72 カイラルーシでは売ってるよ 闇でね
稜線から十キロほど離れ、やがて草原地帯に差し掛かった。
まばらだが木も生えている。
「念のため、もう少し先に」
「アビタット」
「なに?」
「さっきの場所に戻れるんだろうな」
「もちろん。座標は分かってるだろ」
「カットラインは」
「識別できるフィルタ、掛けてるからね」
「そんなものが」
「うん、カイラルーシでは売ってるよ。闇でね」
なだらかに下っていく草原地帯にはそこかしこに花が咲いていた。
めったに目にすることのない光景。
ニューキーツの荒地とは違う。
木立も徐々に増えている。
さらに進めば大森林地帯。
穏やかな景色だった。
こんなところにカットラインが。
「人間は何をしでかすか、わからない動物だからね」
科学が進めば進むほど、愚かになっていく人類。
結局は自らの身を滅ぼし、いまやすべての面において後退期に入ってしまった人類。
せっかく得た科学の成果を、捨てざるを得なくなった人類。
「あれは」
マシンの残骸が草に埋もれていた。
「カットラインは、あんなふうに役に立ってるんだよ」
カイラルーシの街の周辺には今でも、昔の愚かな行為がそのまま残されている。
「だから、カイラルーシの防衛は楽なんだ」
街が繁栄し、世界随一の規模を誇っているのも、目に見えないあの糸に守られているから。
「カットラインの内側では、今も農業や牧畜が行われてるんだ」
「そういや、街中で牛を見た」
「そうだね。家畜は貴重さ。絶滅させないように、手厚く保護されてるから」
世界中に出回っている高額な本物の乳製品や野菜、果物は、カイラルーシの農場で作られているという。
「地球上でそんなものを作っているのはカイラルーシだけ」
気持ちの余裕が生まれていた。
もう泉の水は襲っては来ないのでは。そんな安心感がある。
それに、もし襲ってくるとしても、どこまで逃げればいいのかわからない。
ジグザクに走るため距離は稼げなかったが、それでもすでに百キロは走ってきている。
もういいのでは。きりがないのでは。
「どこまで行くつもりだ」
「もう少し。せっかくだから」
アビタットの小屋があるという。
「ちょっとした資材庫だけど」
「こんなところに?」
「うん。僕もロア・サントノーレに用があるって言っただろ。そのときのために」
念のために、さまざまなものをストックしてあるのだという。
「エネルギーパッド、補充するだろ」
「助かる」
「だね」




