62 死体処理立会人
指示された場所に、ローブを纏った者が待っていた。
「お待たせしました」
死体処理の立会人。
ライラから、その者の指示に従うように、と言い付かっていた。
年老いた兵士たちが立ち並んでいた場所。
ここにひとつの扉があるという。
「よろしくお願いします」
ンドペキは深く頭を下げた。
ローブの者は言葉を返さず、背を向けた。
美しいローブだった。
よく見ると、濃紺の地に銀色の刺繍がちりばめてある。
ボタニカルなパターン模様に混じって、さまざまな記号が描かれてあった。
扉は壁に同化して、そうと聞かなければ気がつかない。
立会人が手を差し出した。
石の壁に触れると、石はゆっくりと色合いを変えていく。
美しい手だった。
女だ。
立会人はバーチャルな壁に踏み込んでいく。
「ついてきてください」
女の声。
扉の中は漆黒の闇だった。
「照明をつけてもよろしいでしょうか」
ゴーグルを暗視モードに変えても、立会人の輪郭さえ見えない暗闇。
「どうぞ」
あっ。
ンドペキは息を呑んだ。
立会人が顔を向けていた。
フードの中に見えた顔。
目だけが見えていたが、それはまさしく、
「スゥじゃないか!」
目が笑った。
「私の仕事のひとつです」
緊張が一気にほぐれていった。
「なんだって、また」
「無駄口は、ご遠慮ください」
つれない反応だったが、ここはスゥに従っておくのが賢明。
「いくつか、ご注意いただきたい事項があります」
あくまで事務的な口調。
誰かに聞かれているのかもしれない。
狭い部屋だった。
しかし、天井ははるか高く、闇に紛れている。
垂直ではなく、左方へ向かっているようだ。
黒光りする石の壁に沿って、石の階段。
部屋の壁を回りながら左へ左へと折れて上部に伸びている。
「最上部まで登っていただきます」
「うむ」
「あの部屋に入ろうとしないでください」
階段の後方、隠れるようにひとつの扉。
「途中、もうひとつ扉がありますが、そこも立ち入り禁止です」
「はい」
「万一、何者かに出くわした場合は、今日の処理は中止とします」
「何者か、とは?」
「申し上げることはできません。あなた方は、すべてにおいて私の判断に従うものとします」
「かしこまりました」
「処理に要する時間は、ほんのわずかです。ただし、死体を担ぎ上げる時間を除いてです」
スゥは事務的に注意事項を挙げていく。
本日から丁度2週間後の同時刻に、同じ者が、ここに集まるように、という指示で説明は終わった。
「では、参りましょう」
傾斜は急だった。踊り場もない。
一般市民であれば難行だろうが、武装した者に苦はない。
先頭を行くスゥに従って、軽快に登っていった。
かつんかつんと、足音がこだました。
「話しかけて、いいですか?」
ンドペキは、少し軽い調子で声を掛けた。
「先ほども申し上げたとおり、静粛に願います」
思いついたことがあった。
それを聞いてみたかったのだが。
この階段の登っていく方向、そして距離からすると、行き先はゴミ焼却場の上部辺りではないだろうか。
もし、焼却場の上部に行くつくのなら、シェルタの出入り口のヒントが見つかるかもしれない。
まあいい。
行けばわかることもあるだろう。
「先ほども言いましたが、この先には絶対に行かないでください」
かなり登ってきて、ようやく上の階にたどり着いた。
階段はここで行き止まりだ。
数人が立てば一杯になる狭い踊り場に、人がひとり通れるだけの狭い横穴があった。
横穴の中に光を向けても、全く何も見えない。
バーチャルな仕掛けでもあるのだろう。
「行けば、非常に恐ろしいことに巻き込まれます」
「なるほど」
シェルタの入口!
直感は、そう告げている。
分かったと応えておいて、その恐ろしいことの可能性を考えてみようとしてやめた。
想像を膨らませても、解が見つかるものでもない。
かつて、スゥの洞窟で同じような会話をしたことを、ふと思い出した。
「そちらの穴にも、関心を向けられませんように」
横穴と反対側の壁に、向き合う形で小さな穴。
床に接する位置に、五十センチほどの四角い口が開いていた。
「万一入っていったとしても、生きて出てくることはできません」
「了解です」
「体力は大丈夫ですね?」
「もちろん」
「では、先に進みましょう」
まだまだ先があった。