、そしてイコマ、つまりフライングアイを忍ばせていた。



 死体は昨日の状態のまま、ステージに釘付けされていた。


「急いで。大気の状態が、いつもと違う」

 深夜だというのに、やたらと気温が高い。

 しかも、大気が電子を帯びているのか、空が白っぽい。

 黒雲が立ち込めているわけでもないのに、月や星はなく、雷鳴が轟いていた。



「電源が落ちたら、この階段はどうなる?」

「石の塊になる」


 大昔のバーチャルは、そこにないものを出現させるのが関の山だったが、現代では、そこに存在するものを消すことができる。

 つまり、大量の石材に少々位相を移動してもらって新しい空間を作り出し、そこに階段を架けるというようなことが。


「ということは、降りていく途中でもし電源が落ちたら、壁の中に生き埋めになるってことだな」

「あるいは、そのまま壁が実体化しないか」

「それじゃ、防御壁の意味がないだろ」

「そういうことになるかな」



 再び雷鳴がとどろき、ビリビリと空気が震えた。

 突如として強い熱風が吹き付けてきた。


「やばいんじゃないか」

「まあね」

 いつ停電になってもおかしくない状況である。

「スゥ、ちょっと話が」

「そんな話、聞く気ないよ」



 悟られていた。

 階段を降りていくのは自分だけ、という提案は。

「ンドペキ、わかるよ。でもね、私は私の仕事をしなくちゃいけない。そこわかってよ」

「仕事か……」


 確かにそうだ。

 スゥは個人的な意思で、恋人の死体回収作業につき合ってくれているのではない。

 これはエリアREFでの、彼女の仕事なのだ。

 引き下がるしかない。

「わかった。じゃ、急ごう」

 自身の安全を仕事に優先するようなスゥではない。



 ただ、隊員達は巻き添えにしたくない。

「お前達は……」

「ちょい待ち! ンドペキ、それはない話だぜ!」

 いきり立った隊員が、クシの死体を乱暴に担ぎ上げた。

「さ! 降りようぜ!」

「俺は、レイチェル騎士団に最初に挨拶する隊員になりたいと思ってるんでな!」


 彼らがそんな反応をするだろうことはわかっていた。

「しかしな」

「シェルタを見つけるチャンスを、独り占めしようってのか?」

「隊長こそ、ここに残るんだな! それが隊のためだ。ほら、フライングアイを俺達に!」


 雷鳴が間断なく聞こえてくる。

 ますます近づいてくる。

 依然として空は濃灰色で、熱風が激しさを増していた。



「じゃ、こうしよう。全員揃ってお陀仏ってのはまずい。まず、俺が降りる。次に、お前達。しんがりに立会人。いいな!」

「了解だ!」

「踊り場で待っている。危険だと感じたら、ここに留まるんだ。いいな」

 ンドペキは階段室に飛び降りた。

 降りるだけなら、踊り場までさほどかからない。

「よし! 次!」


 最後にスゥの番。


「やめろ!」

 ンドペキの叫びは一瞬遅く、スゥが飛び降りた後だった。

「やばい! スゥ! 急げ!」

 背中から胸にかけて、氷の槍で貫かれたような気分がした。

「スゥ! 早く! 壁が実体化する!」


 イコマの意識が飛んでいた。

 送電が止まった!

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