70 道草しちまったよ
「あっ、ンドペキ」
すぐ近くでチョットマの声がした。
「そんなところに!」
通路の天井が高くなっていた。
数メートル上に、黒光りする格子。
その上にチョットマが立っていた。
「ここは」
格子の間から顔を覗かせている。
「焼却場」
「チョットマ! 無事なんだね!」
ライラが声を掛けた。
「あっ、ライラも!」
「急ぐから、これでね!」
と、スゥを急き立てる。
「急いで戻るんだよ! このぼんくらのせいで、道草しちまったよ!」
「まあ、そう言わない!」
「ここからは上がれないのか!」
ンドペキの質問を、ライラはピシャリとはねつけた。
「無駄!」
スゥは既に、もと来た道を取って返している。
ンドペキは、辺りを見回した。
データとして記録するために。
通路は格子の下を通り越して先に延び、暗闇に消えている。
ただ、石の壁が続くばかりで、目につくものは何もない。
これまで同様、人ひとりが通れる程度の狭い通路。
ただ、かなり強い風が吹き込んでいた。
格子の天井は、下から見上げてもいかにも頑丈で、容易に破壊できるようなものではない。
よく見ると、格子の穴の中に、さらに細かい格子が嵌っていた。
炎はどこから。
格子本体にも壁にも、それらしき吹き出し孔などはない。
「床が熱いんです」
なるほど、格子の床自身が数百度以上の熱を持つという。
今、格子が熱を帯び始め、赤銅色に変わりつつあった。
「サキュバスの庭に向かいます!」
「よし!」
チョットマと短い言葉を交わし、スゥを追った。
ライラが言ったとおり、通路はすぐに行き止まりになった。
ライラの指が石の壁をかき消す。
出たところは小さな部屋。
さまざまな物品がうず高く積み上げられてある。
照明が灯っていた。
正面の壁には、REFでよく見かける木製の扉。
「降ろしておくれ」
「大丈夫?」
「ありがとうよ」
ライラはあっさり扉を開け、扉の向こうに掛けられてあったカーテンを開いた。
カーテンをくぐると、また小さな空間に出た。
「ここは」
「フン。何度も通っただろ」
壁に、SAINT HONOREの文字。
「ここか……」
門番は不在だった。
床にコインが積み上げてあった。
「さ、あんたら、サキュバスの庭に向かっておくれ」
「ライラは?」
「あたしゃ、別の用事がある」
ライラはくるりと背を向けたが、説明しておこうという気になったようだ。
「市長に、報告しなくちゃ。いろいろとね」
短くそれだけ言って、別のカーテンを開けた。
そこにも扉が。
「さ、早く行くんだよ!」
「市長に会うなら、俺も同行を」
会って話がしたい。
謝らなくてはいけないことがあるし、聞きたいことも多い。
いろいろな礼も言わなくてはいけない。
「自分がやらなくてはいけないこと、それを先にするんだね!」
ライラの返答はにべもなかったが、目元は柔らかく微笑んでいた。
「行ってきます!」
元気な声を掛けて、チョットマが後ろを駆け抜けていった。